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トヨタがランチアを破ってトップへ!「セリカ GT-FOUR」はWRCで日本車初のドライバーズ&マニュファクチャラーズタイトルを獲得した名車です

ボディサイズは全長4430mm×全幅1745mm×全高1305mm

ラリーで大活躍した5代目セリカ

トヨタの5代目「セリカ(ST185)」は世界を制した最強モデルとして記憶されている一台だ。デビューは平成元年=1989年。日産「スカイラインGT-R(R32)」や、ユーノス「ロードスター」、トヨタ「セルシオ(初代)」、スバル「レガシィ(初代)」などと同世代で、国産名車のビンテージイヤーである。

GT-FOUR Aの「A」はアドバンスだった

シャシーは先代T180系の発展型で、スタイリングもT180の流面形の流れを汲む、「ニューエアロフォルム」を採用。トヨタの北米デザインスタジオ、CALTYがデザインを担当したが、先代以上に丸くボリューミーなボディワークは、好悪が分かれるカタチだった。

とくにフロントまわりは、リトラクタブルヘッドライトなのにボンネット高が高く、オーバーハングが長め……だったが、1990年に追加されたGT-FOUR A(ST185H)は前後のブリスターフェンダーによってワイドボディ化され、少しバランスが整ったことでスポーティ感がアップしている(AはグループAの「A」ではなく、アドバンスの「A」)。

そうした外観はともかく、エンジンはT180と同じ3S-GTEながら、40psアップの225psに(レギュラー→ハイオク化)。国産車ではじめてトルセンLSD(リア)を採用したのもST185からで、サスペンションもオーソドックスな四輪ストラットながら剛性アップが図られている。その実力は、モータースポーツの世界で遺憾なく発揮される。

セリカの主戦場はWRC。1992年に実戦投入され、まずカルロス・サインツがドライバーズタイトルを獲得。翌1993年は、ランチア「デルタHFインテグラーレ」、フォード「エスコートRSコスワース」、三菱「ギャランVR-4・ランサーエボリューションI」、スバル「レガシィRS・インプレッサ」など、世界の強豪を相手に、新エース、ユハ・カンクネンが年間5勝と大健闘。

ドライバーズタイトルを獲得するとともに、ついに王者ランチアを破り念願のマニュファクチャラーズを手に入れる。WRCでのマニュファクチャラーズは、日本のメーカーでは初の快挙。当然、ダブルタイトルも日本車では初の偉業だ。

さらに1994年もダブルタイトル連覇に成功(ドライバーズタイトルはディディエ・オリオール)。1995年には、藤本吉郎が日本人としてサファリラリー初の快挙を成し遂げ、セリカ最強時代を印象づけた(藤本吉郎がサファリを制したST185の実車は、最近フルレストアされて話題になった)。

世界限定モデルも存在した!

市販モデルでは1991年にWRC用のホモロゲーションモデルであるGT-FOUR RCが登場。ターボチャージャーが耐久性重視でセラミックタービンからメタルタービンに変更になり、インタークーラーも水冷化した。出力は10馬力アップの235馬力になり、バンパーやボンネットはクーリング性能をアップするために、エアインテークとエアアウトレットが追加され、サスペンションも強化タイプになった。

ちなみにノーマル状態では、メタルタービンの「RC」は高速域では10馬力分のパワーアップにアドバンテージを感じるが、中低速のピックアップはセラミックタービンの方が優れていた……。なお、「RC」とはラリー・コンペティションの略で、輸出仕様は「カルロス・サインツ・リミテッドエディション」という名称が与えられている。

いずれもWRC用のホモロゲーションモデルなので、生産台数は全世界でグループA規定の5000台。日本国内ではそのうちの1800台が割り当てられた。

WRC、グループA、ハイパーターボ、フルタイム4WD、国産最強……といったイメージは、セリカのST165からはじまり、ST185が確立したといっても過言ではない。一時代を築いたST185。そのカストロールカラーの勇姿に憧れ、TTE(トヨタ チーム ヨーロッパ)グッズを集めたファンも多かったはずだ。

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