航空機技術を注いだ120kg以下の超軽量シャシー「TP400」
伝説のスーパーカー、ランボルギーニ「ミウラ」。その流麗な姿を纏う前、剥き出しのシャシーとして世界を驚愕させた「TP400」の物語を紐解きます。1964年、天才ジャン・パオロ・ダラーラは、大衆車「ミニ」のレイアウトをV型12気筒へと転用する大胆な挑戦を始めました。航空機技術を応用した超軽量構造や、横置きエンジンの秘密、そして約4635万円で落札された数奇な運命。世界一美しいクルマの「骨格」に宿る革命の全貌を振り返ります。
「プロジェクト・ミニ」から始まった革命
ジャン・パオロ・ダラーラが、ミニのパワーユニット・レイアウトを参考に、机上でその姿を描いたミッドシップ・スポーツの「プロジェクト・ミニ」。それをひとつの提案材料として、フェルッチオにV型12気筒ミッドシップ車の開発を認めさせたダラーラは、1964年の終盤を迎えるころになると、スタンツァーニ、そしてウォレスとともにTP400の設計を進めていくようになる。
それが正式なプロジェクト、「L105」として認められたのは翌1965年のことだ。ダラーラらはそれを受けて、将来的にはそれをベースとしたレーシングカーの製作も実現するのではないかという、いささか楽観的な考えさえ抱いたという。
モデナのマルケージ社で製作されたTP400のシャシーは、それまでファースト・プロトタイプの「350GTV」や「350GT」が使用していた鋼管スペースフレームではなく、0.8mm厚の鋼板を溶接で成型したモノコック・タイプだった。これもまたダラーラがもっとも興味を示していた「フォードGT」の影響が表れている部分といえるが、実際の構造はフォードGTのそれとは若干異なっていた。
ワイドな角断面のセンタートンネルをメインの構造材とし、その両サイドにそれよりやや細いやはり角断面のフレームを配置。これに0.9mm厚のフロアパネルやスカットル(フロントガラスの下、メーターパネルやエンジンルームとの境目にある車体部分)、キャビンを接合することでモノコック構造を成立させていた。
このモノコックの前後にはサブフレームが接合され、パワーユニットやサスペンション、その他の付属品を支持していた。モノコックやサブフレームには軽量化のためにまる穴が数多く開けられ、結果、シャシーの重量は120kg以下に抑えることに成功した。これは当時としてはまさに驚異的な軽量性だったが、ダラーラはそもそもミラノ工科大学で航空機の研究をしていたことを考えれば、そのノウハウがTP400にも十分に生かされていたことが想像できる。
スパルタンな構成が生んだスーパーカーの原点
前後ともにダブルウィッシュボーン形式を採用したサスペンションは、フロントのアッパーアームがプレス製となるが、残りはボックス断面を持つもの。さらにフロントに19mm径、リアには16mm径のスタビライザーが装着されていた。ガーリング製のディスクブレーキ、ボラーニ製のワイヤースポークホイール、ラック・アンド・ピニオン式のステアリングなど、こちらも当時のレーシングカーそのものともいえる構成だった。ラジエーターはフロントのオーバーハング部に水平にマウントされている。
ミッドに横置き搭載されたエンジンは、すでに触れているとおり4LのV型12気筒DOHC。ダラーラが横置き搭載を選択したのは、V型12気筒エンジンを縦置きミッドシップすることによる、ホイールベースの延長を避けるためだ。クラッチやギヤボックスは一直線に、かつコンパクトに配置され、潤滑システムはダラーラがその原案を得たミニのように、エンジンとミッションのそれを共用するタイプとなった。
ウェーバー製のキャブレターがダウンドラフト・タイプとされたこともTP400の大きな特徴。改めて考えてみれば、ファースト・プロトタイプの350GTVのためにジョット・ビッザリーニが設計した3.5LのV型12気筒エンジンもダウンドラフト・タイプだったから、その意味ではTP400の4Lエンジンは原点に立ち返った、言葉を変えるのならばよりスパルタンなキャラクターを実現したものに仕上がっていたとも考えられる。4本の白いエグゾーストパイプとサテンブラックに塗装されたシャシーが生み出すコントラストもまたスパルタンだ。
トリノ・ショーで大きな話題を呼んだTP400は、続いてモナコでも展示され注目を集めるが、その後は長くランボルギーニによって保管されることになった。だが1977年になるとキプロスのランボルギーニがディスプレイ用にそれを入手。それから30年近く消息不明の状態にあったものの、2008年にはアメリカ人のコレクターがそれを入手したことが判明する。そして2013年夏には、グッディング・アンド・カンパニーが開催したペブルビーチ・オークションにおいて47万3000ドル(当時のレートで約4635万円)で落札。のちにランボルギーニ・ミュージアムへの里帰りも果たしている。はたしてこのTP400のなかからミウラが誕生するまでには、どのようなストーリーがあったのだろうか。次回はそれについて触れてみたいと思う。
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