グッドウッドで製造された初となるモデル
ロールス・ロイス・モーターカーズは、2025年に最上位モデル「ファントム」誕生から100周年を迎えます。ファントムは現在8代目まで続き、一切妥協することのない比類なきドライビング体験は最新モデルまで継承されています。今回は、ロールス・ロイスの本拠地グッドウッドで製造された初のモデルであり、2002年から2017年にかけて製造された「ファントムVII」を紹介します。
BMWの手により蘇ったファントム
2003年1月1日午前0時1分、ロールス・ロイス・モーター・カーズの会長兼最高経営責任者は、最初の「ファントムVII」の鍵を新しいオーナーに手渡した。この瞬間は、ロールス・ロイスにとって新たな時代の幕開けを意味し、「自動車史上最後の大冒険」と称されたプロセスの集大成であった。このファントムVIIの誕生は、単なるクルマの登場にとどまらず、BMWグループがロールス・ロイスの製造権を取得してからの大きな転換点を象徴するものであった。
1998年、BMWグループはロールス・ロイスの製造権を獲得し、ロールス・ロイスブランドを守るため、わずか5年足らずで新しい本社と製造工場を設計・建設し、これに合わせて新しいファントムVIIの開発を進めた。このスピード感は業界でも前例のないものであり、ロールス・ロイスの名にふさわしい高級車を生み出すために、精密なデザイン、テスト、製造が行われた。
ファントムVIIのデザインは、ロンドンのハイドパーク北側にある秘密のスタジオで開発された。チーフ・エクステリアデザイナーのマレク・ジョルジェビッチ氏にとって、このプロジェクトはまさに夢が叶った瞬間であった。彼は白紙の状態からスタートし、3つの条件を与えられた。それは、非常に大きなホイール、象徴的なラジエーターグリル、そして“スピリット・オブ・エクスタシー”のマスコットを搭載することであった。このプロジェクトは、彼にとって単なるデザイン作業にとどまらず、ロールス・ロイスが誇る伝統を現代に再現する試みであった。
デザインのインスピレーションと革新
デザインのインスピレーションは、過去の名車たちから得られた。とくにジョルジェビッチ氏が注目したのは、クラシックな「シルバークラウド」や控えめな「シルバーシャドウ」、そして1930年代初頭のファントムIIなど、ロールス・ロイスの歴史に名を刻んだモデルたちであった。これらの要素を踏まえて、ファントムVIIはその美しいプロポーションと革新的なデザインを完成させた。
新しいファントムVIIは、伝統的なロールス・ロイスのデザイン哲学を継承しながらも、現代的な技術とエレガンスを兼ね備えた車として生まれた。ファントムVIIの設計は、乗員の快適性を最優先に考えた「オーソリティ・コンセプト」を採用しており、運転席では道路の状況をしっかりと把握しつつも、直感的に操作できるインターフェースが整えられた。前部の操作系はドライバーの視線を道路に保ちつつ、すべての操作を簡便に行えるよう工夫されていた。
また、後部座席は特別な設計が施されており、乗客が車内に出入りする際の快適性が考慮されていた。後部ヒンジ式のコーチドアは、姿勢よく簡単に車内に乗り込むことを可能にし、さらにドアはボタンひとつで自動的に閉まる仕組みであった。シートも非常に快適で、乗員同士の会話を促進するため、少し斜めに座る設計がなされていた。これにより、長時間の移動でも快適に過ごすことができ、前方の長いボンネットを眺めながら移動する贅沢な体験が提供された。
高剛性と軽量性を両立した新構造の誕生
ファントムVIIのシルエットは、ロールス・ロイスらしい優雅さを保ちながら、そのボディラインには新しいデザインが反映されていた。特に、ロングホイールベースや長いボンネット、視覚的にキャビンと繋がったアクセントラインなどが印象的であり、非常に美しいプロポーションが完成していた。これにより、乗員だけでなく、周囲の人々にも強い印象を与えるクルマとなった。
