ノンレストアのナロー&ショートホイールベース911
アメリカでは冬の避寒リゾート地として知られるアリゾナ州スコッツデール、およびその近隣のフェニックスでは、毎年1月下旬に大規模なクラシックカー・オークションが開催されます。新しい年の市場を占う年始の恒例イベントのなかでも、最大手RMサザビーズが開催する「ARIZONA」は最上級の内容を誇ります。今回は2026年1月23日に出品された車両のなかから、現在のクラシックカー人気を象徴するモデルとして、最初期のポルシェ「911」をピックアップしました。その概要と注目のレビューをお届けします。
ポルシェのビッグネーム「911」の始まりを告げる奇跡の「サバイバー」車両を発掘!
ポルシェの歴史的名跡「911」のはじまりは、ポルシェにスポーツカーメーカーとしての地位を確立させた名作「356」に代わるかたちで、1963年9月に「1964年モデル」として登場した「Typ(タイプ)901」まで遡る。
先代にあたる356のRRレイアウト+空冷水平対向エンジンを踏襲した以外は、新生ポルシェ901はまったく新しいクルマとなっていた。パワーユニットは「カレラ」系を除く356のOHVからシングルオーバーヘッドカムシャフトに代えられ、シリンダーも6気筒に増加。排気量は約400ccアップの1991ccとなり、最高出力は356時代の最高性能モデル「356カレラ2(2000GS)」と同じ130psをマークした。
いっぽう車体構造は、356のプレス鋼板プラットホーム+ボディシェルから、より近代的なフルモノコック構造に進化するとともに、VW「タイプ1」をベースとする4輪トーションバーのサスペンションは廃止。より現代的な、前マクファーソンストラット/後トレーリングアームのレイアウトが採用された。
そして1969年モデル「Bシリーズ」で初の大改良を受ける以前の「Oシリーズ」および「Aシリーズ」では、ホイールベースは2211mm(Bシリーズ以降は2268mmに延長)に設定していたため、エンジンを後端に吊るすレイアウトとも相まって明らかなオーバーステアの操縦性を示すかたわら、スキルの高いドライバーにとってはシャープなハンドリングの愉悦をもたらすことになる。
デビュー当初の車名「タイプ901」は、二桁目を「0」とする三桁の数字で商標登録をとっていた仏プジョー社から公式に抗議を受けたことから、現在に至る「911」に改名されるも、そのころにはボディのシルエットだけで識別できるほどに、全世界であまねく知られる存在となっていた。
そして現在では、「ナロー」と呼ばれる細身ボディ+細身の前後バンパーを等長とする初期モデル、ことにAシリーズ以前のショートホイールベース時代の車両はコレクターズアイテムとして珍重。さらに何世代にもわたって愛好家に大切にされつつも修復されていない「サバイバー」車両は、あらゆるタイプ/ジャンルのクラシックカーのなかでも、もっともマーケットから熱く求められている存在となっているようだ。
Oシリーズの“サバイバー”という奇跡の1車両に下された評価は妥当だったのか!?
このほどRMサザビーズ「ARIZONA 2026」オークションに出品されたポルシェ911は、最初期Oシリーズに属するシャーシNo.304192。美しい「アイリッシュグリーン」にペイント(塗装厚測定器による測定値から工場塗装の可能性が高い)され、1966年4月7日にツッフェンハウゼン工場からラインオフしたという記録が残っている。
アメリカ合衆国内での登録履歴を閲覧できる「CARDEX」の写しによれば、同年10月に「フォルクスワーゲン・パシフィック」社を介して、カリフォルニア州サンタアナのヴァニア・ケイツ氏に新車販売されたと記されている。
現在も有効な「ポルシェ純正証明書」が裏づけるととおり、工場出荷時にはこの時代のみの純正オプションだった木目ダッシュボード、黒のビニールレザートリム、ヴェバスト社製純正ヒーター、フェニックスタイヤ、着色ガラスなどのオプションが満載されていた。
それから半世紀の間、北米で複数のオーナーのもとを渡り歩きつつも、明らかに恵まれた環境で保管されてきたこの911は、2016年に「ポルシェ・コロラドスプリングス(PCOS)」がプライベートコレクションとして取得。PCOSのテクニシャンによる検査では、ナンバーマッチングのエンジンとギヤボックスが現存していること、およびボディ全体で工場から新車として出荷された時と同じレベルの塗装厚測定値が確認された。
また過去にはエンジンが、ブロックを維持したまま2.4L仕様にスケールアップしてリビルトされていたこと、フロントのシートカバーが交換されていたこと、そして以前のオーナーが純正フロアの保護用として、珍しい一体型のココマットを設置していたことも判明した。
そこで、ポルシェ本社が運営するクラシック部門「ポルシェクラシック」の認定ディーラーでもあるPCOSは、包括的な大規模整備を実施することを決定。エンジンとトランスミッション一式を降ろし、オイルリターンチューブやタイミングチェーン&チェーンガイド、コネクティングロッドスリーブとボルト、オイルホース、メインベアリング、エンジンガスケットの交換・更新を行った。
またこの時には、クランクシャフトのバランスチェックにカムシャフトの研磨、キャブレターの再調整も実施。さらに新品のクラッチアセンブリ、ベルト、オイルサーモスタットを装着し、トランスミッションアセンブリの再シールを施している。
くわえて今回の販売に備え、PCOSは再度の点検と整備を実施。新しい燃料レベルセンサーユニットとタイロッドエンドの取りつけ、キャブレターのリビルド、ブレーキシステムの洗浄、その他の微調整作業を含む整備を行った。
このオークション出品に際して、RMサザビーズ北米本社は「みごとに保存された塗装状態、完全なドキュメント類、そしてポルシェのスペシャリストによる最近の入念な整備を経て、ナンバーマッチングのエンジンとギヤボックスを備えたこの傑出したショートホイールベース911は、多くの点で目の肥えたポルシェコレクターや愛好家の心を捉えることでしょう」というPRフレーズを添えて、「サバイバー」車両であることを誇示するような12万ドル〜15万ドル(邦貨換算約1908万円〜2385万円)のエスティメート(推定落札価格)を設定。
ところが、1月23日に開催された競売ではエスティメートには少々届かない11万2000ドル。つまり現在のレートの日本円に換算すれば、約1740万円で壇上の競売人のハンマーが鳴らされることになったのだ。このハンマーの落とし値が妥当だとするなら、日本でのナローの価格設定は高すぎやしないだろうかと首を傾げてしまう。
※為替レートは1ドル=159円(2026年1月23日時点)で換算
