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走行距離20万キロ弱でも9000万円オーバー! ポルシェ「911 カレラRS 2.7」は高値安定…オリジナルカラーコンビにレース参加記録なしがキメ手

48万3125ポンド(邦貨換算約9281万円)で落札されたポルシェ「911 カレラRS 2.7」(C)Courtesy of RM Sotheby's

走行距離は20万キロ近くてもナナサンカレラの人気は不動

2024年11月1日〜2日にRMサザビーズがイギリス・ロンドンで開催したオークションにおいてポルシェ「911 カレラRS 2.7」が出品されました。レザーコットとコーデュロイのインテリアに、ブラックのエクステリアカラーは、工場出荷時の正しいカラーコンビネーション。1308台が生産されたうちの990台目という比較的遅いデリバリー歴を持つ1台でした。

グループ4のホモロゲを取得するために登場

すでに60年以上の歴史を誇るポルシェ「911」。その間にはさまざまな、魅力的なモデルが誕生しているが、現在でもポルシェ・ファンにとって究極の1台としてつねにその名前が掲げられるのは、1973年にポルシェがグループ4カテゴリーのホモロゲーションを得るために生産した「911 カレラRS 2.7」。すなわち「ナナサン・カレラ」ではないだろうか。

ポルシェはそれまで4.5Lの120度V型12気筒という巨大なエンジンを搭載する「917」やその進化型で、FIAのスポーツカー・マニファクチャラーズ選手権を戦っていたが、1972年からそのレギュレーションが3L以下に変更されることが決定。ポルシェは1973年から連続する12カ月間に500台の生産を必要とするグループ4規定に狙いを定め、前に触れたとおり911 カレラRS 2.7を生み出したのだった。

これに搭載されたエンジンは917で使用されていたニカシルメッキシリンダーを使用したもので、「911S 2.4」のそれをベースに2.7Lまでボアアップが行われた。そして最高出力で210psという数字を得たのである。このパワーアップと同時に行われたのが、さらなるエアロダイナミクスの改善と軽量化だ。よりワイドな姿となったリアフェンダーやナナサン・カレラのアイキャッチともいえるリアのダックテール・スポイラー、そしてGFRP製のバンパーとリアフード。

さらにこの出品車は1974年4月にはイギリスに新車で納車されていることから、ボディの鋼板は薄型の0.8mm厚であると予想される(同年4月までの生産分がこの薄型鋼板が使用されている)。

1308台しか生産されなかった1台

当初の計画では、ポルシェはホモロゲーションを必要とする500台のみを生産する計画だったが、1972年のパリ・サロンで発表されると、世界中からデリバリーを求めるカスタマーの声が殺到する。結局ポルシェは、RSHと呼ばれる純コンペティション仕様を17台、同じくRSRを55台。ロードバージョンでも後席を廃止し、より軽量化を進めたライトウェイトバージョンのRSを200台。そして装備を充実させたツーリング仕様のRSLを1308台生産するに至ったのである。トータルの生産台数は、想定の3倍以上となる1580台。それは商業的に非常に大きな成功を収めたと言っても間違いではないだろう。

出品車のナナサン・カレラは、その1308台しか生産されなかったツーリング仕様の中の1台だ。レザーコットとコーデュロイのインテリアに、ブラックのエクステリアカラーは、工場出荷時の正しいカラーコンビネーション。1973年4月にイギリスで納車されたことは前にも触れたとおりで、さらに電動スライディングルーフや電動ウインドウ、フロントスポーツシート、リアバンパーナッジバーなどの装備も付加されている。

レース参加への記録は一度もなし

1990年代初頭にはポルシェ専門の工房でベアメタルレストアが行われ、1992年以降現在のオーナーによって大切に保管されてきた。ポルシェ・クラブGBでもよく知られた、コンクールへの連続参加とクラス優勝の経歴も持つが、レースへの参加は一度も行われた記録はない。

さらに驚くべきは、このツーリング仕様の911 カレラRS 2.7は、1308台が生産された中で990台目という比較的遅いデリバリー歴を持つということ。現在までの走行距離は約19万5200km。オークショネアのRMサザビーズは、このモデルに50万~60万ポンド(邦貨換算約9606万円~1億1546万円)のエスティメート(推定落札価格)を設定。結果はそれをやや下回る48万3125ポンド(同約9281万円)での落札ということになった。ポルシェ 911 カレラRS 2.7、その人気はこれからも不動のものであるようだ。

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