ルノー独自のハイブリッド「E-TECH」を豪雪地帯でテスト
ルノーのクーペSUV「アルカナ」は、独自のシリーズパラレル式フルハイブリッドシステム「E-TECH」を搭載したうえに、4速トランスミッションとドッグクラッチを組み合わせたユニークなパワートレインが自慢。2024年10月にマイナーチェンジを受けた最新仕様に乗り、モータージャーナリストの斎藤慎輔氏が東京から秋田県の乳頭温泉、山形県の肘折温泉を巡る長距離テストを敢行。FF車でも豪雪地帯を走って快適なのか、レポートします。
ドライ路面では疲れを感じさせない快適なクルージング
ルノー「アルカナ」での冬の温泉旅……を兼ねた試乗は、雪国にお住まいの方々にとって冬場は当たり前の雪道も、非積雪地で暮らす者にとっては、なかなか遭遇できない気象条件や走行環境に遭遇できる、絶好の機会だった。
ふだんの試乗では探ることの難しい素の運動特性から、パワートレインの微妙な制御領域、車両姿勢制御、駆動制御までを知ることができたのはありがたい。もちろん、雪見の温泉や美味しい料理も楽しませていただきました。
と言っている間に、関東以西では桜も満開を迎える時期になってしまったが、この時期でも北東北や北海道ではスタッドレスタイヤを装着している車両が大半だろう。そういう中で言うならば、この試乗でまず期待を上回っていたのは、アルカナがスタッドレスタイヤを装着した状態でも、高速域まで優れた直進安定性が得られることにあった。
装着されていた横浜ゴムの「アイスガード7」と車両とのマッチングの良さもあって、都内をスタートし外環道経由で東北自動車道で北上ジャンクションまでの、ほぼ全てがドライ路面のままだった高速走行で、それこそ疲れを感じさせない快適なクルージングを提供してくれたのだった。
直進域でのステアリングの自然な座り感とともに、気を使わずとも真っ直ぐに走ってくれることもそうだが、路面からの入力に対する動きが穏やかで自然であることも、心地よい走りをもたらしていた。ここでいう「自然な」とは、路面からの入力に対して、縦方向の揺れを無理に抑え込むような引き込み感や、ロール方向で突っ張るようなことなく、感覚的に優しい動きを伴って動くこと。
そこに、見た目のスポーティな形状とは裏腹の、優しく包み込む感覚のシートが加わり、気づけば都内から約500kmの東北自動車道・北上ジャンクションまで、疲れも感じさせずに走行を続けているのだった。
シャーベットまじりの雪の上でも浮わついた感が生じにくい
秋田自動車道に入ると、ようやく周りの景色が真っ白になってくる。それでも、路面は雪による轍(わだち)になったかと思えば、それが溶けたシャーベットを含んだウエット路面になったりと、刻々と路面状況が変わっていくのだが、なかなか真っ白な路面にはならない。
じつはこうした路面は、アイス性能を最大重視したスタッドレスタイヤは得意としないものだ。氷の面に接する接地面積を出来るだけ広くなるように、トレッドに刻まれる溝は細くされているのだから当然なのだが、アルカナとアイスガード7の組み合わせでは、ベシャッとしたシャーベット上の雪の上を走行する際も浮わついた感が生じにくく、ステアリングの修正も少なくて済むほうだと感じた。
秋田自動車道を大曲ICで降り、本来、日本の三大花火大会のひとつが開催される「夏の街」なんだろうなどと思いつつ市内を通る幹線を抜けていくが、ここでも路面はほぼドライかセミウエットの状態。ニュースや天気予報で騒がれている最強寒波も、どうもこの辺りにはやってきていないらしい。
それでも角館に向かうにつれて、ようやく路面にも雪が張り付いているところから、次第に圧雪に近くなり、さらにところどころで走行抵抗を感じとれるほどの積雪路面へと変わっていくのだった。それは、この日の気温が高めのせいか、フワフワではなくザクっとした雪が圧雪の上に載っている感じだ。
武家屋敷で有名な角館だが、ここは私もカメラマンも何度か訪れたことがあるということで、ランチタイムぎりぎりの時間で昼食をとることにした。秋田といえばということで、きりたんぽ鍋とともに注文したのは「がっこ懐石」なる、漬物を色々とアレンジした料理。いぶりがっこは有名だが、この「がっこ」が漬物のことだと、ここで知ることになった。これまで、大根を漬けて燻したのがいぶりがっこだと勝手に解釈していたが、そういうことだったとは。
雪上でも適切にアクセルコントロールできる安心感
ここから乳頭温泉に向かうと、次第に期待していたとおりの圧雪のワインディングに変わる。アルカナのE-TECHが好ましいのは、低負荷域のEV走行域からエンジンが作動する負荷と速度域に達した際に、アクセルワークに対して感覚的にリンクするエンジン回転の変化が伴うことだ。
フルハイブリッドのパイオニアかつ代表的存在であるトヨタのTHSは、効率面ではたしかに優秀だが、電気CVTとの組み合わせによるエンジン回転の曖昧な変化を頻繁に伴いがちだ。とくに排気量の小さなエンジンと組み合わせた車種においては、それが不可避なのだが、そこはドッグクラッチと多段ミッションを備えたアルカナE-TECHは、ズルズルと曖昧にエンジン回転が上下に変化する感覚は持たない。これが快活な走り感をもたらす。
