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「R32 GT-R」の心臓「RB26DETT」チューニングのコツは? 馬力アップしても「乗りやすさ」が大切です【ティー・ゲット境代表】

t-getのR32

気持ちいいエンジンフィーリングにこだわったR32GT-R

チューナーの心に残る厳選の1台を語る【ティー・ゲット 境 太輔代表】

オーナーが愛車に求めていることを実現させていく。万全の態勢だから熱い想いのオーダーも少なくない。とくに印象的なのが気持ちよさを突き詰めたいという要望だ。言葉にすれば簡単だが、真意を考えると一筋縄ではいかない。とてつもなくやり甲斐があり、実力が浮き彫りになる。

(初出:GT-R Magazine158号)

自動車整備専門学校に通うことで初めてクルマに興味を持った

小さいころはまったくクルマに興味がなかったという、多くのチューナーの中では間違いなく少数派タイプ。『ティー・ゲット』の境 太輔代表は、中学の終わりころから漫画「バリバリ伝説」の影響もあって少しずつバイクに興味を持ち始めた。

16歳で中型2輪の免許を取得して、ホンダ「CBR400F」を購入。スポーツマフラーやバックステップの取り付けを、オートバイ雑誌を見ながら自分で行っていた。日本海間瀬サーキットにも何度か走りに行ったが、仲間が行くから一緒にという程度でサーキットに夢中になるまでには至らなかった。

高校卒業後の進路も仲間が行くからという理由で日産系の自動車整備の専門学校に決めた。それでもまだクルマには興味がない。あろうことか日産がどんなクルマを作っているかも知らない始末。それでも整備の勉強は面白くて、毎日の授業がとても楽しかったという。

クルマの仕組みや原理がわかってくるとおのずと興味が湧いてくる。さっそく知人から430型セドリックを購入して、授業で学んだ作業を試してみる。その延長という感覚でバネをカットしたりマフラーを加工したりと、お金をかけずにクルマいじりを楽しんでいた。

S30Zを譲り受けたことで本気でチューニングに挑む

卒業後は日産のディーラーに就職。入社1年目に親戚から格安で2シーター5速MTのS30Zを譲り受けた。当時21歳だった境代表にノーマルで乗るという選択はなく、当然のようにチューニングを施す。しかし整備の知識はあるがチューニングのノウハウは乏しく、バイク時代のように情報源は雑誌のみ。最初に取り付けたソレックスの40φキャブも雑誌の売買コーナーで手に入れている。

当初は吸・排気系パーツの取り付けやキャブのジェット交換などを行ってクルマの調子を良くする程度で、その先には進めない。事態が好転したのはスポーツマフラー用のガスケットを購入するために近所のチューニングショップを訪れた、23歳のときである。

「新品はないけど、まだ使える中古品があるからあげるよ」と初見でいきなりガスケットを譲ってもらった。お互い相性が合ったのだろう。その後もチューニングに行き詰まると相談にのってもらっていた。それが「フロントロウ」の伊藤義之代表だ。

しばらくすると境代表と伊藤代表が同い年だということが判明。ぐっと距離が縮まり、親密さが増した。境代表はディーラーで仕事を終えたあとや休日にはフロントロウを手伝うまでになった。そんな忙しい日々を送っている境代表ではあるが、S30Zのほうもコツコツと手を入れて、3.1Lまで排気量を上げる。キャブもウェーバーの50φに変更し、最終的にはNAのままで300psをマークするまでに仕上がった。

「チューニングの心構えは伊藤さんから学びました。とくにエンジンの組み方ですね。基本となるバランス取りは各パーツの重量ばかりでなく、燃焼室のバランスも見逃してはいけないってことは今でも実践しています。各気筒で容積や形をきっちりと揃える。これをやるかやらないかでエンジンのフィーリングは大きく変わってきますので」

バルブタイミングとバルブクリアランスの調整も伊藤代表の影響を大きく受けた。とくにバルブタイミングは時間をかけて入念に合わせている。その後のセッティングのときにも合わせっぱなしではなく微調整して探りながらいいところに持っていく。バルブクリアランスのほうは規定内に収めることで終わらせず、必ず全部の気筒を統一させている。わずか0.1mmの差で違いが出るほど気の抜けない繊細な項目だ。

ディーラーとフロントロウとの掛け持ちは27歳まで続けた。手伝っている間には伊藤代表のみならず、現在もチューニング業界のさまざまな分野で活躍している人たちと出会い、学ばせてもらえた。それは境代表にとっては何ものにも代えがたい貴重な財産。これまでの人生のなかでも、とびきり濃厚で刺激的な時間を過ごすことができた。その後に独立してティー・ゲットを起ち上げる。

