PROXES DRIVING PLEASURE:ニュルを走り続ける理由
世界一過酷なサーキットと呼ばれるニュルブルクリンクのノルドシュライフェ。
そこで開催される「NLS(ニュルブルクリンク・ロングディスタンス・シリーズ)」に、挑戦を続けている「TOYO TIRES(トーヨータイヤ)」。AMWではこのトーヨータイヤのスポーツタイヤブランドである「PROXES(#プロクセス)」を深く知るための短期集中連載をお届けします。第3回は、ニュルブルクリンクでのレースにも帯同していたTOYO TIRES商品企画本部 消費財商品企画部長の永井邦彦氏に、開発の舞台裏を伺いました。
耐久レース、それもニュルブルクリンクに参戦する意義とは
——2020年からはじまった「TOYO TIRES with Ring Racing」プロジェクトですが、それ以前にも耐久レースの活動をなさっていました。現在の活動とは何が違うのでしょうか。
当時はチームの勝利に貢献するためにタイヤを作ることで精一杯でした。つまり、レース活動が主だったのですが、今はそれに技術開発にも主眼を置いています。それは製品をつくるということだけではなく、材料や素材の開発などにも重きを置きながら、それでいて、モータースポーツの結果を残しつつ、市販用タイヤにもその技術をフィードバックしていくことに重きを置いています。また、そのタイヤを開発する人材を育てることにも注力しているのが以前との大きな違いです。
──どうして耐久レース、それも日本国内ではなくてニュルブルクリンクでのレースを選んだのでしょうか?
まずはニュルブルクリンクが世界でも屈指の難関コースのサーキットだからです。日本のサーキットではなくてニュルブルクリンクで成果を残すことは、日本だけにとどまらず欧州、北米でもそのインパクトを与えられます。2つ目にモータースポーツ活動にとどまらず以前からポルシェやアウディなどの欧州車メーカーに向けたタイヤ開発でニュルブルクリンクを使っていたという実績もあって、我々もある程度の知見を持っていたということもあります。
耐久レースを選んだ理由は、スプリントレースではとにかく速く走ることに主眼を置いたタイヤ開発となりますので、市販タイヤにフィードバックできる要素が限定的になるという点がありますが、耐久レースであればスプリントレースの要素もあり、耐久性という市販タイヤへフィードバックしやすい要素も多く含まれています。こうした観点から「モータースポーツ活動を起点としたタイヤづくり」という商品を通じたブランディングのストーリーと技術開発にとって、「ニュルブルクリンクでの耐久レース」という組み合わせがベストだと考えたからです。またプロクセスブランドの認知度やブランド力の向上のためには、世界中で販売するグローバルブランドですので、世界でも屈指の難関コースであるニュルブルクリンクで鍛え上げたというストーリーが大切だと考えていたことも大きいですね。
──これまでNLSに5シーズン参戦して、タイヤの開発において見えてきた部分はございますか?
市販用タイヤの開発では、たとえばコストや予算などの制約があるため、あらかじめ使える素材もこの範囲しかないと先入観というか事前に決めつけてしまっていた事もあり、なかなか使えていなかった素材や技術があったかもしれません。しかしモータースポーツ活動においては勝つことがもっとも優先されますので、市販用タイヤでは使わないような素材を試すこともあります。
そうして新しい素材にトライできるようになっていったことで、徐々に市販用タイヤにも使えるようになってきました。また、モータースポーツのタイヤ開発は、次のレースまでに改良しなくてはならないので、非常に短いスパンで開発が行われます。そしてそのタイヤ開発の結果はすぐにレースで得られます。この短いサイクルで開発と評価が行えるというのは、技術開発スピードの視点では非常に大きな収穫だったと思います。
ニュルでシリーズ優勝できた勝因とは
——2024年はSP10クラスでシリーズ優勝を果たしましたが、それは技術開発の結果でしょうか?
