RMサザビーズの一発勝負の競売「シールド」でひっそり主を変えた限定99台「シンガーDLSターボ」
一般的な競売(せり売り)のように、会場で声を掛け合って価格を吊り上げていく「競り上がり方式」とは対照的な仕組みで、入札価格を他の参加者に見えないよう封印して提出し、一度きりの開札で落札者を決める方式を「封かん競売」と言います。超富裕層のみが参加できるこの封かん競売「シールド」が、国際コレクターズカー市場で注目を集めています。2026年3月にRMサザビーズが開催した秘密のオークションに登場したのは、限定99台の「ポルシェ 911 リイマジンド by シンガー DLSターボ」です。710馬力の究極レストモッドと、謎多き競売システムの全貌を解説します。
超富裕層のプライバシーを守る「シールド」オークションとシンガーDLSターボが示す国際コレクターズカーの新潮流
昨今の国際コレクターズカー市場において、時折見かけるようになったのが「シールド(Sealed)」と銘打ったオークションだ。多数のバイヤーを対象に、対面ないしはオンラインのパブリックな場で競売を行う通常のオークションとは異なる。ごく一部の限られた顧客と条件のもとに行うものであり、原則としてごく少数の超高額商品が出品される。
単にオークションハウス側が価格を釣り上げるためだけでなく、自らの資産状況や購買行動を世間に知られたくないという、超富裕層(ウルトラHNWI)の徹底したプライバシー保護のニーズに応えるためのシステムでもあるのだ。
2026年3月18日から25日にかけてオンライン形式で入札を行った「Sealed – The Singer Drop」は、お馴染みのRMサザビーズ社が開催した、ごく少数のコレクターのみを対象としたクローズドなオークションである。出品車両も「シンガー ヴィークル デザイン」が製作したレストモッド車両2台のみとなった。今回はそのなかから、「ポルシェ 911 リイマジンド by シンガー DLSターボ」に焦点を当てる。
現時点におけるシンガーの最強モデルが、この「ポルシェ 911 リイマジンド by シンガー DLSターボ」だ。2023年の「グッドウッド フェスティバル オブ スピード」において、初めて一般公開された。
1970年代後半の耐久レースで活躍した「ポルシェ 934/5」に着想を得たモデルである。長年F1GPで培われてきた「ウィリアムズ アドバンスト エンジニアリング」のテクノロジーを大胆に投入している。「DLS(ダイナミック ライトウエイト スタディ)」のために初めて開発された自然吸気エンジンと、シンガーが新たに獲得したターボチャージャー技術のノウハウを融合させた。
ちなみに、ベースとなったDLS用エンジンは、ポルシェ 911や917の心臓部を手掛けた伝説的エンジニア、故ハンス・メツガーが開発コンサルタントとして関わった名機である。ポルシェ本流の血統が注がれたユニットにツインターボを組み合わせるという、贅沢極まりない成り立ちだ。これにより、過給による圧倒的な低回転域のトルクと、9000rpmまで回る高回転性能を兼ね備えている。
シンガーDLSターボは964をベースに空冷シリンダー&水冷ヘッドに最新ターボ技術融合で710馬力!