ファントムVIIのもうひとつの大きな特徴は、その製造方法であった。従来のモノコック構造ではなく、アルミニウム製のスペースフレームが採用された。これにより、重量に対する強度のバランスが取れ、高いパフォーマンスを発揮することができた。この新しい製造方法は、ファントムVIIを支える重要な要素となり、現在のロールス・ロイスのすべてのクルマに応用されている。スペースフレームは、レースカーにも使用されることが多い高い強度を持ちながら、精密な手作業で仕上げられたため、ファントムVIIは非常に高い品質基準を満たしていた。
さらに、スペースフレームは非常に柔軟性が高く、同じプラットフォームを基に異なる形状やサイズのクルマを作ることができるため、ロールス・ロイスは新たなモデルを開発する際に大きな自由度を持っていた。この柔軟性を最初に提供したのがファントムVIIであり、その後のモデル(スペクターやカリナン)でもその技術が活用されている。
ロールス・ロイスのすべてを体現したモデルの終章
ファントムVIIはその後、ジュネーブ・モーターショーでさまざまなバリエーションを発表した。2004年には、ファントムVIIよりも短いボディを持つドロップヘッドクーペ「100EX」が登場し、これも非常に高評価を得た。また、ファントムVIIエクステンデッドホイールベース(EWB)は、リアキャビンにより広い空間を提供するためにシャシーを250mm延長したモデルで、2006年には新たにファントムクーペが登場した。
ファントムVIIに搭載されたエンジンは、ロールス・ロイスの伝統である6.75L のV12エンジンで、強力なパワーを発揮した。これにより、ファントムVIIは「浮遊する感覚」を実現し、世界中の愛好者から絶賛された。このエンジンはその後のロールス・ロイスモデルにも使用され続けている。
ファントムVIIは、2017年に生産を終了し、次世代のファントムが登場した。14年間にわたり、ロールス・ロイスのフラッグシップモデルとして君臨し、ブランドの名声を再確立したファントムVIIは今でも多くの人々にとって最高のクルマとして記憶されている。その製造方法、デザイン、快適性、技術革新すべてが一つに結びついた名車として、ロールス・ロイスの歴史に名を刻んだ。
AMWノミカタ
ロールス・ロイスとベントレーが分離した時、これまでのクルー工場の従業員でグッドウッドに移り住んだ人はほぼいなかったという。理由はグッドウッドの物価がクルーよりも高く生活を維持できなかったことと、親子何代かで工場の従業員としてクルーに根ざした生活を送っている人が多かったからである。ベントレーは工場と優秀な従業員を確保できたが、ロールス・ロイスは一からすべてをはじめなくてはならないという難題に直面していた。しかしながらわずか5年で工場を新設し、ファントムVIIを発表できたことは、ロールス・ロイスの言う「自動車史上最後の大冒険」に値する出来事であろう。
新生ロールス・ロイスのスタッフはロールス・ロイスとは何であるか、どうあるべきかを過去に遡って学び直した。企業関係・伝統部門責任者、アンドリュー・ボール氏は、このように語っている。
「ファントムVIIには初期のロールス・ロイスモデルの面影はいたるところに残っている。ある角度から見るとシルバーシャドウ、別の角度から見るとシルバークラウド、また別の角度から見ると、数十年も前のコーチビルドリムジンとの明白なつながりが見られる。こうした特徴を受け継ぐことで、ファントムVIIは伝統的なフォーマルな英国サルーンの最新解釈を体現した」
歴史を振り返りさらに深化させ、未来を見据えて最新のスペースフレームテクノロジーを採用し、新たなクラフトマンシップの技術をもたらし、ロールス・ロイスの歴史の第二章をスタートさせたのがこのモデルである。歴史にタラレバはないがおそらくクルー工場に留まっていてはここまでのロールス・ロイスとしてのドラスティックな変化や成功は成し得なかったかもしれない。
