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アラン・プロストのフェラーリF40が約5.8億円で落札!走行距離3000マイル以下の奇跡の個体

388万6250ドル(邦貨換算約5億8293万7500円)で落札されたフェラーリ「F40」(C)Courtesy of RM Sotheby's

F1ドライバー“アラン・プロスト”が所有したが「1度も走らせなかった」個体

クルマの価値は、性能や希少性だけで決まるものではありません。2026年12月5日、RMサザビーズが開催したアブダビオークションに登場したフェラーリ「F40」は、F1で4度の世界王者に輝いたアラン・プロストが所有していたモデルでした。車両のあらましとオークション結果をお伝えします。

オーナーの経歴がクルマの価値を左右する

クルマは、それがデリバリーされた人物、あるいはオーナーとなった人物によって、その価値が変わる。たとえばトヨタ・スープラ(A70型)。一般的には300万円〜500万円ほどが相場だろうが、これが日本の政治家である高市早苗氏が乗っていた……となれば、話は別になる。

フェラーリF40というモデルは、そうでなくてもプレミアムが付くクルマだ。まず創業者エンツォ・フェラーリが開発を承諾した最後のクルマであること。そしてフェラーリ40周年を記念して製作され、「フェラーリの原点に立ち返り、ロードゴーイングカーでありながらそのままレースに出場できるポテンシャルを持つクルマ」というコンセプトのもとに作られたクルマであることなど、その存在自体がプレミアム性の高いモデルである。

そしてRMサザビーズに出品されたシャシーナンバー#83249が最初にデリバリーされたのは、なんとフェラーリのF1ドライバーとして活躍し、4度のワールドチャンピオンに輝いたアラン・プロストであった。

「プロフェッサー」プロストとフェラーリの邂逅

ご存じのとおり、アラン・プロストは1980年に当時のマクラーレンからF1デビューを果たし、1980年代を通じてもっとも成功したドライバーのひとりに数えられる。1度はルノーに移籍したものの、1984年に再びマクラーレンに戻り、1985年、1986年の2年連続でワールドチャンピオンに輝き、ホンダ・エンジンを搭載した1989年には3度目の戴冠を果たしている。

当時チームメイトだったアイルトン・セナとの確執から、1990年にフェラーリに移籍。このときフェラーリから与えられたクルマこそ、このF40だったのである。またプロストは、エンツォの死後、初めてフェラーリ・ドライバーとして契約されたドライバーであり、残念ながらフェラーリでタイトルを獲得することはなかったが、1990年と1991年の2年間で5回の優勝をフェラーリにもたらしている。

プロストはルーフにサインを入れて次のオーナーへと売却

プロストに与えられたシャシーナンバー#83249のF40は、1989年にスイス市場向けのモデルとして工場を後にしたが、触媒コンバーターやアジャスタブルサスペンションは装備されておらず、1990年2月にプロストの自宅があったフランスのメリベルで登録されている。

しかし、プロストがこのクルマをドライブすることは、ただの1度もなかったという。しかも、デリバリーからほどなくして売却。2人目のオーナーに手渡される前に、プロストはこのクルマのルーフにサインを入れている。

2人目のオーナーは、当時フェラーリ・チャレンジにも出場したジェントルマンドライバーであり、フェラーリコレクターでもあったイギリス人のグラハム・デ・ジル氏。グレイポールというフェラーリディーラーを通じて購入された。ほどなくジル氏は、イギリスの王室属領であるジャージー島に移住。これより前にこのクルマはイギリスで登録され、オドメーターが交換されてキロメートルからマイル表記に変更された。ジャージー島在住時代の1997年には、イギリス『モータースポーツ』誌の取材を受け、本人所有の288GTOやF50とともに走行している。

比較テストを行った同誌のアンドリュー・フランケル氏によれば、「巧みに制御された凶暴さの芸術において、F40に匹敵するものはない」と記している。

フェラーリ・クラシケ認定を受けコンクールで2位を獲得

#83249は1999年にイギリスに戻るとジル氏はこのクルマを売却し、新たなオーナーはワーウィックシャーのデービッド・ダーリング氏となった。しかし彼もこのクルマをほとんど使用せず、その後2016年に至るまで、イギリス国内のオーナーの間を転々としていた。

そして2016年にフェラーリ・クラシケの認定を受け、フェラーリ創立70周年の記念イベントに招待。その誕生を記念するフィオラノ・コンクールにおいて、クラス2位を獲得するのである。このとき、オーナーはすでにフランス人へと変わっていた。

F40はフェラーリのなかでも特別な存在だ。今となってはかなりプリミティブなノンパワーアシストのステアリングやブレーキを持ち、クラッチも相当に重い。まさに公道は走れるが、そのスピリットは完全にレーシングカーのそれといえよう。

エンジンは当時のフェラーリF1同様にV8ツインターボを採用。排気量は2.9Lで、5速マニュアルとの組み合わせである。最高出力472hpに対して車重はわずか1100kgと軽量だから、その走りが当時いかに並外れたものであったかは想像に難くない。

アブダビのRMサザビーズオークションに出品された当時、走行距離はわずか2961マイル。付属品として工具セット、スケドーニ製スーツケース、オーナーズマニュアルと交換用サービスブック、モータースポーツ誌、コンクール2位のトロフィー、オリジナルのフロントスポイラー、新品タイヤセットなどが提供された。落札予想価格は320万ドル〜 370万ドル(邦貨換算4億9600万円〜5億7350万円)とされていたが、実際には388万6250ドル(邦貨換算約5億8293万7500円)でハンマーが打たれた。

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