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元祖アルピーヌ「A110」は意外と快適。もちろん徹底的にナチュラルなコーナーワークは感動ものでした【旧車ソムリエ】

一般公道で走らせる程度のペースではオーバーステア傾向も感知できないほどに、ニュートラルなハンドリングを披露する

1972年式 アルピーヌA110ベルリネット1600S

「クラシックカーって実際に運転してみると、どうなの……?」という疑問にお答えするべくスタートした、クラシック/ヤングタイマーのクルマを対象とするテストドライブ企画「旧車ソムリエ」。今回は、フランス製スポーツカーの金字塔ともいうべき歴史的傑作にして、まもなく歴史の幕を閉じようとしている現代版「アルピーヌA110」のオリジナルでもある、元祖「アルピーヌA110」をセレクト。そのモデル概要と、試乗レポートをお届けします。

ラリーカーの常識を変えた名作、アルピーヌA110とは

1962年から1977年まで生産された「アルピーヌA110ベルリネット」は、第二次大戦後のフランスでは随一ともいえるスポーツカーブランド、アルピーヌの中でも最高傑作と目されるモデルである。

南仏の地方都市、ディエップのルノー販売代理店主ジャン・レデレが1955年に興したアルピーヌは、ルノー量産車のコンポーネンツを活用したスポーツカーを製作するというスタイルを、復活後の現在に至るまで貫いている。

創業から1995年にいったん歴史の幕を閉じるまでに製造されたスポーツカーは、いずれもエンジンをリアに置くRR車。ルノー「4CV」をベースとする「A106ミッレ・ミリア」に始まり、後継車「ドーフィン」をベースとする「A108」。そして革新的なRRベルリーヌ「ルノー8(R8)」をベースとしたのが、A110ベルリネットである。

自社製のバックボーン式フレームにR8用の前後サスペンションと4輪ディスクブレーキを移植し、FRPの美しいボディを組み合わせたモデルだが、その成功の鍵は、なんといっても「ル・ソルシェ(魔術師)」ことアメデ・ゴルディーニが、ルノーの実用エンジンをチューンアップした高性能パワーユニットを得たことだろう。

1965年、A110-1100ゴルディーニ(1100G)からスタートしたアルピーヌとゴルディーニの伝説的コラボレーションは、ラリー活動で一気に開花することになるのだ。

生来、伊「ミッレ・ミリア」などの長距離ロードレース用GTから発展してきたA110が、じつはラリーマシンとして非凡な資質を持っていることに気付いていたレドレとゴルディーニは、さらに高性能な「A110-1300S」を開発。まずは国内ラリーから本格的に総合優勝を目指して参戦し、予想どおりの好成績を挙げる。

しかし、ポルシェ「911」など強力なライバルが居並ぶ国際ラリーに打って出るには、依然としてパワー不足であることが露呈する。そこで同じくゴルディーニのチューンによる1.6Lユニットを搭載した「1600S(1600VB)」を製作し、「世界ラリー選手権(WRC)」の前身である「欧州ラリー選手権(ERC)」へと投入することになった。

彼らの目論みはみごとに効を奏し、素晴らしい速さと耐久性を兼ね備えたA110は、1971年シーズーンにはERCで初の全欧タイトルを獲得。さらに1973年シーズンには伝統の「モンテカルロ・ラリー」優勝を皮切りに、この年から開幕したWRC選手権コンストラクターズ部門でワールドタイトルを制覇する。ついに、世界ラリー界の頂点を極めるに至った。

そんなアルピーヌA110が、市井の自動車愛好家にとっても極上のドライビングマシンであることは、半世紀以上も昔から語り継がれてきたこと。その真価に触れるチャンスが、ついに訪れたのである。

意外なほどの乗りやすさに気づかされる

1973年10月以降のA110-1600Sは、従来のスウィングアクスル式後輪懸架から、その2年前にデビューしていた上級モデル「A310」と共通のダブルウィッシュボーンに変更。3穴のアロイホイールもA310と同じ4穴とした発展型1600S、いわゆる「1600VD」へと進化を遂げる。

