グループA最強となるはずだった伝説のWRCベースカー
イギリスでは、モータースポーツの血脈を引く「パフォーマンスフォード」が今も特別な存在として人気があります。2025年11月8日に開催された英国最大級のクラシックカーイベント「NECクラシックモーターショー」の公式オークションに、フォード「エスコートRSコスワース」が出品されました。WRCグループA時代を象徴するこのクルマは、どのような素性を持ち、どんな評価を受けたのでしょうか。今回は実車の仕様とオークション結果を手がかりに、未落札になった理由を探ります。
シエラ コスワース4WDのパワートレインを小さなエスコートにインストール!
1992年に発表されたフォード「エスコートRSコスワース」は、FIAグループA規約に即したホモロゲーション・スペシャルだ。その唯一の役割は、すでに「ランチア・デルタHFインテグラーレ」が独占していた国際ラリーでの成功を確実にするべく、ラリーカーに求められる基本設計とコンポーネンツを組み込むことだった。
グループB時代の伝説的ホモロゲートスペシャル「RS200」と同様に、英国ボアハムの「フォード・モータースポーツ」社が主体となって開発されたといわれるこのモデルは、エンジン横置きのFWDのコンパクト3ドアハッチの「エスコート」に、「シエラ・コスワースRS」用の「コスワースYBT」直4DOHC・16バルブ+ターボと、縦置きFRから派生したフルタイム4WDシステムを詰め込んだ怪物である。
ロードバージョンでも最高出力227ps、最大トルク30.4kgmを発生する。最高速度は時速150マイル(約241km/h)の性能を有し、「ホエールテール(クジラの尾)」と呼ばれる巨大なリアスポイラーが特徴的だった。
シャシーは、それまでフォードのグループAホモロゲートモデルだった「シエラRSコスワース」系と同様に、フロントはマクファーソンストラット、リアはセミトレーリングアームを採用している。
もとよりシエラよりも小型で軽量なエスコートのボディを得たことで、絶対的な軽量とアジリティを獲得したエスコートRSコスワースは、その名のとおりコスワースのパワー、4輪駆動のドライブトレイン、効果的な空力パッケージの組み合わせが、あらゆる条件下においても「ラリーの巨人」となり得る潜在能力を有していた。
ところが、エスコートRSコスワースが「世界ラリー選手権(WRC)」に実戦投入された1993年から1997年シーズンは、おりしも「トヨタ・セリカGT-Four」や「ランサー・エボリューション」、「スバル・インプレッサWRX」などの日本車が席巻していた時期。結果的にWRC製造者部門のタイトル獲得には至らなかったものの、ヨーロッパ各国の国内選手権ではチャンピオンシップを総取りする活躍を見せた。
英国フォード愛好家のもとを渡り歩いた極上の元エアロデリート仕様
「The Iconic Sale at the NEC Classic Motor Show 2025」オークションに出品されたフォード・エスコートRSコスワースは、英本国にデリバリーされた右ハンドル車だ。イングランド国内での車両履歴を記した「V5登録証明書」には6名の所有歴が記載されており、その多くはフォード界隈で著名なコレクターや愛好家が名を連ねている。
1995年8月にイングランドの南西部デヴォン州タヴィストックのフォード正規ディーラー(当時)「ラドモア」社を介して納車された最終型。ボディは、RSコスワースの基本ボディカラーである「ダイヤモンドホワイト」。これに黒のレザー内装とスライディングルーフを組み合わせた「ラックス(LUX)」仕様だった。
興味深いことに、この個体は新車オーダー時には極めて稀なエアロレス仕様「エアロデリート」オプションで発注され、テールゲートによりおとなしい「RS2000」と同じく、ロワー側のスポイラーのみが装備されていたという。
しかし、2019年に無類のハイパフォーマンスフォード愛好家である現在のオーナーが、「ホエールテール」純正アッパースポイラーとフロントのエアダムスカート、エアダムと左右フロントフェンダー接合部を埋める「ホッケースティック」を装着した結果、現在ご覧のとおり「RSコスワース」おなじみのスタイルとなった。
走行2万kmの極上コンディションの最終型
今回の競売出品を手掛けた「アイコニック・オークショネアーズ」社の公式カタログ掲載時点での走行距離は、わずか1万2458マイル(約2万km)。このローマイレージからも予想されるように、内外装およびメカニカルコンディションは非常に良好で、実際コンクール・デレガンス優勝歴を持つ車両とのことだ。スタンダードクラスにおいて5回のイベントに出場し、優勝1回・準優勝4回のトロフィーを獲得しているという。
また、新車として販売したディーラー発行のオリジナル資料一式、ウィンドウステッカー、サービスブックを含むオリジナルブックレットが付属。サービスブックには長年にわたる整備記録が詳細に記載されている。整備記録簿の最終スタンプは2024年、走行距離計が1万2453マイルを示した時点で「アプリシエーティング・クラシック」社によるオイル&フィルター交換が記録されている。
このRSコスワースについて、アイコニック・オークショネアーズ社では「走行距離、コンディション、仕様を考慮すれば間違いなくコレクターズアイテムと言えます。この魅力的なRSコスワースの真価を実感いただくため、ぜひご見学をお勧めいたします」と、自社の公式オークションカタログ内で高らかに誇示しつつ、10万ポンド~12万ポンド(邦貨換算約202万円〜242万円)というエスティメート(推定落札価格)を設定していた。
ところがオークション当日、バーミンガムNECのホール2で行われた競売では、いまいちビッド(入札)の伸びが鈍かったようで、最終的にもリザーブ(最低落札価格)には届くことなく、流札に終わってしまった。
グループA時代においてはもっともエクストリームな成り立ちから、現在の国際クラシックカー市場においては、ランチア・デルタHFと並ぶ価格的評価を受けているといわれるフォード・エスコートRSコスワース。しかし、大径ターボを搭載したとされる前期2500台のホモロゲート車両ではなく、より洗練されつつもピュアさでは一歩劣る最終期型であること、あるいは元「エアロデリート」仕様車を改装したというヒストリーが、もしかしたらマーケット評価に影響を及ぼしたのでは……? という可能性も、あながち否定できないものと思われる。
