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予想価格は1億円超えなのに未落札!マルボロカラーのランチア「ストラトス」が直面した現実

流札となったランチア「ストラトス」(C)Courtesy of Broad Arrow

最高約1億4800万円の予想が付けられたランチア「ストラトス」が流札

イタリアで開催されるヒストリックカーイベントの併催オークションに、1975年式のランチア「ストラトス HF ストラダーレ グループ4仕様」が出品された。市販モデルとして誕生したのち、ラリー用競技車両へとコンバートされ、マルボロカラーを纏って数々の実戦を戦い抜いてきた歴史ある1台だ。しかし、欧州の由緒あるオークションの舞台での結末は「未落札(流札)」となった。完璧なラリーヒストリーを持つ名車が、オークションで直面した現実を解説する。

市販モデルからグループ4仕様へと本格的なコンバートを施す

この個体は1975年1月に製造され、翌年の4月にローマへ納車されたストラダーレ(市販モデル)であった。新車時はアズーロ・ストラトス(ブルー)のボディカラーに、黒のフェイクレザーインテリアという仕様だったことが記録されている。

そもそもランチア ストラトスは、市販モデルと競技用モデル(グループ4)で基本的なシャシー構造を共有している。そのため、FRPカウルのワイド化やサスペンションのジオメトリー変更、フェラーリ製ディーノV6エンジンのチューニングなどを施すことで、後からでも本格的なワークスマシン同等のスペックへ引き上げることが物理的に可能であった。

この個体の運命は、1979年3月にプライベーターであるフランチェスコ・マルケーゼ氏の手に渡ったことで大きく動き出す。彼はこの車両を本格的なレーシングカーであるグループ4仕様へとコンバートし、同年9月にはモンツァで開催された「コッパ・インターエウロッパ」に出場して見事な走りを見せた。

名チューナーのもとで30以上のヒストリックラリーへ参戦

その後も実戦で活躍を続けたこの車両は、2004年にランチア ストラトスの名チューナーとして知られるピエロ・ゴッビ氏の手に渡る。現在は鮮やかな「マルボロ・ランチア・イタリア」のカラーリングを纏っており、競技車両としてのオーラを一層引き立てている。

ゴッビ氏のもとで、コルシカ・ヒストリック・ラリーやラリーレジェンドなど、ヨーロッパ全土で30を超えるヒストリックラリーイベントに2017年まで参戦し続けた。単なるコレクションではなく、実際にターマック(舗装路)を全開で駆け抜けてきた本物のレーシングヒストリーが刻まれているのだ。

完璧な履歴と書類が最高約1億4800万円の予想価格を裏付ける

今回のオークションにおいて、この個体にはエスティメート(予想落札価格)として60万ユーロから80万ユーロ(邦貨換算約1億1100万円〜1億4800万円)という高額な設定がなされていた。

強気な評価の背景には、FIA(国際自動車連盟)のヒストリカル・テクニカル・パスポートや、ステランティス・ヘリテージからの証明書など、輝かしい経歴を裏付ける完璧な書類が揃っていることが挙げられる。競技車両特有の過去のクラッシュによるシャシーナンバーの打ち直し跡があることも明記されているが、過酷なモータースポーツを生き抜いてきた名誉の負傷として正当に評価された結果である。

高騰するクラシックカー市場においてバイヤーたちが冷静な判断を下す

これほど完璧なバックボーンを持つ名車であったが、オークションの結果は「Not Sold(流札)」に終わった。出品者の希望価格(最低落札価格)と、競売場に集まったバイヤーたちの入札額が折り合わなかったことを示している。

最高約1億4800万円というエスティメートは、マルボロカラーと実戦履歴への期待を込めたものであったのだろうが、やはりどうしても「後付けグループ4仕様」と言うのが引っ掛かったのかもしれない。とはいえ、ヨーロッパでのクラシックラリー車両は絶大な人気がある。当時のワークス実戦車(本物)は潰れている車両も多く、残っていたとすると価値が高すぎて数億円レベルで取引されることも珍しくない。

事故のリスクが高いラリーで全開走行させるのは本物のワークスカーでは困難を極めるため、「傷つくことを恐れずに思い切り走らせて楽しむためのレプリカ」に非常に高い需要と価値が存在する。このバックボーンがあればそう遠くない未来に、ご主人様が見つかるはずだ。

※為替レートは1ユーロ=185円(2026年7月26日時点)で換算

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