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ベルトーネのワンオフBMWがあった! 10万キロも走ったコンセプトカー「2800スピカップ」は4700万円で落札

2011年のBonhamsオークションで46万ユーロ(当時の邦貨換算4700万円)で落札されたBMW 2800スピカップ

ベルトーネが製作した「スパイダー」+「クーペ」=「スピカップ」

かつての日本ではプロダクトデザインという概念は希薄で、国産自動車メーカーが「デザイナー」という専門の職種を採用するようになったのは一般的には第二次世界大戦後、まがりなりにもモータリゼーションが発展してきてからのことである。今では世界の自動車メーカーで活躍する日本人プロダクトデザイナーも少なくないが、そんな世代のデザイナーにも大きな影響を与えていたのが、1960年代後半から70年代にかけてのモーターショーに展示された、数々のコンセプトカーたちである。

ワンオフデザインのスペシャルモデルはモーターショーの華

馬車の歴史が長く、そのコーチワークを行う工房も古くから発展していた欧州。それらの工房は「馬なし馬車」の時代になってからは、裕福な顧客の求めに応じて高級車メーカーが製造したベアシャシーに独自のデザインのボディを架装するコーチビルダー(=カロッツェリア)へと進化していった。

一方、王侯貴族が特注の馬車をオーダーする歴史を持たなかった日本では、「ワンオフのデザインをまとったスペシャルなモデル」の意味が一般には理解されにくかったようだ。

そんな「ワンオフデザインのスペシャルモデル」というジャンルへの理解がわが国でも浸透していった理由は、やはり世界各国で開催されるモーターショーで展示されるショーモデル、コンセプトカーの存在であろう。それは、独立したカロッツェリアの仕事がごく一部の王侯貴族のための装飾ではなく、マーケットの嗜好を見極めながら自動車産業全体に影響を与えるムーブメントの創出を図るものになっていった時代の流れとも軌を一にする。

BMW E3をベースにガンディーニが斬新なボディをデザイン

そんな時代に生み出されたコンセプトカーのひとつが、BMW E3系リムジーネ(=サルーン)のシャシーをベースに作られたこの「2800スピカップ(Spicup)」だ。同車が初めて発表されたのは1969年ジュネーブショー、カロッツェリア・ベルトーネのブースである。

当時同社に在籍していたジョルジェット・ジウジアーロがBMW「3200CSクーペ」のデザインを担当していたこともあり、良好な関係を築いていた両社が、「格納式ルーフ」というアイデアを提案するベースとしてBMWの高級大型サルーンを選んだのはごく自然な流れと言えよう。

ちなみに車名の「Spicup」とは「スパイダー」と「クーペ」、ふたつのボディ形態を組み合わせた造語。シャシー・ナンバーは「V.0010」で、この「V」はドイツ語の「Versuchswagen(試作車)」の略である。

その後、ジウジアーロがカロッツェリア・ギアに移ったため、スピカップの仕上げはマルチェロ・ガンディーニに託された。まぶたの付いた半開きのヘッドライトはアルファ ロメオ「モントリオール」やランボルギーニ「ハラマ」にも共通する、いかにもガンディーニの仕事だ。

そしてなによりスピカップの大きな特徴であるステンレス製のパネルがロールバーに収納される斬新なルーフは、ショーの大きな話題となった。1969年のジュネーブショーで初公開されたスピカップはその後、同年6月にはアラッシオで開催されたコンコルソ・デレガンツァにも出展。さらに同年のフランクフルトモーターショーにも展示され好評を博した。このルーフのアイデアは、後年ベルトーネが手がけたフィアット「X1/9」のデザインや、ホンダ「CR-Xデルソル」の機構にも影響を与えたようにも思える。

オランダのディーラーで社用車として活躍

ショーでの役割を終えた後、このスピカップはオランダの自動車ディーラーが購入しナンバーを取得。その後長い期間、同社の社用車として日常の足として使われ、走行距離は10万kmに及んだという。これはおそらく世界でもっともオドメーターを刻んだワンオフのショーカーといえるだろう。

その間にスピカップは相応に劣化が進んだことから完全なレストアを施すこととなり、ミラノのカロッツェリア・グラントゥーリズモに運ばれた。ワンオフのショーモデルということから、レストアには多くの苦労もあったそうだが、カロッツェリア・ベルトーネが生み出したユニークなデザインや特殊なルーフ機構、そしてエンジンやサスペンションなどのドライブトレインまで、スピカップは完全に1969年当時の新車の状態に復元された。

蘇ったスピカップは、2009年にイタリア北部コモ湖畔で開催されたヴィラ・デステのコンクール・デレガンスの会場で二度目のデビューを果たし、さらに2010年の夏にはBMWミュージアムでも展示された。スピカップはそれらの会場で、1969年当時とはまた別の意味で、世界に大きなインパクトを与えたのである。それは優れたショーカーの持つ普遍的なオーラと、さらにそこに加わった「個体の持つ唯一無二のヒストリー」によるものだと言えよう。

■AMWのミカタ

このBMW 2800スピカップは2011年10月にBMWミュージアムで開催されたボナムス(Bonhams)オークションに出品され、46万ユーロ(当時のレートで邦貨換算4700万円)にて落札されている。現在のオーナーは不明ではあるが、大切に保存されて、ふたたび大衆の眼前にその姿を現す日が来ることを祈りたい。

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