50年で2オーナー、3万6000kmの珠玉の英国仕様ボーラのハンマープライスとは!?
メイフェアはロンドンにおいても屈指のハイタウンとして知られるが、創業1793年の名門オークショネア「ボナムズ」社では、この地区のニュー・ボンドストリートに豪奢な本社ショールームを構え、ここで年に数回ハウスオークションを大々的に開催しています。昨2025年12月11日に挙行された、クルマとオートモビリアのオークション「The Bond Street Sale 2025:Important Collectors’ Motor Cars and Automobilia」は、ロット数こそ多くはなかったものの、その内容はかなりのレベルでした。今回はそのなかからマセラティ初の市販ミッドシップ量産モデル「ボーラ」を俎上に載せ、そのあらましと注目のオークション結果についてお伝えします。
ジウジアーロとシトロエンの技術が融合したマセラティ初のミドシップ「ボーラ誕生』!
1971年のジュネーヴ・ショーのハイライトは、のちに伝説となるセンセーショナルなスーパーカーが2台ショーデビューしたことだった。まずはなんといっても、ランボルギーニ「カウンタック」の最初期コンセプトスタディである「LP500」。そしてもうひとつのマセラティ「ボーラ」は、より生産モデルに近いプロトティーポ(試作車)であった。
ボーラの登場により、このモデナの名門は他社のスーパーカーメーカーに倣ってミッドシップ式レイアウトを採用すると同時に、マセラティでは伝統となっていたジルコ製鋼管スペースフレームを捨てて、当時最新のモノコック構造を採用した。また、アドリア海の風の名を冠したボーラは、少なくともボディシェルに関しては、のちの巨匠ジョルジェット・ジウジアーロ率いる「イタルデザイン」の作品でもあった。
リアミッドシップに搭載されたエンジンは、マセラティではお馴染み、元来はレーシングスポーツ由来の4.7L 4カムシャフトV8。5速ギヤのトランスアクスルは西独「ZF」社製、そして全輪独立ダブルウィッシュボーン式のサスペンションは、伝説のF1マシン「250F」をジョアッキーノ・コロンボ技師とともに共同開発したジュリオ・アルフィエーリが手掛けた。
仏シトロエン社によるマセラティ買収後に登場した「新世代」モデルの先駆けのひとつであるボーラには、シトロエン一流の油圧技術が採用され、シートやペダルの調整、ヘッドランプの昇降、優れたパワーアシストブレーキの作動に活用された。
空力性能に優れた形状と310psのパワーが相まって非常に高速なクルマとなり、最高速度は160mph(約257km/h)を超えた。加速性能、ハンドリング、制動性能もそれに匹敵するものであった。その後登場した4.9L版はさらに高速化した。総生産台数はわずか564台で、4.7Lと4.9Lの割合は289台:235台であった。そして1979年をもって生産終了となったボーラは、当時も現在も、あらゆる基準で驚異的なスーパーカーであった。
ボーラの権威からも「過去最高」と称賛された!個体がライバルの馬や牛に遥か届かぬ落札結果
昨2025年末のボナムズ「The Bond Street Sale:Important Collectors’ Motor Cars and Automobilia」オークションに出品されたマセラティ ボーラは、1976年式の4.7Lモデル。希少な右ハンドルの英国仕様である。
1997年に今は亡き前オーナーが3万ポンドで購入したもので、当時この個体の所有者は、1988年以降所有していたイースト・サセックス州エッチングハムのグレンヴィル・グリフィスだった。その以前、1981年からの所有権は、ロンドン近郊ブロムリーの「サルマ・インターナショナル・エンジニアリング」社とされてはいたものの、同社は上記のグリフィスが社主に名を連ねており、実質的なオーナーシップは同一だったことになる。
このマセラティについては、「マセラティ・クラブUK」の会報誌「トライデント」にて、以下のように記載されている。
「1976年式、右ハンドル英国仕様のボーラ。過去16年間は私が所有し、その前は別のオーナーが一人だけいました。メカニズムはもちろんエクステリア/インテリアのすべてにおいて、これは事実上パーフェクトなボーラであり、真に傷一つなく、工場出荷時の状態を保っています」
また、長年にわたりマセラティ・クラブUKの会長を務め、マセラティ研究の権威としても世界的に知られていたジャック・レヴィは、同じくトライデントの第63号にて、この個体を「今まで見たなかで最高のボーラ」だと評している。
グリフィスはその所有期間中にボーラのレストアを行い、シルバーからダークメタリックブルーへの再塗装も実施。その詳細と写真はファイルに保存されている。この修復には、約3万5000ポンドが費やされた。
そして前オーナーの所有期間中、1997年から2018年にかけては、ランカシャー州ライザムの「フェルディーズ・ガレージ」社にて定期的なメンテナンスや整備、MoT(英国の自動車検査)を実施。いっぽう次第に希少となっていたパーツは、イングランドきってのマセラティのスペシャリストである「ビル・マクグラス・マセラティ」社から調達された。
1986年に「PUL 825R」のナンバープレートをつけて登録されたときの走行距離は、2万517マイル(約3万2800km)。2018年に最後の車検を受けたときの走行距離は2万2514マイル(約3万6020km)だったが、ボナムズ社の公式オークションカタログ取材時には2万2556マイル(約3万6090km)をオドメーターが指していたとのことである。
ボナムズ社では、今回の出品にあたって9万ポンド~12万ポンド(邦貨換算約1920万円〜2560万円)という、現状のコンディションを勘案すればなかなかリーズナブルにも映るエスティメート(推定落札価格)を設定していた。
そして2025年12月11日、同社がニュー・ボンドストリートに構えた「ボナムズ・ショーケース」で行われた競売では、エスティメート上限に限りなく近い10万3500ポンド、現在のレートで日本円に換算すれば約2210万円という、同時代のライバルであるイタリア製ミッドシップスーパーカーたち、たとえばランボルギーニ カウンタックはもちろんのこと、フェラーリBBあたりと比較しても遥かに安価な価格とともに、競売人の掌中のハンマーが鳴らされることになったのである。
※為替レートは1ポンド=213円(2026年2月9日時点)で換算
