サイトアイコン AUTO MESSE WEB(オートメッセウェブ)

約6100万円のダッジ「トマホーク」に跨った! 理論的には最高速418キロ出る(?)マシンでした【クルマ昔噺】

当初はワンオフのコンセプトカーとしてあくまでもダッジのイメージを高揚させる目的で作られたものだったようだが、その後10台限定でハンドビルドされて販売された

実際に市販され9台のみ製造

モータージャーナリストの中村孝仁氏が綴る昔話を今に伝える連載。第10回目はダッジが少数生産したバイクのような4輪車「トマホーク」との出会いを振り返ってもらいました。

非常に高価なコンセプトカーの正体は?

クライスラーというメーカーは、かつてビッグ3と呼ばれ、アメリカを代表する自動車メーカーであった。ところが2009年にチャプター11といういわゆる破産状態になる。それ以前からダイムラーと提携したりしていたのだが、これを機にフィアットが経営に参画、FCAとして立ち直り、今はさらにPSAグループとくっついてステランティスという社名に変わり、その北米部門として存続する。

日本を含む世界市場で売り上げを伸ばしているのはジープだけ。だが、ほんの20年ほど前まではクライスラーももうひとつのブランド、ダッジも日本市場に導入されていた。クライスラーのクルマは特にデザインにおいて、GMやフォードよりも斬新で人々の心をとらえる逸品を出し続けていたように思う。

そして1990年代終わりから2000年代初頭にかけて、クライスラーは我々ジャーナリストに非常に高価なコンセプトカーの試乗をさせていた。以下は2003年に開催された、コンセプトカー試乗会のひとコマである。とはいえ、残念ながら写真がない。

「あそこが、ジャンニ・ベルサーチの殺された家だよ」

隣のコップがそう教えてくれた。そう、僕はそのときマイアミビーチでポリスカーに乗っていた。といってパクられたわけではない。ちゃんとコップの隣に乗って夕闇迫るマイアミビーチのメインストリートをゆっくりと流していただけだ。どうネゴシエーションしたかは知らないが、クライスラーはマイアミでこの登録されていないコンセプトカーを、堂々と路上で走らせるお墨付きを得た。

見たこともないクルマが街中をポリスカーの先導で走れば、それがどういうことになるかは見当が付くと思う。目立ち度抜群。人々は色々な声援を送ってくる。止まれば当然市民が寄ってくる。クルマの感想は様々。これこそ、クライスラーが目論んだ生のサーベイ。まさに一般ユーザーの生の声を聞くことができる、というわけだ。クライスラーのエンジニアも、同時に市場の反応(つまり市民の声)とジャーナリストの意見を参考に、それを市販できるか否かの判断材料にする。

というわけで、コンセプトカーの試乗会は市販モデルの試乗会とは全く別な意味でとても興味ある試乗会なのである。このパレードランでは日本人ジャーナリストが複数名コンセプトカーをドライブしたが、僕は千載一遇のチャンスとばかり、先導車のポリスにこれに乗ってもいい? と聞くとあっさりとOKで、冒頭の話に繋がるわけである。

じつはこの時のパレードに参加しなかった1台のコンセプトカーがあった。それがダッジ「トマホーク」である。

エンジンはバイパーから移植された8.3L V10!

果たしてトマホークをCarと呼んでよいものかは少し疑問が残る。とにかくスタイルはまるでバイクだからだ。それにしてもこれほどぶっ飛んだデザインのコンセプトカーが、かつて自動車メーカーから発信されたことがあるだろうか。これをデザインしたマーク・ウォルターズは、ルノーデザインからクライスラーに移ってきた男である。

そして、クライスラーではバイパーやプロウラーのような跳んだデザインが実現可能だ。そんな夢を持ってクライスラーにやってきたという。そしてその夢の結晶が、このクルマ(?)だった。ライダー(敢えてそう呼ぶ)が腹にかかえるようにして抱くのは、バイパーから移植された、8.3L V10。

そのパワーをストレートカットの足踏み式2速ミッションと、2本のチェーンを介して後輪に伝える。前後に2本ずつのタイヤを有するが、それらはトレッドと呼べるほどの広い間隔を持っておらず、2本の車輪が並行にリーンすることによって、まさにバイクのようなコーナリングを敢行する。でもタイヤが4本つくから一応は4輪車である。

燃料タンクのように見えるエンジン上の構造物は、その中にペントルーフ状に配置した2個のラジエターを内蔵し、フレッシュエアをポルシェ・ターボから移植したファンによってこの中に導き冷却する仕組みを持つ。恐ろしいことにクラッチはアシストなし。

実際に握っては見たものの、実際公道上の渋滞などに遭遇したら、ボブ・サップ(古い!)並みの握力がない限り、これを微妙にコントロールするのは難しい。ただ、アルミビレット風に全身が覆われたトマホークのスタイリングは、まるで現代芸術のように美しく、ただ飾っておくだけでも見る価値がある。マーク自身これでかなり飛ばしたようだが、理論的には260マイル(約418km/h)出るという。まあ出ないと思うが。

実際に跨った感想は以下の通りだ。

「白日の下で見るトマホークはやはりデカかった。オレのトマホークといわんばかりに跨っては見たものの、写真に撮られたその姿は、まるで大木にとまるセミ。大女をナニしようとする小男の風情でなんともしまらない。何とか足は届くものの、750kgの巨体を考えると、支えるのはまず無理である。そして今回わかったことは、バイクと同じレバー式のクラッチにはアシストが付いていないこと。かろうじて1回だけ握れたが、あとは握力不足で不可だった」

まあ走ってはいない。跨っただけのインプレである。

ちなみに単なるコンセプトカーで終わると思われていたこのクルマ。驚いたことに9台が製作されて実際に市販(55万5000ドル/当時レートで邦貨換算約6100万円)もされた。もちろん公道は走れないから広大な屋敷の庭で走らせているのだろう。それとも飾っておくだけか?

■「クルマ昔噺」連載記事一覧はこちら

モバイルバージョンを終了