KYOJO CUPが描くこれからのモータースポーツ像
レーシングドライバーであり自動車評論家でもある木下隆之氏が、いま気になる「key word」から徒然なるままに語る「Key’s note」。今回のお題は女性だけのフォーミュラレースとして知られるKYOJO CUPが、いま注目を集めています。話題性先行と思われがちなシリーズですが、その中身を知ると、印象は大きく変わるはずです。2026年に向けて行われたトライアウトには、経験も年齢も異なる女性ドライバーたちが集まりました。そこで見えてきたのは、勝ち負け以上に「これから」を感じさせる光景でした。KYOJO CUPはいま、どこへ向かおうとしているのでしょうか。
マシン管理を事務局が行い完全イコールコンディション
2026年の日本のモータースポーツを語るうえで、最大のトピックのひとつがKYOJO CUPの盛り上がりであることに、異論は少ないでしょう。
世界的にも稀な「女性だけのフォーミュラレース」として誕生したこのシリーズは、単なる話題づくりではなく、きわめて本格的な競技として成熟の段階に入っています。
KYOJO CUPの最大の特徴は、完全なイコールコンディション(条件を同一にすること)にあります。使用されるフォーミュラマシンはすべて同一仕様で、しかもその管理は事務局が行います。チームが触れることを許されているのは、タイヤの空気圧とスタビライザー(車体の傾きを抑える部品)の調整のみ。エンジンの出力差や空力の違いで勝敗が決まる余地はありません。つまり、ここで試されるのは、ほぼ純粋にドライバーの腕だけなのです。
アクセルの踏み方、ブレーキングの繊細さ、ライン取りの正確さ、そしてレース中の判断力。ドライビングの本質が、これほどストレートに可視化されるカテゴリーは、じつは世界的にもそう多くありません。
シリーズを統括しているのはレジェンドドライバーの関谷正徳氏
その頂点に立つシリーズを統括しているのが、関谷正徳氏です。元トヨタワークスドライバーであり、日本人として初めてル・マン24時間レースを制したレジェンド。さらにモータースポーツ功労賞を受賞した、日本のレース界における象徴的存在でもあります。その関谷氏が、女性を起点にモータースポーツの未来を変えようとしている。その事実だけでも、このシリーズがどれほど本気であるかが伝わってくるでしょう。
KYOJO CUPは、単なる女性枠のレースではなく、世界を目指す育成の場なのです。ここから将来のF1ドライバーが生まれても、まったく不思議ではありません。むしろ、それを本気で狙っているのがKYOJO CUPなのです。
プロを目指す女性が挑戦できる機会を与えるための「トライアウト」
そんなKYOJO CUPが、2026年に向けて新たな一歩を踏み出しました。それが、昨年末に行われた「トライアウト」です。トライアウトといえば、戦力外通告を受けた選手に再挑戦の場を与えるプロ野球の制度を思い浮かべる人も多いでしょう。しかしKYOJOのそれはまったく違います。むしろ、これからプロを目指したい女性に、門戸を開くための仕組みなのです。レーシングドライバーとしての経験がほとんどない人にも、才能があれば道が開かれる。そんな夢のある試みでした。
実際、このトライアウトには世界中から注目すべきドライバーが集まりました。すでにF1チームのアカデミーで鍛えられている選手もいれば、海外で武者修行中の若手もいる。そのなかには、まだ14歳の少女まで含まれていました。総勢11名の女性ドライバーが、富士スピードウェイのショートコースに集結したのです。
同一マシンで見えた才能の輪郭!将来の扉が開かれる
用意されたマシンは、もちろんKYOJO仕様のフォーミュラカー。事務局が準備した同一の車両をドライブし、ラップタイムだけでなく、走りの質、安定感、フィードバック能力(マシンの状態を正確に伝える力)、そして人間性まで含めて評価されました。将来、チームやスポンサーを背負う存在になれるかどうか。そうした視点も含めて、総合的に見られていたのです。
とくに印象的だったのが、14歳のドライバーでした。彼女はまだ運転免許すら持っておらず、当然クラッチ操作も完全ではありません。スタートではエンストを繰り返し、ぎこちない動きが目立ちました。しかし、周回を重ねるごとに彼女は驚くほどのスピードで順応していきます。ラインが整い、ブレーキが安定し、ラップタイムは見る見るうちに縮まっていきました。その姿は、まさに才能の芽がいま開こうとしている瞬間を見ているかのようでした。
トライアウトには多くのモータースポーツ関係者が訪れていました。どのドライバーに将来性があるのか、誰と組むべきか。その静かな駆け引きが、ピットの裏側で始まっていたのです。最終的に何人が2026年のKYOJO CUPのシートを手にするのかはまだわかりませんが、数名がプロへの扉を開くことになるのは間違いないでしょう。
KYOJO CUPは、いま確実に存在感を高めています。そしてこのトライアウトによって、その未来はさらに広がりました。ここから育ったドライバーたちが、どんな成長を見せ、どこまで羽ばたいていくのか。それを見届けること自体が、モータースポーツファンにとって新しい楽しみになりつつあります。2026年、日本のレース界は、女性たちの加速とともに、確実に新しい時代へ踏み出しているのです。
