元メジャーリーガーが愛した伝説のコルベット
業界最大手のひとつ、RMサザビーズ社が毎年5〜6月に欧州本社と北米本社を競合させるかたちで開催するオークション「Shift Online」。オンライン開催ということもあり、秘匿性が保ちやすい一方、出品へのハードルを低く設定している。そのような理由から個性的なクルマたちが集まっています。今回は「North America(北米)」版Shift Onlineの出品ロットのなかから、まさしくアメリカならではの1台。伝説のメジャーリーガーの元愛車だったというシボレーC3「コルベット」を紹介します。
1970年から3年間だけ少量生産された特別なC3コルベットのLT-1とは?
1968年にデビューしたシボレー3代目コルベット、通称「C3」は、「コークボトルライン」と称されるグラマラスなプロポーションを与えられた。その後16年にもわたって生産された、もっともアイコニックなコルベットのひとつ。
パワーユニットは、もちろん全車ともにアメリカ車の象徴たるV8OHV。シボレーの「スモールブロック」がスタンダード指定とされたほか、オプションとして7L「ビッグブロック」も選択可能とされた。
1970年に発表されたコルベット「LT-1」は、C2時代の1965年に燃料噴射エンジンが廃止されて以来、シボレーが初めて本格的に高性能・小排気量エンジン開発に復帰したモデルだ。60年以上にも及ぶコルベットの歴史においても特別な位置を占めている。
LT-1を特別なC3としている核心というべき要素は、300HPのスタンダード版と同じ350cu.in.(立方インチ:5.7L)の排気量ながら、370HPという圧倒的な出力を持つ究極のスモールブロックV8エンジン「ターボファイア350」にこそある。
当時のアメリカ式レーシングエンジンのメソッドを多数投入
北米「Tran-Am(トランザム)レーシングシリーズ選手権」向けに開発されたLT-1エンジンは、レーシングエンジンに近い内容を持つ特別なユニット。タペットを持たない直押しのソリッドリフター式カムシャフト、ハイオクタンガソリンを前提とした11.0:1という高圧縮比、ホーリー社製4バレルの大径キャブレターなど、当時のアメリカ式レーシングエンジンのメソッドを多数投入した。同時代の「ビッグブロック」V8エンジンと肩を並べるワイルドなパワーと、高回転型のパフォーマンスを発揮する。
しかも、フロントアクスルに懸かるウェイトの軽量化と、それがもたらすハンドリングの向上により、同じ高性能版C3でもビッグブロック版よりバランスの取れた運転性能を提供したといわれている。
それでもLT-1のエクステリアでは、かさばるエンジンをクリアするため、ボンネット上に巨大なエアアウトレットつきパワーバルジが設けられた。同時代の「ビッグブロック」モデルとは対照的に、控えめな車名バッジと若干低く締めあげられたサスペンションスタンスを除けば、派手な外装の要素はなかったとされている。
MLBレジェンドのレジー・ジャクソンの元愛車ながら落札価格は900万円を切る?
のちにLT-1スペックにモディファイしたコルベットは少なからず存在するようだが、オークション出品に際して付属される工場保証書「Protect-O-Plate」によると、RMサザビーズ「Shift Online:North America 2025」オークションに出品されたLT-1コルベットは正真正銘の本物とのことである。
1970年5月28日にミズーリ州セントルイスに本拠を置くシボレー正規代理店「チャーリーズ・シボレー(Charlie’s Chevrolet)」社を通じて、Mr.マイケル・マンティアなる人物に新車として販売されたこの個体。デトロイトの工場よりデリバリーされた当初から「マルボロ・マルーン(Marlboro Maroon)」の工場純正塗装に黒のビニール内装を組み合わせ、パワーブレーキ、パワーステアリング、AM/FMラジオなどの純正オプションを装備している。
現在に至る素晴らしい保存状態から、マンティア氏は特別な愛車コルベットLT-1を大切にしていたことがうかがえ、カタログ作成時点での走行距離はわずか2万4234マイル(約3万6000km)に過ぎない。
しかし何よりも注目すべきトピックは、今回のオークション出品者でもある現オーナーのもとにくる以前に、このLT-1はMLB(メジャーリーグベースボール)の伝説的選手であるレジー・ジャクソン氏のコレクションに加わっていた時期があることだろう。ジャクソン氏は2度にわたってMLBのホームラン王に輝いたスポーツ界の伝説だけでなく、ハイレベルなマッスルカーの愛好家としても知られていたのだ。
エンジンのナンバーマッチングも確認済み
そしてもうひとつ特筆すべき重要なポイントとして、エンジンのスタンプパッドの検査により、ブロックにシャシー番号の最後の9桁が刻印されていることが確認され、ナンバーマッチングのLT-1エンジンであることが判明している。これはコルベットについての正統性を審査し、確認書を発行している「クラシックカー・アファメーション・サービス(Classic Car Affirmation Services)」の報告書でも裏付けられている。
GMシボレー工場純正の「Protect-O-Plate」に加え、この車両にはオリジナルのディーラー請求書、納車チェックリスト、登録証明書、およびレジー・ジャクソン名義の1990年カリフォルニア州の車検証のコピーが付属している。
さらに、2012年4月にセントルイス支部の展示会で受賞した「ナショナル・コルベット・レストアラーズ・ソサエティ・トップフライド・アワード(National Corvette Restorers Society Top Flight Award)」の証明書と評価シートも含まれている。
RMサザビーズ北米本社は、自社の公式カタログ内で
「パフォーマンス、コレクタビリティ、そして純粋な運転の楽しさをバランスよく兼ね備えたコルベットを求めるコレクターにとって、LT-1コルベットは依然として魅力的でますます人気を集める選択肢」
と謳いつつ、6万ドル~7万ドル(邦貨換算約864万円〜約1010万円)というエスティメート(推定落札価格)を設定していた。
そして、この5月28日から6月4日までの1週間を入札受付期間としたオンライン競売では、ビッド(入札)がオーナー側とRMサザビーズ北米本社側で定めたリザーヴ(最低落札価格)に到達したことから6万500ドル、現在のレートで日本円に換算すれば約890万円で落札。アメリカン・マッスルカーの黄金時代を象徴するC3のなかでもさらにもっともアイコニック、さらに「ナンバーマッチング」のエンジンや「元レジー・ジャクソン」という付加価値まで加わった個体としては、かなりリーズナブルにも映る価格といえる。