技術開発の成果であると同時に、チームとの連携強化やドライバーとの円滑なコミュニケーションが進んだことで、タイヤの性能を最大限に引き出すサイクルが確立され、その結果が成果として現れていると考えています。
2020年当時、タイヤのパフォーマンスはニュルブルクリンクの厳しい環境にマッチできておらず、ドライバーからは本当に厳しい意見をフィードバックしてもらっていました。その頃はタイヤを開発することに苦労もありましたが、徐々に少しずつ成果を残せるようになりました。これはタイヤのパフォーマンスの向上はもとより、ドライバーたちもPROXES(プロクセス)のスリックタイヤの特性をうまく使いこなせるようになったことで理解が深まっていったのだと思います。それはとても苦しい期間でしたが、辛抱して我々のタイヤを使い、フィードバックを続けてくれたRing RacingのUwe代表とドライバーたちには本当に感謝しています。
参戦5年目に彼らの期待値にわれわれのタイヤのパフォーマンスが応えられるようになってきたこともあって、そこからはタイヤの開発だけではなく、レースでの結果も求めるフェーズに変わってきました。
ドイツ人のドライバーの話を聞く限りでは、たった5年間でここまでパフォーマンスを上げてきたメーカーはなかなかないということでした。その点においては、うまく適応でき、現場の声にしっかりと対応できたと自負しています。
──NLSシリーズへのチャレンジは今後も続けていく予定ですか?
もちろんです。「モータースポーツ活動を起点としたタイヤづくり」は始まったばかりですし、プロクセスブランドの認知度やブランド力の向上のためにも継続していくことは重要です。技術開発も止まることはありません。さらに新しい技術を開発し、タイヤのパフォーマンスを向上させてレースの結果にもつなげていきます。そして、それを市販用タイヤにフィードバックしていくことは、我々が目指す「モータースポーツ活動を起点としたタイヤづくり」において非常に重要であると考えています。
レースでの知見がプロクセス スポーツ2にどのように活かされている?
——市販モデルのプロクセス スポーツ2には、ニュルブルクリンクで培ったどのような知見や技術が活かされているのでしょうか?
開発スタート時には、ウェットでのパフォーマンスを向上することをひとつの目標として掲げていました。通常はゴムの開発に時間を要してしまうのですが、ニュルブルクリンクでの耐久レースを通じて培った技術、新しく発見した素材を使い、さらにレース活動という短い時間の中で素早く大幅にパフォーマンスを向上させることができました。
少しご説明しますと、ウェット性能の大幅な向上ということを実現するために重要となる素材や配合の選定は、コストや予算の制約がなく、また短いスパンで多様な素材を試すことができるモータースポーツとリンクさせたことで、優れた技術の開発を短期間に実現するために大いに役立ったというわけです。
ただ、発熱を高めると摩耗が早まったり、転がり抵抗が増えたりするため、経済性や快適性は損なわれてしまいます。レース用タイヤではないプロクセス スポーツ2ではそうした性能も存分に発揮するトータルバランスを高い次元で実現させることが重要で、素材開発やその選定には研究と吟味を重ねました。
——最後に、欧州でプロクセスを開発している意義を教えて下さい。
たとえばドイツの雑誌で行われるタイヤ性能テストは、その評価が非常に厳しいことで知られています。いい意味でも、悪い意味でも率直な評価をしてもらえます。ときには厳しい結果もありますが。このドイツの某雑誌では「特別推奨」や「推奨」から「推奨できない」までの5段階でタイヤを評価するのですが、「特別推奨」は数年に1度出るか出ないかというぐらいに厳しい。プロクセス スポーツ2は、この雑誌社のテストで上から2番目の「推奨」の評価を2023年に獲得するに至りました。
雑誌のテストが厳しいのは、その読者である一般ユーザーの目も厳しいからだと思っています。そもそも欧州では高性能な車種が多く、一般道でも日本よりアグレッシブな走行が一般的です。アウトバーンのような速度無制限の高速道路があることをイメージして頂けるとわかりやすいかなと思います。このような道路や走行環境の違いがクルマやタイヤへの要求を高めているのでしょうね。厳しい評価は、タイヤメーカーが本来知るべきことだと思うのです。いいことばかりではなくて、ダメなところは何か、改善すべきところはどこなのかを早く知ることが、より良いものを早くつくることに直結すると私は思っています。
こうした厳しい環境は欧州、特にドイツという国では文化として根付いていることもあって、我々のプロクセスの開発の中心は欧州で進められています。
