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ほぼ新車の「テスタロッサ」が約1900万円! かたや1万6000キロ走行車が約3000万円! 2台のフェラーリになぜ差がついた?

17万200ポンド(邦貨換算約3100万円)で落札されたフェラーリ「テスタロッサ」(C)Courtesy of RM Sotheby's

出品車の2台は、エンジンとミッションのナンバリングが一致

世界有数のオークショネア、RMサザビーズは2023年も非常に好調なリザルトを残している。参考までに11月4日に開催されたロンドン・オークションまでの売上高は、1401万5547ポンド(現在のレートで約25億4370万円)。ちなみにこれは2023年にイギリスで最も成功したコレクターカー・オークション。成約率は87%だった。ここではその中から、2台が同時に出品されたフェラーリ「テスタロッサ」を紹介することにしよう。

438台しか存在しない右ハンドル仕様

1台はファクトリー・フレッシュ・コレクションから出品された1990年式。そしてもう1台は、かのナイジェル・マンセルが、エンツォ・フェラーリからの直々の指名によって、1989年にスクーデリア・フェラーリのドライバーになったことを祝して贈られた1988年式のテスタロッサである。RMサザビーズによる予想落札価格は、いずれも15万〜20万ポンド。最近クラシックとしての人気が出てきたテスタロッサだけに、その落札価格には誰もが注目していた。

まずはファクトリー・フレッシュ・コレクションによるテスタロッサから簡単に解説を始めよう。86939のシャシーナンバーを持つこのテスタロッサは、もちろんエンジンナンバーやミッションナンバーが新車当時と合致していることは確認済み。

そのスタイリングは現在でもなお美しさではスーパーカーの頂点ともいえる存在だが、さらにミッドに搭載される5Lの180度V12気筒エンジンが発揮する376psの最高出力(出品車は触媒付きの仕様だった)は、わずか5.7秒で0-100km/h加速をこなし、最高速では288km/hを実現した。

さらに出品車は、総生産台数約7000台のうち、438台しか存在しない右ハンドル仕様の1台であることも重要な特長。出品時のオドメーターはわずかに161km相当を刻むのみだったが、これは定期的な整備時に行われた納車前テストによるものだろう。オーナーはほとんどこのテスタロッサをドライブしていないことは容易に想像できる。

ナイジェル・マンセルに贈られた1台

もう一方の1998年式テスタロッサは、79325のシャシーナンバーを持つもので、こちらもエンジンとミッションのナンバリングは一致している。冒頭でも紹介しているとおり、ドアの内側にはこのテスタロッサを贈られたナイジェル・マンセルとの関係を表すプレートが取り付けられており、またマンセルのイニシャルが刻印された6点セットのラゲッジバッグも車両とともにオークションにかけられた。

フェラーリがマンセルの獲得に躍起になった直接の背景は、1988年シーズンの低迷にあった。そこでエンツォ・フェラーリがスクーデリア・フェラーリへの加入を交渉したのが、1986年と1987年の2年間にわたってウィリアムズでF1GPのシーズン2位を獲得していたマンセルにほかならなかったのだ。

そして1989年、スクーデリア・フェラーリからF1に参戦したマンセルは、デビュー戦ながら見事に1位でフィニッシュする偉業を成し遂げたのだった。例のテスタロッサはその前年、クリスマスの直前にプレゼントとして彼のもとに届けられたという。

マンセルが実際にこのテスタロッサを所有していたのは、1993年の12月頃までとされているが、そのオドメーターは1万6360km相当を示すのみ(実車は2台のテスタロッサともにマイル表示だ)。ただし7500km相当時に、一度メーターパネルが交換されているという。

マンセル号は3000万円オーバー

それでは注目の落札価格を報告しよう。最初に紹介したファクトリー・フレッシュ・コレクションの1990年式は10万3500ポンド(邦貨換算約1880万円)。ナイジェル・マンセルに送られた1988年式は17万200ポンド(同3100万円)という結果だった。ちなみに1988年半ば以降のテスタロッサは、サスペンションをリニューアルするなど、クルマとしての進化も着実に果たしている。それもまたオークション参加者や落札者には、大きな安心材料となったのではないだろうか。

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