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世界に2台の8気筒ポルシェ 904/8が18億円! デルタクラシックスの博物館級の展示車4台とは!?

ポルシェ 904/8:18億円のプライスが掲げられた世界に現存2台となる8気筒モデルだ

ミュージアム級車両4台が一気に集結! オートモビル カウンシルでのデルタクラシックス驚愕の展示車両!

2026年4月10日から12日にかけて、千葉・幕張メッセで第11回「オートモビル カウンシル 2026」が開催されました。自動車メーカーによる大規模展示が耳目を集めるなか、同イベントの本流である「ヘリテージカー」の展示・販売ブースで、もっとも大きな話題を提供したのが「デルタクラシックス」でした。18億円の正札が掲げられたポルシェ「904/8」など、ミュージアム級の展示車両とは一体どんなクルマなのでしょうか。

クラシック・レーシングカーはどれもミュージアム級の逸品が揃い踏みしたデルタクラシックスの展示

2026年のオートモビル カウンシルも開幕日午前から訪問していたのだが、会場で出会った同業のプレス関係者はもちろん、旧知のクラシックカースペシャリストやクラシックカー仲間たちも口々に「もうデルタクラシックスのポルシェ 904は見てきた?」と尋ねてくる。このイベントでは、これまでにもポルシェ 904GTSが高度なレプリカも含めて時おり姿を見せており、さほど珍しくもないはず。それでも会う人会う人から同じことを聞かされると、不思議と興味が出てくる。

そこでデルタクラシックスのブースを訪ねると、そこには驚きの光景が展開されていた。まさしくミュージアム級のクラシック・レーシングカーたちが揃い踏みしていたのである。

銀座に家が建つ? 驚きの18億円の価値でかつてのレース王者が今、世界中の富豪を熱狂させているワケ!?

第二回日本グランプリにおける活躍もあって、日本のモータースポーツファンたちの間でも絶大な人気を誇るポルシェ「カレラGTS(904GTS)」。

水平対向4気筒4カムシャフトを搭載した市販モデルは、100台以上の生産を要求するFIA-GTホモロゲーションを取得したのち、主にサーキットレースや欧州のヒルクライム競技などに参加するプライベーターに販売された。

そのかたわら、ワークスチーム用として1981ccのフラット8・4カムシャフト「Typ 771」エンジンを搭載した「904/8」も2シーズンにわたって総計3台が製作。1964年のタルガ・フローリオなどで活躍したといわれている。

そして、この8気筒904のなかで現存しているのはシャシーNo.8とシャシーNo.9の2台のみとのことだ。No.8はシュトゥットガルトのポルシェ博物館に収蔵されたほか、「富士モータースポーツミュージアム」のオープニングにも貸し出された。

いっぽうこちらのNo.9は2018年に鈴鹿サーキットで開催された「SUZUKA Sound of ENGINE」に出走し、日本のポルシェ愛好家を騒然とさせた。

18億円という正札は、たしかに強烈なインパクトを会場にもたらしたが、現在の国際クラシックカー マーケットにおける904GTSの相場価格に超レアな8気筒バージョンであることを加算すれば、このプライスを意味のあるものと考える、とくに海外のバイヤーが現れても不思議ではないかもしれない。

904の課題を克服、耐久レースで躍進したポルシェ910は希少性と実績から5億5000万円の提示価格も市場では順当とされる

ポルシェ 904GTSの実質的後継車となったのは、GTではなく「スポーツプロトタイプ」にホモロゲートされる純レン・シュポルトの「カレラ6(906)」。こちらも1966年から65台が製作され、大きな成功を収めた。しかし、ロードカー要素も残されていた904GTSのブレーキやホイール、サスペンションなどを流用していたことから、サーキットにおける戦闘力にいささかの見劣りがあるとの見方もあったようだ。

そこで翌1967年には、906の鋼管スペースフレームを改良し、センターロック方式のマグネシウム製ホイールを採用。そのサイズも15in径から13in径に小径化した「カレラ10(910)」が登場する。

