古臭くてピュアなアストン、A.M.ヴィラージュ・ヴォランテ
2025年7月8日、RMサザビーズ欧州本社は、その本拠地のあるロンドンからほど近いバークシャーの田園地帯に建てられた、17世紀のマナーハウスを起源とする壮麗な古城ホテル「クリブデンハウス(Cliveden House Hotel)」を会場として、「Cliveden House 2025」オークションを開催しました。旧くは第一次世界大戦前の「ヴェテランカー」から、近・現代のスーパーカーに至る出品車両は63台。今回は、そのなかから旧き良きテクノロジーとクルマ創りの哲学のもとに、完全ハンドメイドだった時代の最後を飾るアストンマーティン「ヴィラージュ」のコンバーチブル版「ヴォランテ」をピックアップ。そのあらましと注目のオークション結果について、お伝えします。
古き良き手作りアストンの最終形「ヴィラージュ」とは?
1989年に発表されたアストンマーティン ヴィラージュは、1960年代から綿々と生産されてきた「DBS」あるいは「V8」の後継モデル。アストンマーティンが週にわずか数台しか生産されていなかった時代に、旧ニューポート・パグネル工場にて1台1台ハンドメイドされた、まさしく恐竜のごときクルマである。
DBS時代からの基本設計が踏襲された90度V型8気筒4カムシャフト5340ccのエンジンは、北米コネチカット州の「キャラウェイ・カーズ」とのコラボで開発された、気筒あたり4バルブの新開発ヘッドが組み合わされ、「V8」時代の高性能バージョン「V8ヴァンテージ」にももう少しで匹敵しそうなハイパワーを獲得した。
また、総アルミ合金で作られるボディのダイナミックなスタイリングも、「ロイヤル・カレッジ・オブ・アーツ」のジョン・ヘファーナンとケン・グリーンリーの手を借りて1990年代風にモダナイズされてはいたものの、シャシーは最終期のV8シリーズ5と大きくは変わらないものだった。
右ハンドルの生産台数はわずか121台
さらに、すべての車両はコノリー社製最高級レザー、磨かれたウォールナット材のトリム、オーナーのために特別にカスタマイズされたディテールなど、精巧な内装が施されていたのも、V8以前の伝統に即した方法論がそのまま継承されていた。
つまりは、1990年代のクルマとしては相当に前時代的、あるいはゴシック的ともいえるモデルだった。しかし、いかにも往年の英国製大排気量グランドツアラーらしい荘重さこそが、旧来のアストン・ファンには唯一無二の魅力として映っていたようだ。
そしてV8時代に追加設定された、「DB6」時代以来のアストンの伝統であるコンバーチブル版「ヴォランテ(Volante)」は、ヴィラージュでももちろん用意。233 台が製作された(ほかに224台説など諸説あり)といわれ、フォードがアストンマーティン・ラゴンダ社の所有権を獲得する以前に作られた最終期を飾る古典派アストンのひとつとして、人気のあるモデルとなっている。
さらにそのうち、右ハンドル車は121台を製造。今回オークションに出品された車両は、そのうちの1台であった。
さまざまな装備をオリジナル状態でキープしたビスポーク仕様
RMサザビーズ「Cliveden House 2025」オークションの落札者に渡されるドキュメントファイルに内包された工場出荷時のスペックシートによると、出品されたアストンマーティン・ヴィラージュ・ヴォランテは、「ポルシェ・アマゾン・グリーン(Porsche Amazon Green)」という特注のボディカラーに、工場指定のブラック・モヘア製ソフトトップを組み合わせた仕様だ。
豪華なキャビンは「マグノリア(Magnolia)」のコノリー社製レザーハイドで仕立てられ、特注のヘッドレストクッションともどもボディと共色とした「スプルース・グリーン(Spruce Green)」のパイピングおよびファイシア(ダッシュボード上部)。シートと同色とした、マグノリアのウィルトン・カーペット。豊かなバーチウォールナットのウッドキャッピングと、すべてビスポークオーダーによるものである。
1995年5月、英国の最南端チャンネル諸島のジャージー島で納車され、20年近くをこの島で過ごしたのちに英国本土に持ち込まれ、2013年3月26日に再登録された。そして、2016年12月に販売者がこのアストンマーティンを購入するまで、3年間にわたって前オーナーが所有していたことが分かっている。
また、スムースで頑丈な3速オートマチックトランスミッションと、エアコン、クルーズコントロール、ヒーター付き電動調整式フロントシート、切り替え可能なスポーツモード、電動式コンバーチブルルーフなど、多くの人気機能を備えている。
さらに、今回の出品に際しては前述したとおりニューポート・パグネル工場発行のビルドシートと原産地証明書、すべてのオリジナルの書籍と純正マニュアル、サービスブック、スペアキー、および新車としての生産と引き渡しからの請求書を含む、広範な履歴ファイルが付属しているとのことであった。
最低落札額未設定が仇となってしまった
RMサザビーズ欧州本社では
「この希少なコンバーチブルは、珍しいカスタムカラーで仕上げられ、内外装ともに素晴らしいオリジナルコンディションを保っています。さらに、製造以来のあらゆる出来事を網羅した履歴書も付属しています。V8エンジンを搭載した夏場のドライブにふさわしい、価値ある1台」
と高らかにアピールするいっぽうで、理由は不明ながらエスティメート(推定落札価格)は未公表。その上で「Offered Without Reserve」、つまり最低落札価格は設定しなかった。
この「リザーヴなし」という出品スタイルは金額の多寡を問わず確実に落札できることから、とくに人気モデルではオークション会場の雰囲気が盛り上がり、ビッド(入札)が進むことも期待できる。ただしその一方で、たとえビッドが出品者の希望金額まで伸びなくても落札されてしまうという、危険な落とし穴も表裏一体として待ち受けている。
そして注目の競売では後者、出品者側にとってのマイナス面が露呈してしまったようで、終わってみれば4万3700英ポンド、すなわち現在のレートで日本円に換算すると約866万円という、豊富なオプションやコンディションを思えばなかなかリーズナブルな価格で落札に至ったのだ。
このハンマープライスだけで見ると、わりと手の届きやすいモデル? と思われてしまいそうな可能性も否定できない。でも「DB7」以降のモダン・アストンと比べれば、たとえば「フェラーリ412」級かそれ以上に手がかかることは覚悟しておく必要があることも、かつて東京都内に存在したクラシック・アストンのスペシャルショップ店員としての経験から、ご注進させていただきたいところである。
