脱炭素の波に直面する石油業界のリアル
2026年がスタートしました! 今回は少し真面目に、私たちが直面している「環境問題」という大きな波の真っ只なかで、国内石油元売りシェア第2位の「出光興産」が、燃料の枠を超えた驚きの変革を進めている様子をお伝えします。2025年末に取材した、マニアックですが他人事ではない「未来のエネルギー」の舞台裏をレポートいたします。
出光が描く2030年のエネルギー構想
皆さんは「潤滑油」をご存じですか? クルマのエンジンやトランスミッション、さらには巨大な工場プラントまで、燃料以外で機械をスムースに動かすために欠かせないのが「潤滑油」です。じつは出光興産は、この分野の販売数量*において世界シェア8位、なかでも日系メーカーではトップなのです。(*S&P Global 2023 Lubricants Market Shares World (kt/Year)
今、石油業界は「炭素を減らす」という究極の課題に取り組んでいます。「石油会社が脱炭素?」と矛盾している挑戦に思えますが、出光が掲げるのは2030年を見据えた「CNXセンター」構想です。水素やバイオ燃料、CO2回収などを地域で完結させる「エネルギーの地産地消」という、新しい街のあり方を目指しています。
期待が集まる新技術ですが、それぞれに一長一短があるのが現状のようです。
まずは「e-Fuel(合成燃料)」。これはCO2と水素から作る‘夢のガソリン’です。既存のクルマにそのまま使えることが最大のメリットですが、高い製造コストが普及の大きな壁になっています。
「カーボンオフセット燃料」という考え方もあります。これはCO2の排出量を、森林保護などによる削減分(クレジット)で差し引きする仕組みです。こちらも設備投資は不要ですが、残念ながら「排出量自体は減っていない」ため、根本的な問題解決にはなっていません。
また、植物や廃食油を活用する「バイオ燃料・次世代ディーゼル」という選択肢もあります。しかし、こちらも「原料の確保とコスト」が課題です。
「万能な燃料はまだ存在しない」というのが、2026年現在のリアルな現在地のようです。
電気自動車にも「オイル」は必要
「電気自動車(EV)の時代になったら、オイルは不要!?」―――いえいえ、答えはNOです。
EVのモーターやバッテリーを効率よく冷やすには、専用の高性能オイルが不可欠です。ハイブリッド車も温度変化が激しいため、従来以上に過酷な環境に耐える性能が求められています。見えないところで進化を続け、次世代モビリティを支える「油」の力。出光興産の挑戦は、私たちのカーライフが形を変えても、その心臓部を支え続ける「黒子」的な存在として続けられています。現状はまだ万能な解決策がないからこそ、ピンチはチャンス。複数の選択肢を磨き続ける、まさに油臭くて熱い「技術者のプライド」を感じました。
2026年は、私たちの愛車に注ぐ一滴が、少しずつ未来を変えていくのかもしれません。
植物由来成分80%の世界初レーシングオイル
そして、この取材には続きがあります。幸運にも後日、その研究所を見せていただくことが叶いました。
そこは千葉県市原市にある「出光興産 営業研究所」です。道を挟んだ向かい側には、横に8km、縦に4kmに広がる出光の製油所や関連施設があります。研究所内は機密保持のため、撮影できる場所が限られていました。
まずは、出光が開発している次世代のレーシングエンジンオイル「IDEMITSU IFG Plantech Racing(イデミツ・アイエフジー・プランテック・レーシング)」についてのプレゼンテーションです。ちなみに「IFG」とは、「Idemitsu Four-wheelers’ Gasoline engine oil」を意味します。このオイルは現在、日本国内では一般販売されていませんが、世界で初めてAPI SP承認取得を受けた植物由来80%でレーシング性能を実現した世界初の次世代エンジンオイルです。110年以上の歴史を誇る出光興産が、その知見のすべてを注ぎ込んでいます。
サステナブルと高性能は両立できるのか
出光の強みは、創業当時から培ってきた潤滑油のノウハウにあります。国内主要メーカーと長年歩みをともにし、各社で異なるエンジンのコンセプトやパーツの要望に対し、ナノレベルでコンマ単位の配合調整を行う「ナノスケールの技術」と、顧客ごとの最適解を導き出す「テーラーメイドの思想」を磨き上げてきました。そのエッセンスは、全国の出光のガソリンスタンド「apollostation(アポロステーション)」で販売されているオイルにも脈々と受け継がれています。
「サステナブル」と「高性能」という組み合わせは、相反するものに感じますが、開発のきっかけは、現代のドライバーが抱く「環境への配慮」と「走りの楽しさ」を両立したいというニーズから生まれたとのこと。
「石油ではなく植物から。それでも性能には一切妥協しない」という高いハードルを超え、誕生したのが「IFG プランテックレーシング」です。出光のフラッグシップシリーズである「IFG7」のDNAを受け継ぎつつ、さらに進化させたもので、2024年9月からマツダのスーパー耐久参戦車両に実戦投入されています。
「IFG プランテックレーシング」には7つのメリットがあります。「オイルの蒸発抑制」「保護性能」「ピストンの清浄性」「ストップ&ゴー時の保護」「低オイル消費」「優れた燃費」「パワーの最適化」。
とくに気になった3点。まずは「圧倒的な低蒸発性」。一般的なオイルに比べ、蒸発量を約50%抑制しています。オイルの減少を防ぎ、長時間ベストなコンディションを維持します。ふたつ目は「摩擦ロス50%カット」。独自の配合技術により、エンジン内部のフリクション(摩擦抵抗)を極限まで低減し、エネルギー効率を最大化します。そして「こだわりの添加剤」。燃費向上に効果的な「モリブデン」や、金属表面を保護する「エステル」を、長年の経験に基づき最適に配合しているとのことです。
研究所では、このオイルに使用されている材料などを見せていただきました。中身については門外不出の機密情報が含まれるため、写真掲載はNGでした。ただ、材料の研究者に女性が多いのが驚きでした。
実際にこのオイルを、マツダのスーパー耐久開発車両(ST-Qクラス 12号車)に使用する「MAZDA SPIRIT RACING」の前田育男代表に感想を伺うと、次のように語ってくださいました。
「非常に精製精度が高く、24時間レースを走り切っても、同等のベンチテストを行なっても性能の劣化はほとんどなく、バイオ由来のネガティブな部分は感じられませんでした。市販化に向けては、生産量と価格が課題でしょうか」 過酷な状況下での耐久性と保護性能は、プロの現場でも証明されています。
クルマを愛する人にとって、エンジンは心臓であり、オイルはその生命を維持する血液です。
「世界初の植物由来レーシングオイル」は、単なる環境性能だけにとどまらず、愛車のポテンシャルを最大限に引き出しながら美しい環境を守るという、令和のドライバーにふさわしい「新しいスタンダード」への招待状なのかもしれません。
