伝説のレジェンドたちが生み出した名車! 驚きの価格で落札された極上クーペ
慢性的な高騰状況が続く国際クラシックカーマーケットですが、長らく日陰の存在だったものの、これからお買い得となるような「次代の人気車」を探し求める動きも活発になっています。今回は、2026年3月にイギリスで開催されたオークションに出品され、ファンの注目を集めたフィアット「124スポルトクーペ」をご紹介します。イタリア自動車界のレジェンドたちが結集して開発した隠れた傑作クーペの歴史と、驚きの落札価格をレポートします。
イタリア自動車界のレジェンドたちが結集した隠れた傑作
2026年3月21日から22日にかけて、英国のクラシックカー専門誌が開催したトレードショー「The Classic Car and Restoration Show 2026」に際して、アイコニック・オークショネア社が公式オークションを開催した。そこへ、かつては忘れ去られていた感のあるフィアット 124スポルトクーペが出品された。数年前までの国際オークションではあまり見るチャンスのなかったこのモデルの登場に、ファンの注目が寄せられることになった。
1967年3月のトリノ・ショーにて世界初公開されたフィアット 124スポルトクーペは、デビュー時にはヨーロッパ・カー・オブ・ザ・イヤーにも選出された傑作サルーン(セダン)である、フィアット「124」の派生モデルとして生まれたクーペモデルだ。
124ファミリーに共通するトピックとして、早い時期から4輪ディスクブレーキが採用されたうえに、リアサスペンションもリジッドアクスルながらコイルスプリングが採用されるなど、当時のトレンドに先んじたテクノロジーが盛り込まれていた。
124スポルトクーペは4座クーペであり、前年となる1966年11月トリノ・ショーでは2座(仕向け地によっては2+2)のフィアット「124スポルトスパイダー」がデビューを果たしている。同時にデビューした2種類の124スポルトのうち、カロッツェリア(車体工房)であるピニンファリーナが生産工程まで担当するスパイダーは、同社に在籍していた時代のトム・チャーダの傑作と称される。他方でクーペ版は、フィアット社内の「チェントロスティーレ(デザインセンター)」による自社デザインと発表されていた。
ただし、チェントロスティーレの長として124スポルトクーペのデザインワークを主導したのが、1950年代にランチア「アウレリアB20GT」やアルファ ロメオ「ジュリエッタ・スプリント」のデザインを完成させ、自らの工房ではフェラーリ「250GTボアーノ」の製作も手掛けた「裏方の巨匠」マリオ・フェリーチェ・ボアーノであることは、現在では周知の事実となっているようだ。
その成果として生み出されたグラスエリアの広い実用性の高い3ボックスボディには、124ベルリーナ(セダン)の高性能版「124T」やスパイダーと同じく、かつてはフェラーリでも活躍した名インジェニェーレ(エンジニア)であるアウレリオ・ランプレーディ博士のもとで開発された、伝説的な水冷直列4気筒DOHCエンジンを搭載する。また1968年以降には、当初スパイダーのみの設定とされていた5速MTが、クーペでも選択可能となった。
そしてアルファロメオ「ジュリアGT」系ほど本格的ではないものの、2ドアセダンに近い実用性とスタイルを兼ね備えたクーペとして人気を博することになるのだ。
丸型4灯ヘッドライトの採用やエンジンの拡大で進化
デビュー当初の前期型クーペ(社内コード「124AC」)では、ランプレーディDOHCエンジンの排気量は1438ccだったが、1968年にはスパイダーと同じ1608cc版も追加された。さらに翌1969年にはフロントまわりのデザインを、フィアット「ディーノ・クーペ」を意識したと思しき丸型4灯ヘッドライトの新意匠に変更した中期型「124BC」へとマイナーチェンジされる。
さらに1973年以降には、排気量が1592ccと1756ccの2本立てとされるとともに、前後のデザインも再び変更された「124CC」へと進化。1975年末まで生産されたとのことである。
アバルトの恩恵を受けた最終型! 約半世紀をワンファミリーで所有
今回のオークションに出品されたフィアット 124スポルトは、このモデルの最終期に生産され、翌1976年4月に初登録された個体だ。今となっては希少な、英国仕様の右ハンドル車である。
エレガントな「アルジェント・メタリッツァート(シルバーメタリック)」のボディに、新車時以来のオリジナルと推定されるライトブルーのモケット生地インテリアが、イタリア車らしいお洒落なマッチングを見せ、時代の雰囲気を存分に感じさせるアピアランス(外観)を醸し出している。
最終型124CCの上級バージョンということで、エンジンは1.8リッターで118psを発生するが、この後期生産モデルのチューニングには当時の「アバルト」技術陣による恩恵を受けていたともいわれている。その真偽はさておき、操作感に優れた5速ギヤボックスを介して、なかなか力強いパフォーマンスを発揮するようだ。
個体のヒストリーはきわめて明確なもので、歴代所有者はわずか2名のみ。すなわち、最初の登録名義人であるオーナーとその息子であり、約半世紀にわたり同一ファミリーのもとで大切に保管されてきたことになる。
ボディ全体のオーバーホールや再塗装を含む包括的なリフレッシュが施され、現在の欧州クラシックカーマーケットで入手可能な124スポルトクーペのなかでも最高峰のひとつに数えられそうな、印象的かつ正統派の仕上がりとなっている。
また、必要に応じて機械的なメンテナンスや修理も実施されてきたようで、たとえばブレーキシステムには新品のサーボとマスターシリンダー、ブレーキライン、ステンレス製のフレキシブルホース、交換用のブレーキディスクおよびパッドにくわえて、新品のショックアブソーバーとタイヤも与えられている。
外観で唯一オリジナルではないのは、イタリアのクロモドラ社製13インチアロイホイールである。ただ、当時のイタリア車では定番ともいえる人気のホイールは専門業者による修復を経て現在も装着されており、再メッキを施したバンパーやほかのクローム部品と相まって、車体全体にフレッシュで魅力的な印象をもたらしている。
落札価格は驚きの約226万円! 狙い目のイタリアンクーペ
アイコニック社は、公式カタログ内で「現在でも整備が行き届き、視覚的にも印象的な1台として出品されたこのクーペは、公道でのドライブを楽しむのにも、ショーやサーキット走行で目立つのにも適しています」とアピールするかたわら、コンディションへの自信をうかがわせる1万2000ポンドから1万5000ポンドというエスティメート(推定落札価格)を設定していた。
ところが迎えたオークション当日、巨大見本市会場の一角でおこなわれた競売では、エスティメート下限を大幅に下回る1万688ポンドまでしか入札が伸びず、そのまま落札となった。現在のレートで日本円に換算すれば約226万円という、かなりリーズナブルな価格で壇上の競売人のハンマーが鳴らされることになったのだ。
フィアット 124スポルトクーペがここ数年に取引された際の販売価格を遡ってみると、今回設定されていたエスティメートは至極順当なものであったことがわかる。したがって、このオークションについていえば、売り手側にとってはいささか不本意であり、買い手側にとっては非常にリーズナブルだったということになるのだろう。
しかし見方を変えれば、名立たる巨匠たちが手掛けた美しいイタリアンクーペが、極上コンディションであってもまだこの価格帯で手に入るということでもある。高騰を続けるクラシックカー市場において、いまもっとも狙い目の「次代の人気車」といえるかもしれない。
※為替レートは1ポンド=211円(2026年5月26日時点)で換算
