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世界限定12台のポルシェ「914/6R」だが、レースで使用されたのはたった9台! しかも914/6GTの第1号車が約1億5122万円で継続販売中!

98万5000ドル(邦貨換算約1億5122万円)で落札されたポルシェ「914/6R」(C)Courtesy of RM Sotheby's

ポルシェの「ワークスレン・シュポルト」! 914/6Rはやはり世界的に特別な存在!?

ポルシェのなかでも「レン・シュポルト(レーシング・スポーツ)」の名を冠するモデルは、常に特別な存在です。2026年1月23日、アリゾナで開催された「ARIZONA 2026」オークションにおいて、その頂点とも言える1台が姿を現しました。世界にわずか12台しか存在しない「ワークス」のポルシェ914/6R(のちに914/6 GTとして知られるモデル)です。今回は最新の競売結果と、マニアを唸らせる細部のディテールを徹底解説します。

ワークスマシンとして製作された914/6GT! 世界限定12台のうちの「第1号車」か !?

今回のRMサザビーズ「ARIZONA 2026」オークションに出品された、この1970年式ポルシェ914/6R(シャーシNo.9140430705)は、1970年3月3日にポルシェ工場の実験部門へ納入された。保管されているポルシェAG発行の文書写しによれば、内部識別番号「914/39」のこのシャーシは、限定12台の「ワークス」914/6レーシングカーに属する。プロトタイプに続き、後世に「914/6 GT」として公に知られるようになったモデルの最初の1台である可能性が高い。

その特徴的なボックス型フェンダーフレアで、ノーマルのスリークな形状と視覚的に識別される。FIA(国際自動車連盟)/CSI(国際スポーツ委員会)グループ4公認規則に準拠して製造された「#0705」は、ルーフ周囲に恒久的な支持構造体を設けるなど、追加のシャーシ補強が施されている。

ボディの一部は特殊軽量パネルで構成され、ボンネットとトランクカバーにはバルサ材(超軽量な木材)による補強が視認できる。ポップアップ式ヘッドライトの展開機構を簡素化した機械システム、簡素化されたドアパネル、「シェール(Scheel)」社製レーシングシートにより、さらなる軽量化が図られた。

ポルシェは当初、シャーシ#0705と姉妹車の914/40を、1970年タルガ・フローリオ(シチリアの伝統的な公道レース)のプラクティス/テストカーとして使用した。ドライバーはヴィック・エルフォード。彼は1968年に同レースを制したほか、モンテカルロ・ラリー、デイトナ24時間、ニュルブルクリンク1000kmでも優勝し、その後間もなくF1デビューを果たした名手だ。

この時点では、「カレラ6(906)」や「911R」レーシングカーと同等のスペックを与えられた「901/25」型2L空冷水平対向6気筒エンジンをミドシップに搭載していた。さらにそののち、ポルシェ・ワークスは#0705を様々なエンジンテストに継続使用。この期間中、テストエンジンの一部が生み出す余熱を排出するため、リアバンパーに6つの特徴的な丸穴が追加された。

ポルシェでの任務を終えたシャーシ#0705は、エンジンを外した状態で「フォルクスワーゲン・オブ・アメリカ」のレーシング部門担当ジョ・ホッペンを通じて米国へ輸送され、フロリダ州のピーター・グレッグと名高い「ブルモス・レーシングチーム」へと引き渡された。

同チームはすでにカスタマー仕様の「914/6 GT」を調達していたため、主にスペアマシンとして入手されたとみられるシャーシNo.#0705だが、1971年の「ブリッジハンプトン3時間」レースには出走し、優勝した姉妹車の後方で3位に入賞したマシンである可能性が高いと目されている。その後、所有権はペンシルベニア州マウンテントップのリー・マクドナルドに移り、1972年には「アルガー・ポルシェ=アウディ」の旗印を掲げて、いくつかのレースに出場したようだ。

数奇な運命を経て発見。熱心な愛好家の手で「R」の刻印が蘇る

公式レースキャリアを終えたあと、クルマは南カリフォルニアへと移送され、かつては日本の「マツダコレクション」とも関係の深かったヴァセック・ポラックが運営する有名なポルシェ販売店に保管されたが、この時点でエンジンとギヤボックスは撤去されたと伝えられている。その後、サンノゼ近郊の中古車販売店からパット・ゲインに売却され、ベイエリアで開催されたオートクロス(舗装路のタイムトライアル)イベントなどで走行された。しかし1970年代半ば以降は、シャーシNo.#0705は長期保管され、数十年後に再び日の目を見るまで眠り続けることになる。

2010年、ポルシェを用いたレースチーム監督およびドライバーとして目覚ましい実績を挙げてきたルウ・キンストは、カリフォルニア州サニーベールで売り出されていた特異な914の存在を耳にし、現地視察の旅を計画した。

対面早々に運転席ドアを開けると、左ドアポストにワークスプロジェクトNo.「914/39」が刻印されており、この謎の914の特別な血統が確認された。リアバンパーに開けられた6つの穴など、ほかにも決定的な証拠があった。長年の放置期間を経ても驚くほど良好な状態を保っていた#0705には、シェール製シートと軽量ドアパネルがそのまま残されていた。

また、シーム溶接されたショックマウントハウジング、リアアンチロールバー用補強プレート、キャンバーサポートバーといった明らかなシャーシ強化は、すべてヴァイザッハのファクトリーによって改造されたレーシング仕様に見られる特徴だ。また、ペイントを剥がすと特別軽量ボディパネルに刻印が確認され、この車両がオプション装備された数少ないワークスレーサーであることをさらに裏付けた。

こうして、キンストの車両特定作業を支援したケリー・モースは、最終的に当時のオーナーの家族から、このポルシェを購入する契約を結ぶことにする。モースはその後、この歴史的ポルシェを完全に分解する修復作業を開始。保管されている写真に見られるように、複数の「R」刻印が確認された。そして作業が進行中の2011年、現オーナーがこの914を取得し、レストアを完了させた。

なんと言っても特筆すべきは、内装部品は発見時の状態を保持し、各種要素の清掃とオリジナルシート素材の張り直しのみが行われた点である。ボディワークに関しては、モースによれば、完全に分解した際に損傷の痕跡が見られたのは、左後部フェンダーフレアのみであったという。このときシャーシNo.#0705には、906仕様の901/25型2Lエンジンと914/6用トランスアクスルが搭載された。

こうして大規模な再整備を終えたこのポルシェは、歴史から消えていた状態から初めて、2023年10月の「レンシュポルト・リユニオン7」にてサーキットデビューを果たした。今回のアリゾナにて、RMサザビーズ欧州本社は自社公式カタログで「ポルシェのモータースポーツ開発において極めて重要な存在であるシャーシ#0705は、12台限定の914/6ファクトリーレーシングカーの1台に属する。このうちポルシェ・ワークスチームが使用したとされるのは9台のみ。完全修復された今、1971年IMSA GTU選手権制覇を目指したブルモス・レーシングのチームカーとして活躍した経歴が、その歴史的価値をさらに高めています」と美点をPRしつつ、70万ドル〜90万ドル(邦貨換算約1億746万円〜約1億3817万円)のエスティメート(推定落札価格)を設定していた。

ところが、1月23日に迎えた競売では、売り手側が設定したリザーブ(最低落札価格)には届かなかったようで、残念ながら流札。現在では98万5000ドル、最新の為替レートで日本円に換算すれば、約1億5122万円の正札をつけて継続販売とされている。

※為替レートは1ドル=153円(2026年2月18日時点)で換算

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