もっとも、パドルシフト等による能動的な変速システムは持たないうえに、いったいエンジン側が今は何速で、モーター側も2段のギアのうちどちらを使った状態にあるのかを知る術もない。つまり、積極的に細かく変速を操ることはできないのだが、雪上でもアクセルワークと負荷に応じた駆動力が適切に得られることから、コントロールできる安心感があるのがありがたく思えるのだった。
巧みなトラクションコントロールで意思どおり前に進める
乳頭温泉郷に近づき、今夜の宿泊先ではないのだが、乳頭温泉を代表する宿でもある鶴の湯にいったん向かう。両脇の雪の壁が3mを超えるほどの狭いつづら折れの雪深い道を進んで行くことになるのだが、そこではちょっとした上り勾配でトラクションコントロールが頻繁に介入してくるほどに、駆動輪の前輪の空転が増すことになる。ここは、とくに前輪駆動の辛いところではある。
私としては願ったり叶ったりの状況ではあるが、こうした場面で知れるのは、トラクションコントロール制御の巧みさだ。タイヤのスリップによる過剰な空転を防ぎ、駆動力を確保することが目的で出力を絞るのだが、前輪駆動にせよ後輪駆動にせよ2輪駆動車にありがちなのが、出力を絞り過ぎてタイヤの空転こそ防げても、必要な、あるいは求める速度が維持できなくなる車両も多い。このアルカナは、絶妙なスリップコントロールを行うことで、車速も維持しつつ駆動力も安定性もバランスを保つので、思ったように前に進んでくれないといったイライラを生じることなく、マイフェイバリット温泉のひとつである鶴の湯の風情ある姿を見に行けたのだった。
鶴の湯を後にして来た道を戻りながら、この大雪の中でもチェーン無しでとくに問題もなく走れることにひと安心しながら、この日に泊まる大鎌温泉に到着した。すると、宿の人が、今日は私がここに来るまでに3台ほどスタックして立ち往生していた、という話をしているではないか。
もちろん、私は発進が厳しくなりそうな路面状況では停止させないといった気は使っていたが、好ましいパワートレインの特性と優秀な駆動制御あっての、苦もない移動だったということのようだ。
シビアな状況でも正確な操作感が光る
大雪の中の露天風呂を満喫し、翌朝はクルマに積もった雪降ろしから始まる。こういう寒さと雪の中、ハイブリッド車での始動直後に課題となりがちなのがヒーターおよびフロントウインドウのデフロスターなどだが、雪降ろしを全て終える頃には、室内の温度もさほど寒さを感じせないほどに、フロントウインドウの曇りもほぼ解消されていた。前席にはもちろんシートヒーターが備わっている。
2日目の目的地は山形県の大蔵村にある肘折温泉。豪雪地の温泉地ということでは、青森県の酸ヶ湯温泉とともに代表格である。これまでも私は冬に何度か訪れているが、道路状況的には乳頭温泉郷周辺よりも心配だったりする。すると、午前中にこの日に泊まる宿からの電話で「いまのところ雪は小康状態なので、チェーン無しでも大丈夫です」と、わざわざ状況報告をしてきてくれたのだった。
もっとも、乳頭温泉郷から肘折温泉までは、途中で田沢湖を横目に見ながら移動をして180km程度の距離と、1日の走行距離としては少なく比較的ラクだ。さらに東北中央自動車道もあって平均速度も保ちやすい。それにこれまでの経験からすると、雪深くなるとして肘折温泉から手前20kmくらいからだろう。
途中いきなり前が見えにくくなるほどに雪が降ってきたと思ったら、その10分後には青空がのぞくといったように、目まぐるしく天候が変わる中を走り抜けて、大蔵村に近づくと、やはり景色の中の雪が急激に増してくる。それでも路面の除雪は綺麗にしっかりとされているので、私にとっては快適で楽しい雪道ドライブといえる走行環境だった。
肘折温泉に近づくにつれて遭遇する、長い直線の後で訪れる小Rのコーナーなどで、減速のコントロール性と操舵に対する正確性を求められる中では、ドライバーの意思に背かない操作感が光った。コーナーに入ったら路面のミューが予想していたよりも低かったような時にも、わずかなアクセルペダルの戻しと、同様にわずかな追操舵でトレースラインの修正を思ったように行えるあたり、安心感と信頼感が備わっているからだ。
1400キロ走っての実燃費はリッター18キロ
といったことで、東京からの出発時に心配していたほどには降雪量も多くなく、それでいて要所ではがっちり雪はあったことで、気持ちよく雪道を走らせてもらって温泉宿に着いたという思いが強かった。その上でなのだが、最低地上高がじつはカングーよりも大きな200mmを確保している面を活かせるような、深い雪の轍や新雪路面にも遭遇してみたかった、という少々不謹慎な思いも残っているのだった。
ちなみにフルハイブリッドとして気になる燃費は、最終的に走行距離が約1400km強、スタッドレスタイヤ装着、高速道路は制限速度を含め許される諸条件の中では速めに、一方で撮影のために雪の中あちこち細かく移動したり、停車時もエンジン(電源)は始動させたまま、といった走行条件の中での実燃費が18km/L強であった。
これが市街地でEV走行比率の高い走りになると20km/Lといったところまで伸びることも確認した。快活でいて官能性をも備えた走り、さらに高い快適性と照らし合わると、納得いく数値レベルにあると思えている。