今回の取材にあたり、「湘南ヒストリックカークラブ」のKさんから預けていただいたアルピーヌA110ベルリネットは1972年式。スウィングアクスル+3穴ホイール時代の1600Sである。

まずは乗り込む前に、クルマの周りを一周ぐるっと歩きつつ観察してみると、ホイールベース2130mm、全長3850mm×全幅1550mm×全高1118mmという圧倒的にコンパクトなサイズにしばし圧倒される。またA110の定番である「ゴッティ(Gotti)」社製のアロイホイール、「デヴィル(devil)」のマフラー、後輪に強いネガティブキャンバーをつけられた魅力あふれるスタイリングには、心から陶酔させられてしまう。

そして、低くて狭いコクピットに身をよじらせるようにしてなんとか腰を降ろすと、キャビンは意外なほどに快適。ペダル配置も上々で、ヒール&トゥはまったく容易である。しかし、そんなことにホッとひと息ついてキーをひねると、ゴルディーニ製エンジンの洗礼が待ち受けていた。

2連装されるウェーバー社製キャブレターは「45DCOE」という、1.6Lクラスとしては大口径のもの。冷間時の始動にてこずり、オーナーに改めてエンジンをかけていただくという醜態をさらしてしまったことを、ここでは正直に申告しておこう。でも、今いちど気を取り直して走りだすと、すべての操作系の重さに時代を感じつつも、意外なほどの乗りやすさに気づかされる。

最上のラリーカーは、最上のスポーツカーにもなり得るのか?

A110-1600Sのゴルディーニ製4気筒OHVユニットが発するパワーは、スタンダードで138ps。同じ1.6Lの「アルファ ロメオ ジュリアGTA」用ツインプラグDOHCが115psだったことを思えば、この時代ではかなりのハイチューンである。当然その走りはピーキー? と身構えていたものの、絶対的な軽さに助けられてだろうか、低回転域からすこぶるトルクフルに感じられる。

それでも足裏とエンジン、さらには車体すべてが直結しているごとく弾けるレスポンスや、デヴィルマフラーから発せられる、まるで叩きつけるようなエキゾーストサウンドは相当にスパルタン。WRC王者の風格をビンビンと伝えてくる。

RRスポーツカーといえば、今も昔も代表格であるポルシェ911がRRのセオリーどおりコーナー前にしっかり減速しておき、曲がったあとのトラクションでスピードを復活させるドライビングスタイルを要求してくるのに対して、A110-1600Sに乗ってみると、同じRRであっても格段にミッドシップ的であることが分かる。

カーブの入り口でノーズを進行方向に向けたら、軽い車体が間髪入れずスッと旋回してくれる。そのままスロットルを緩めに保持しながらクリッピングポイントを待ち、ここぞというタイミングでアクセルを踏み込むと、車体全体がはじき出されるように加速体制に入る。

スウィングアクスル時代の1600Sは、けっこうトリッキーな操縦性を示すことがあるとは話に聞いていたのだが、小心者の筆者が一般公道で走らせる程度のペースではオーバーステア傾向も感知できないほどに、ニュートラルなハンドリングを披露する。

もちろん、スペックの上では今どきのクルマには到底かなわないパワー/トルクながら、軽くてコンパクトな分、アジリティに優れた車体と細めのタイヤがもたらす、徹底的にナチュラルなコーナーワークは、電制システムでがんじがらめになった感もある現代のスポーツカーへの「アンチテーゼ」のようにさえ感じられてしまうのだ。

そして最後に強調しておきたいのは、軽量でスパルタンなスポーツカーとしては例外的に優れた乗り心地である。車体の剛性は、同じ時代のライトウェイトスポーツカーの常識を大きく上まわるレベル。そして、必要以上に硬くないサスペンションセッティングは、現在のアルピーヌA110にも共通する。

思えば、長距離を走るラリー競技で勝つことに主目的とした旧A110は、ドライバーとコ・ドライバーに一定以上の快適性を確保する必要があったのであろう。

もちろん、すべての事例に当てはまるわけではないだろうが、少なくともアルピーヌA110についていうならば「最上のラリーカーは最上のスポーツカー」あるいは「最上のスポーツカーは最上のラリーカー」と、脳内で再確認したのである。

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