1968年式 フォード マスタング
「クラシックカーって実際に運転してみると、どうなの……?」という疑問にお答えするべくスタートした、クラシック/ヤングタイマーのクルマを対象とするテストドライブ企画「旧車ソムリエ」。今回は、並みいるアメリカ車のなかでも特にアイコニックな歴史的傑作、フォード「マスタング」の初代モデルをピックアップ。そのあらましとドライブフィールについて、お伝えします。
アメリカの自動車史を変えた偉大なヒット作は、すべてのスペシャルティカーの開祖
1964年4月17日から開催された「ニューヨーク万国博覧会」の大会初日に発表されたフォード「マスタング」は、当時のフォード社長、リー・アイアコッカの企画によって生まれ、スポーティなスペシャルティカーという、現在にも至る新ジャンルの開拓者となった。
スタイリッシュなフォルムはスポーツカーのようにも映るが、その実は開発期間とコストを削減するため、当時のフォードの最廉価大衆車「ファルコン」からコンポーネンツの大部分を流用したクルマだった。アイアコッカは、「アメリカの民衆が好むのは純粋なスポーツカーではなく、スポーツカーのように見えるクルマ」という持論をもとに、「ホイールベースを詰め、タイトな後席を持ったファルコン」をコンセプトとしたという。
さらにフォード・グループ会長、ヘンリー・フォードII世からの「トリノで見たスポーツカーは、みな口が尖っていたから……」というリクエストに応え、イタリアのスポーツカーを思わせる迫力あるフロントエンドを持たせた。
マスタングとは「野生馬」を意味するアメリカ英語とのこと。また、第二次世界大戦後期に活躍した迎撃戦闘機「ノースアメリカン P-51 マスタング」にあやかったとも言われている。この名称自体は、1962年にフォード開発部門が製作し、かのフォード「GT40」にも影響を及ぼしたとされる同名のミッドシップ小型プロトタイプから拝借したもので、名前のみならず、そのデザインエッセンスも生産型マスタングに引用された。
発売からわずか1年11カ月で100万台の大ヒット
こうして正式リリースされたマスタングは、ノッチバッククーペの「ハードトップ」と「コンバーチブル」の2本立てのボディが用意。発売から4カ月後の1964年8月には、もっとも象徴的な「ファストバック」クーペも追加された。
また、標準装備を簡素にして本体価格を抑える代わりに、「フルチョイスシステム」の名のもと、オプションの組み合わせでバリエーションを構成する販売方式を採用。エンジンはスタンダードの2.8L直6 OHVから4.2LのスモールブロックV8 OHVまでが選択できた。
さらに、オートマチックトランスミッションやビニールレザー張りシート、ホワイトリボンの入ったタイヤなど多彩なオプションを用意したことで、おしゃれな街乗りパーソナルカーに仕立てることを可能としたいっぽうで、V8エンジンとスポーツ志向のオプションを選択すれば、スポーツカー顔負けのパフォーマンスを得ることもできた。
これは、アイアコッカによるマーケットリサーチの賜物であったのだが、彼らの目論みはみごと功を奏した。この選択肢の広さやスタイリッシュなデザインは大好評で、ベースとなった人気小型車ファルコンをも上回る大ヒットを獲得。発売1週間で、全米のフォードディーラーには400万人以上が来店し、とくにシカゴでは警察が出動するほどのパニックになった(!)というエピソードも残されている。
そして10万台と設定された年間目標販売台数に対して、発売初日だけで2万2000台を受注。さらに発売1カ月で10万台以上、発売後わずか1年11カ月で100万台を販売するまでに至ったのだ。
4.7リッターV8は意外なほどスムーズな走り出し
この時代のアメリカ車は、モデルイヤーごとにマイナーチェンジが施される事例も多かったが、ファーストモデルから大人気を博していた初代マスタングは、「1967年モデル」として初めて軽度のフェイスリフトが施され、あの映画『ブリット』(1968年)にてスティーブ・マックイーンが走らせた「GT390」と同じマスクとなった。
この「旧車ソムリエ」取材にあたり、夢のクルマを共同購入・所有するという画期的なプロジェクトを展開して大成功を収めているスタートアップ企業「RENDEZ-VOUS(ランデヴー)」からご提供いただいたマスタングは1968年式のハードトップ・クーペで、1967年モデルと同じ顔を持つ。また、左右フロントフェンダーにはスモールブロック最大の「302(立方インチ=約5.0L)」のバッジが取り付けられているものの、長大なエンジンフード下に鎮座しているのは289立方インチ、つまり4.7LのスモールブロックV8エンジンである。
大径の4バレルキャブレターを装着していることから、アメリカ車については門外漢である筆者はスロットルを少しだけ煽りつつ始動を試みたのだが、RENDEZ-VOUSのスタッフいわく「本来はスロットル全閉のまま始動するまでセルを回し続けるのがベター」とのこと。いわれたとおりに始動してみると、かなり長めのクランキングのあと、派手なサウンドとともにあっけなくV8エンジンが始動した。
そして、ガチャガチャした手応えの大きなATセレクターをつかんでDレンジに入れると、一瞬のちに「コン」というかすかな音とともにエンゲージ。スロットルをジワッと踏み込めば、意外なくらいにスムーズに走り出す。
タコメーターの備えがないため正確な回転数は分からないながらも、低回転域の「デロデロデロ」という、いかにもこの時代のアメリカンV8らしい排気音がだんだんと連続音の「デロロロロッ」へと変わってくると、289エンジンはみるみる活気をみなぎらせてくる。
旧いオートマチック変速機のトルコンスリップにトルクを吸収されてしまうものの、そこはスモールブロックとはいえ4.7Lの大排気量。街中の流れをリードするのは造作もないことである。むしろ、スロットル操作に対するレスポンスはちょっと過敏ともいえるもので、気をつけていないと後輪がムズムズと振れそうになるほどである。
すべてが大雑把、だけどヒロイック
とはいえ最大の難敵となったのは、新車当時からオプションだったパワーステアリングである。操舵力が軽いこと自体は良いものの、ギアレシオはノンパワー並みにスローなうえに、遊びは左右とも拳ひとつ分以上と、無反応域が非常に大きい。だから、慣れないうちは真っすぐ走らせるのも苦労するし、アスファルト路面に深いわだちでもあろうものなら、それを修正しながら進行方向を定めるにも、かなりの神経を遣わざるを得ない。
ところがしばらくドライブしていると、ブラブラ・グラグラであるはずの舵角が、なぜか思ったとおりのラインに乗せることができるようになってくるのだから、人間の「慣れ」というのは不思議なものである。
取材日は寒かったけれど、V8サウンドを聴くために窓は全開。ドア上縁に肘をかけつつ、左手の親指と人差し指でつまむようにしてステアリングを握って走らせていると、すっかりこの世界観に馴染んでしまっている自分に気がつく。
たしかに、ボディ剛性なんて言葉はなかったかのように全身ユルユル。路面が荒れると、リアサスはバタバタ暴れそうになり、けっこうチープなつくりの内外装ともガタガタ・ギシギシと揺れる。さらにドアの閉まる音だって「バシャン!」という、もともとが安価な大衆車であったことをうかがわせるもの。
でも、このヒロイックなカッコよさに触れ、V8エンジンのトルク感に酔いしれていると「だからどうした?」という心持ちにもなってくる。
今なお絶大な人気を誇る初代マスタングは、誰が何と言おうと生まれながらのヒーロー。今回のテストドライブで、その片鱗を思い知ったのである。
■RENDEZ-VOUS
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