父親の影響でイタリア車好きになり沼にハマった
フィアットのクルマと言えば、「ルパン三世」の愛車として知られるクリームイエローの「500(チンクエチェント)」を思い浮かべる方が多いだろう。2007年には、そのデザインをオマージュした最新型の「500」が登場して大ヒット。2022年6月以降は、電気自動車専用車種として継続販売されている。しかし、ヨーロッパを中心に260万台以上を販売し、フィアットの名を一躍有名にした車種は、じつは1955年に登場した小型セダン「600(セイチェント)」だったのだ。日本で600を所有するオーナー“TOYOTO”さんにお話を聞いた。
フィアット社初の大ヒットモデルはじつはセダンの「600」だった
フィアットは、2023年に小型SUV「600」を発表。日本国内では2024年9月から電気自動車として発売開始した。その起源となったファーストモデルである「600(セイチェント)」のオーナーが今回紹介する“TOYOTO”さんだ。初代「600」はフィアット初のリアエンジン搭載車であり、1955年から1969年の14年間でイタリア国内だけでも260万台以上を生産。スペインや旧西ドイツ(現ドイツ)などでもライセンス生産されたほどの人気車種だ。
フィアットはこの「600」の大ヒットを足がかりに、より安価な大衆車の開発に着手。それが、日本国内で広く知られることになった「500(チンクエチェント)」だ。そのため、フィアットと言えば「500」のイメージが強いが、この「600」こそが小型大衆車メーカーとしてフィアットの知名度を上げた功労者なのである。
「国内ではこの600を見かけることは少ないと思います。500はとても人気があるので、フィアット社のなかで人とは違う車種に乗ってみたいと思い、いろいろと情報収集をした結果、600にたどり着きました。500よりもひとまわりほど大きく、フェンダーの張り出し具合やなんとも言えない独特のフォルムを気に入ったのです」
そう語る“TOYOTO”さんがフィアット好きになったのは、「初代パンダ(141系)」に乗る父親の影響だった。アルファ ロメオ「145」や「147」など、イタリアのホットハッチ系を愛用する家系だったこともあり、自身も18歳で免許取得後に2009年式の「ミト」を購入。その後、父と同じ141系「パンダ」に乗り換えて、今度はスポーツ走行の楽しみを覚えた。その結果、過激なチューニング仕様となってしまったため、日常使い用として、2列3人掛けシートで話題となった「ムルティプラ」を購入し、現在も乗り続けている。
「そういう理由で、本当は古い600ムルティプラを買って新旧2台所有を夢見たのですが、さすがに車両価格が高くて断念しました。その代わりに600で、ドアが前開きを採用した前期型。さらに2トーンのボディを探していたら、たまたま理想の車両をイタリアで発見。それを購入したのです」
所有する3台を自走で引っ越し!熊本でクルマと雑貨のセレクトショップを開業
“TOYOTO”さんと出会ったのは、北九州市八幡西区にあるカムズ商店街で開催された「クラシックカーストリート」というイベントだった。国産車、外国車など約40台が、同じ車種が1台として重なることなくアーケード商店街に並ぶという圧巻の光景。そのなかに、横浜ナンバーを付けて佇んでいた車両が“TOYOTO”さんの「600」だったのだ。
「じつは、横浜から熊本に移住することになり、その引っ越しの道中でこのイベントに参加しました。妻の母親が熊本出身のため、1度旅行に行ってみたら、熊本の素晴らしさを気に入ってしまいまして(笑)。ちょうど自分の仕事の独立も検討していたところだったので、思い切って熊本で挑戦しようと。家の引っ越しはすでに済ませています。クルマはムルティプラとこの600と、じつはもう1台2013年式のパンダもあるので、1台ずつ自走で熊本に移動させました。そしてこの600が最後の移動となり、思い出作りとして、その道中でこのイベントに参加したのです」
フィアット好きが高じて、横浜在住時代は専門店で働いてきたという“TOYOTO”さん。その仕事を移住先の熊本で続けるために、「scopritore(スコプリトーレ)」という屋号を掲げ、夢への第一歩を歩み始めたところだ。
「古いフィアット車の魅力は、飾らないさりげなさですね。クラシックカーと呼ばれるほど格式は高くない、普通の生活のなかに自然に存在できる雰囲気が好きなのです。クルマを選ぶというより、普段着るための洋服や家具を選ぶような感覚があります。私が今までフィアット車を通じて経験した、楽しいな、幸せだなという思いを熊本でお客さんに伝えていきたいと思っています」
