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デザイン史に残るスチュードベーカー「アヴァンティR2」の落札額はわずか約705万円!コンディションとクルマの評価がシビアに相反した

4万7600ドル(邦貨換算約705万円)で現在も販売中のスチュードベーカー「アヴァンティR2」(C)Courtesy of RM Sotheby's

アメリカが自動車デザインの旗手だった時代の隠れた傑作

かつてアメリカが世界の自動車デザインをリードしていた時代、その象徴のひとつが老舗自動車メーカーのスチュードベーカーが製造した「アヴァンティ」です。工業デザインの巨匠レイモンド・ローウィが手がけたこのクーペは、革新的なスタイルと高性能を兼ね備えながらも、時代の波に飲まれた悲運の名車でもありました。そんなアヴァンティR2が、RMサザビーズの「モントレー2025」オークションに登場。その特別な内容と、注目のオークション結果についてお伝えします。

工業デザインの父「レイモンド・ローウィ」が1週間で製作した「アヴァンティ」

偉大な芸術は、しばしば激動の時代に生まれる。かつてアメリカに存在した老舗自動車メーカー、スチュードベーカーの「アヴァンティ」もまた然りであった。

1960年代初頭、北米ビッグ3に阻まれるかたちで経営難に陥っていた同社は、ショールームに顧客を引き込める、華やかなイメージリーダー的モデルに再起の望みを託した。

その開発指揮を執ったのはレイモンド・ローウィである。自ら著した自叙伝「口紅から機関車まで」が代名詞となっている彼は、「ラッキーストライク」のロゴとパッケージ、「コカ・コーラ」のガラス瓶、大統領専用機「エアフォースワン」のカラーリングなど、ジャンル・ブランドを問わず数えきれないほどのデザインワークを手掛ける「工業デザイン」という概念を構築したとも言われる巨匠だ。

彼はスタイリストの精鋭チームを自ら選抜し、カリフォルニア州パームスプリングスの貸別荘に招いた。伝えられるところによれば、このとき彼が持ち込んだのは製図道具と数冊の自動車雑誌、そして数百ポンドのクレイモデル造形用粘土だけだった。

のちにアヴァンティとなる2ドアクーペの基本デザインは、わずか1週間あまりで完成した。さらに、1カ月あまりでスチュードベーカー首脳陣から量産モデルの承認が下りた。それは自動車業界、ことに北米の大メーカーにおいては驚異的な短期間での開発であった。

スチュードベーカーはアヴァンティの基盤として、同社がビッグ3に先んじて発表していた大衆向けコンパクトカー「ラーク」のシャシーを改良して流用した。フロントのディスクブレーキと、オプションの「R2」にはパクストン社製スーパーチャージャーつき4.7LのV8エンジンを載せるなど、のちにフォードが「マスタング」で成功させることになるパーソナルカーの開発手法をいち早く構築していたことになる。

しかしアヴァンティが自動車史に名を残した最大の理由は、そのセンセーショナルなグラスファイバー製ボディだろう。のちの北米ビッグ3のカーデザインにも多大な影響を与えることになる、流麗なコークボトル型シルエットや、ひと目ではラジエータグリルが確認できないほどシンプルなフロントフェイスは、この時代においては革命的なスタイリングを提起していたのだ。

こうして1962年4月に「’63年モデル」としてデビューしたアヴァンティながら、話題を呼んだFRPボディの生産体制の不備によって、商業的には失敗作となってしまった。

スチュードベーカー・アバンティの生産は、1963年12月に終了した。矩形のヘッドライトベゼルを与えられた1964年モデルは809台が製造され、そのうちスーパーチャージャー搭載のR2はわずか281台だ。

再塗装したボディとカーペット以外は生産時のオリジナルをキープ

車両と一緒に保管されているファクトリードキュメントによると、RMサザビーズ「Monterey 2025」オークションに出品された1964年式のスチュードベーカー・アヴァンティ(シャシーNo.R5255)は、1963年9月17日、組立ラインを移動中に検査を受けたとの記憶が残されている。その年の12月には、イリノイ州アーリントンハイツの「アーリントンモーターズ」を介して、シカゴ近郊バーリントン在住のマービン・P・ブラッドリーなる人物に販売された。

ブラッドリー氏に請求された小売価格「5196ドル53セント」には、「R2スーパーチャージャー」オプション、フロアシフト式オートマチックトランスミッション、サイレントマフラー、パワーステアリング、ホワイトウォールタイヤ、プッシュボタン式AMラジオ、シートベルト、ツイントラクション・ディファレンシャルなどのオプションが含まれていた。ブラッドリー氏は1962年式のスチュードベーカー、同じくレイモンド・ローウィの傑作として知られる「ホーク」を下取りに出して、この新しいクーペを購入したのだ。

アヴァンティの次なる記録上の所有者となったのは、フレッドとマーギーのマイナーズ夫妻である。夫妻は「スチュードベーカー・ドライバーズ・クラブ」主催のコンクールにこの個体を出場させ、400点満点中381点を獲得し、第1位に輝いた。

そして、2024年にこのアヴァンティを入手した現オーナーは、新車から4番目の所有者であると言われている。彼の所有のもと、2025年にフロリダ州コーラルゲーブルズで開催されたコンクール・デレガンス「モーダマイアミ(ModaMiami)」に出品され、フロリダ州キーラーゴまで回遊する、コンクール併催のツーリングイベントにも参加している。

また2025年5月には、コメディ俳優ロブ・マケルヘニーとケイトリン・オルソン夫妻が登場するバラエティ誌のプロフィール記事で背景として登場した。アヴァンティの独特なミッドセンチュリーデザインの魅力と、この個体の全体的なクオリティの高さを、あらためて見せつけた。

オリジナルの「アヴァンティレッド」への再塗装を除けば、カーペットを除く工場出荷時そのままの内装を含め、オリジナルコンディションを維持している。スチュードベーカーの生産記録コピーによれば、スーパーチャージャーつき4.7L V8エンジンも、いわゆるナンバーマッチングユニットである。

エスティメートに届かなかったシビアなオークションの評価

今回のオークション出品に際して、RMサザビーズ北米本社はその公式オークションカタログにて

「アヴァンティレッドの魅力的な塗装を施したこのR2は、その時代を代表する影響力があるとともに、スタイリッシュなアメリカン・パフォーマンスカーの所有権への入り口を提供します」

と熱烈にアピールした。その一方で、近年の北米マーケットにおけるアヴァンティR2の売買実績からすれば少々高めの、5万ドル~7万5000ドル(邦貨換算約740万円〜1100万円)というエスティメート(推定落札価格)を設定した。

ところが8月15日のオークション当日。モントレー市内の大型コンベンションセンター、および今年からは隣接するホテルにも会場を広げて挙行された対面型競売ではビッド(入札)が思いのほか伸びなかったようだ。終わってみれば落札額はエスティメート下限を割り込む4万7600ドルである。現在の為替レートで日本円に換算すれば約705万円という、希少性とコンディションの良さを思えばちょっとシビアとも思われる価格で、壇上の競売人のハンマーが鳴らされることになったのだ。

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