シンガーがリイマジンド(再構築)したすべてのポルシェ 911と同様に、DLSターボのレストアも964世代のポルシェ 911をベースにスタートする。ベース車両は、英国オックスフォード州にシンガーとウィリアムズが用意した施設に送られる。そこで慎重に分解され、シャシーのみの状態まで剥ぎ取られるのだ。その後、モノコックは入念に検査と補強を受け、のちに追加されるパフォーマンスとパワーに備えてさらに整備される。
心臓部には、964型に搭載されていたM64型3.6L水平対向6気筒エンジンのクランクケースを流用している。しかし、そのほかは新設計となる空水冷(空冷シリンダー/水冷ヘッド)の24バルブフラット6エンジンを搭載する。
総排気量は3.8Lに拡大され、1気筒あたりDOHCの4バルブヘッド、電子制御ウェストゲートと可変タービンジオメトリーを備えたツインターボチャージャー、エア・トゥ・ウォーター インタークーラー(空水冷式)を組み合わせている。
DLS向けに設計された自然吸気4.0L(500ps)エンジンのさらなる進化形であるこのターボチャージャー搭載モデルは、最高出力を驚異的な710ps(SAE Net)、最大トルクを750Nmまで引き上げている。
99台限定の空力追求カーボンボディと究極の意匠をまとった「ザ・セパン・コミッション」に宿るシンガーの美学
センセーショナルなカーボンファイバー製ボディワークは、計算流体力学解析を用いて丹念に設計され、空力性能を最適化している。ボディワークこそが真のパーソナライゼーションの始まりだ。オーナーは大型のリアウィングとよりアグレッシブなフロントフェイシアを備えたサーキット志向の仕様か、あるいはリアのダックテールスポイラーとより大人しいフロントフェイシアを備えたロード志向の仕様のいずれかを選択できる。
さらに、注文主は究極の選択の自由を実現するために、両方のセットアップを指定し、特注のフライトケースに収納することも可能だ。「ザ セパン コミッション」のように、使用目的に合わせて愛車を変身させられるという。
「Sealed – The Singer Drop」に出品されたのは、名づけて「ザ セパン コミッション」。わずか99台が限定生産されるDLSターボのレストア車両のひとつである。
初代オーナーのコレクターは、シンガー ヴィークル デザイン社に複数のレストアを依頼してきた人物だ。「すべてが重要(Everything is Important)」というシンガーのモットーを体現する1台を追求するため、費用を惜しまなかったという。
「セパン コミッション」は、サンプルカラーから選択した「ウルフ ブルー」で塗装されている。そのボディカラーを引き立てるため、ダークブルーに着色されたカーボンファイバーパーツが随所に採用された。
また、シャンパン色に陽極酸化処理を施したアルミパーツが磨き上げられ、アクセントとなっている。この仕上げは「ターボファン」スタイルのマグネシウム合金ホイールにも引き継がれた。さらにリアデッキリッドのバッジには、無垢の真鍮が使用されている。
いっぽう、インテリアはボーンレザーで仕上げられた。外装と同じくシャンパン色に陽極酸化処理を施したアルミパーツをあしらっている。車両全体の外観を統一するために、ダークブルーに染め上げられた光沢のあるカーボンも随所に採用されている。
ツーリングシートは、中央部にボーン アルカンターラのパーフォレーション加工を施している。シートバックは柔らかなボーンレザーでトリムされ、ヘッドレストには「DLST」のエンボス加工が施された。ステアリングホイールの外周部はボディワークに合わせてアルカンターラでトリムされ、内周部はボーンレザーで仕上げられている。
「秘密の競売」と「5億円超?」という結果すら明かされないシンガーDLSターボの転売に見る、超富裕層市場の驚愕舞台裏
セパン コミッションには、サーキット仕様および公道仕様の両方のリアデッキリッドおよびフロントフェイシアに加え、クリアレンズのコーナーライトが追加で装備されている。新しいオーナーはニーズに応じて自由に仕様を構成することができるのだ。
今回のオークションに際しては、レストア直後の状態にまで戻したうえで納車される。その前にはシンガー社による慣らし走行が必ず行われるという。
RMサザビーズは自社の公式カタログ内で、以下のようにアピールしている。「シンガーによって再構築されたタイプ964のポルシェ 911のなかでも、間違いなくもっともワイルドです。そしてヴィジュアル的にも圧倒的なバリアントであるDLSターボは、この素晴らしい企業のポテンシャルを示す見事なショーケースと言えます。わずか99台限定のレストア車両の待ち行列を飛び越えて、近年もっとも期待を集めている車両のひとつを手に入れる絶好の機会となります」。
それとともに、入札者が相互に提示価格を知ることができない「シールド ビッド(Sealed Bid:封かん競売)」の形式をとることとした。
そして、オークションの通例であるエスティメート(推定落札価格)は、日本での発表当時に公表されたレストア価格310万ドル(ドナー車両は別途、レーシングタイヤなどのオプションを含む)を凌ぐ金額となった。345万ドル(約5億4510万円)から500万ドル(約7億9000万円)が目安とされていたのだ。
こうして2026年3月18日から25日にかけて、オンラインで秘密裏に競売が行われたはずなのだが、オークションが終了したあとに公式WEBページを見ても、ハンマープライスはもちろん、落札に至ったか否かも公表されていない。
なるほど、さまざまな富裕層ビジネスが台頭する現代においては、こんなオークションもあり得るのか。いささかの嘆息まじりに感心してしまったのである。
雲の上のクルマが、雲の上の取引で主を変えていく。次にこの「ザ セパン コミッション」が公の場に姿を現すのは、はたしていつになるのだろうか。