ユーザーの要望を最優先で扱いやすくまとめ上げる

「平成7(1995)年のオープン当初はシルビアばかりで、CAやSRエンジンのゼロヨン仕様といった派手なチューニングが多かったですね。GT-Rはどのクルマもブーストアップ止まり。それでも十分速くて、特別な存在でした」

1997年にはR32スカイラインのタイプMとZ31フェアレディZにRB26DETTを載せてチューニングする依頼が続いた。タイプMは2.7L化してT88ターボを組み合わせ800psをマーク。雑誌社による谷田部テストコースでの最高速テストでは317km/hを叩き出した。そのころからGT-Rのハードチューニングが増える。

「それまではシルビアで600psを出して喜んでいたのに、GT-Rの場合は当時でも900psが夢ではなかった。チューナーにとってはその気にさせる魅力的なクルマです」

タイプMの最高速テストではエンジンブロックにクラックが入って冷却水が滲み出るというトラブルが発生。他の800psを超えるGT-Rでも同様な症状が出た。エンジン自体はブローしたわけでなく調子は悪くないので、ブロックの強度不足と判断。フロントデフがオイルパン内に収められているのでバランスを取っていても振動が出やすいのだ。そのためティー・ゲットでは700ps以上はN1ブロックを使っている。

「うちはユーザーの要望を最優先にするので、ショップの特色を反映させたデモカーを作ったりはしません。限られた予算の中で理想に近付けるクルマ作りに全力で取り組みます」

馬力を上げてもトラブルなく乗れることが最低条件

そのため同じ仕様は少なく、定番メニューも存在しないが、ただ扱いやすさにだけはこだわっている。寒い朝でも一発でエンジンが始動でき、アイドリングが安定していることが最低条件。どんなにパワーがあってもトラブルの心配がなく、安心してどこにでも走っていける乗りやすさを重視して仕立てている。

「RB26はエアフロを取り除いてDジェトロ制御にすると、標高の高い場所で吹けなくなってしまうことが多いです。6連スロットルを使っているからなのか、他のエンジンよりも顕著に表れます。通常は空気が薄くなるので空燃比が濃くなりますがRB26は逆です。標高1500mを超えた辺りから薄くなってエンジンが掛かりにくくなり、明らかに不調となります。圧力センサーのゼロ点がズレてしまうのです。だから必ず大気圧補正を行っています」

さらにスロットル開度での補正もほぼ全域に入れている。エンジン回転数と圧力だけでマップを作ってもまともには走れない。ブーストが掛かっていても、エンジンはそれほど空気を吸い込んでいない状況が多いため、そこを補っている。

このようにRB26のDジェトロ制御は癖があって、大気圧やスロットル開度での補正を駆使しないとノーマルのように普通には走れない。絶対的なパワーよりも柔軟性や始動性を重視しているのが境流だ。

気持ちよさを追求したいというユーザーの声に応えた

そんな境代表が夢中で取り組んだのが「気持ちいいエンジンフィーリングの実現」というオーダーだ。この言葉にはオーナーの熱い想いが込められている。アクセルを踏んだときの心地よさの追求は簡単そうだが途方もなく奥が深い。それに挑んだ。

R34の純正ホイールを履いたR32にはオーナーと共に導き出した気持ちよさに効く手法が細部に取り入れられている。プロペラシャフトは真ん中に重いジョイント部のある純正の2分割タイプから軽い1本ものへと変更。パワステはトヨタ「MR-S」純正の電動式を流用してファンも電動式を使い、エアコンも外している。エンジンで駆動するものはオルタネータ以外は取り除き、極力負荷をかけない作戦。今後はウォーターポンプの電動化も狙っている。

創意工夫はエンジン内部にも及んでいる。ノーマルと同じストロークであるJUNの2.7L用クランクを使い、HKSの2.8L用ピストンを組み合わせて、それに合ったコンロッドを製作したのである。こうすることでコンロッドが長くなりシリンダーへのピストンの側圧が抑えられる。このエンジンの排気量は2.7Lとなり、GT III-2530のツインターボ仕様でブースト1.5kg/cm2のときに600psをマークする。制御は境代表の得意なVプロのDジェトロだ。

「オーナーは今までに味わったことがないレスポンスだと大喜びしてくれました。エンジンの回り方が他の仕様とは違って澄んでいるんです」

ユーザーの希望が叶えられた達成感は、サーキットのタイムアタックやゼロヨンの好結果とは趣の異なる満ち足りた気分になる。それを味わうことが境代表の至福のときだ。

(この記事は2021年4月1日発売のGT-R Magazine 158号に掲載した記事を元に再編集しています)

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