910はワークスマシンとして28台が製作され、この年のタルガ・フローリオと「ニュルブルクリンク6時間レース」で上位を独占するなど縦横無尽の活躍を果たしたのち、プライベーターにも放出。世界各国の耐久レースで大きな戦果を挙げた。

今回の出品にあたっては5億5000万円の希望価格が提示されていたが、現在の国際クラシックカー マーケットにおける910の販売実績から判断すれば、比較的順当なプライスということになる。

「RS」以前のレーシング911を支えた超希少な軽量マシン元祖「40台限定911S/T」が放つポルシェの意味

2024年にリリースされた992系911ベースの限定モデルにも名称が引用された「911S/T」は、「911カレラRS」が誕生する以前にポルシェ 911のモータースポーツを陰ながら支えたモデルだ。911が2.2LとなったCシリーズ時代に、ホモロゲート重量のもっとも軽い「911T」のボディシェルにさらなる軽量化を一時的に施したうえで流用し、もっともハイパワーな「911S」用のフラット6を搭載した。

また、前後フェンダーやフロントのトランクフード、フロントフェンダー、前後バンパーをグラスファイバー製としたことで、いっそうの軽量化が図られた。

くわえて、より幅広のタイヤを履かせるべく、前後フェンダーはのちのカレラRSRを思わせるふくらみが設けられるのが通例だったようだ。

ポルシェがワークスチームあるいは有力プライベーターのために製作した911S/Tは、最大でも20台。また、ポルシェ本社から供給を受けた専用コンポーネンツを組み込んだプライベーター製911S/Tも存在するそうだが、それらを合わせても40~50台程度というのが、元祖911S/Tの製作総数についての有識者の見立てのことである。

その希少性および歴史的価値ゆえだろうか、現在の国際マーケットでもしばしば100万ドル超えの販売実績があることから、1億6500万円という今回の提示価格もまた、理にかなったものなのだろう。

倒産したチシタリアから「アバルト」へ。名門ポルシェの窮地を救った、奇跡のチシタリア アバルト 204Aとは!?

今回の出展車両で唯一ポルシェではないものの、ポルシェとは少なからず縁のあるレーシングスパイダーだ。じつは終戦後、フランスで拘束されていたフェルディナント ポルシェの保釈金を工面するため、チシタリア社がポルシェにF1マシンの設計を依頼したという深い絆の歴史がある。 末尾の「A」はアバルトのイニシャルである。

その名が示すように、オーストリアのポルシェ設計事務所からチシタリア社に出向していた故カルロ アバルトが、「チシタリア 202SMMスパイダー ヌヴォラーリ」に代わる新兵器として設計・開発を主導したモデルである。

この時期、チシタリアの依頼によってポルシェが開発したF1マシンが不発に終わった余波で、1948年にチシタリア社は倒産。その創業者であるドゥジオ親子は、新天地を求めてアルゼンチンへと渡ってしまう。

そこで残されたアバルトたちスタッフは出資者を募り、抵当権が何重にも掛けられたチシタリア本社ファクトリーとともに引き渡された204スパイダー3台と2台分の専用コンポーネンツを組み立て、新たに「アバルト」の名を冠して世に送り出すことにした。

そののち204Aはもう4台が製作され、タツィオ・ヌヴォラーリやフランコ・コルテーゼ、ピエロ・タルッフィなど、第二次大戦前から活躍していた名ドライバーたちによって構成された「スクアドラ アバルト」レーシングチームによって、当時のヒルクライムレースなどで活躍。とくに往年の国民的英雄ヌヴォラーリに、生涯最後の優勝をもたらしたマシンとしても知られている。

ミッレ ミリア華やかなりし時代に活躍したイタリアの小さなレーシングバルケッタは、とくに日本では「虫系」と呼ばれつつ前世紀末から絶大な人気を博してきたが、チシタリアはそのなかでも別格の存在だ。なかでもアバルトとのWネームであるとともに歴史的な価値も高い204Aであれば、100万ドルに相当する今回の正札1億6500万円とて、決して無謀なプライスとはいえないのである。

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