グループBマシン並みに大改造された
どれほど手間と情熱を注いで仕上げられたチューンドカーでも、クラシックカー市場の評価は意外に冷たいものです。それはコレクターズカーの世界では「純正」が何より重視され、改造は“価値を下げる行為”と見なされることもあるからです。2025年8月15日に開催されたボナムズのオークションに出品されたランチア「デルタHFインテグラーレ16V」は、大胆なチューニングが施されていました。走りの性能は圧倒的に向上していながら、落札価格はエスティメート(推定落札価格)に及ばず……いまの市場が求める“正統性”を改めて浮き彫りにしました。
グループAを席巻したランチア デルタHFインテグラーレの系譜
1980年代中盤、ランチアとアバルトは、FIA「グループB」ホモロゲーションモデル「デルタS4」で「ヴォルメックス(Volumex)」スーパーチャージャーとターボを組み合わせたツイン過給システムを試した。一方で、その後のグループA時代以前に作られた量産モデルの1600cc級ホットハッチ「デルタHF」には、ターボ過給のみを採用することを決定した。
巧みにチューニングされたサスペンションにより、FFながら優れたハンドリング性能を備えていたデルタHFだが、その後ラリー界は急転直下の大変動を迎え、グループAが最上位カテゴリーとなった。
そこでランチアは、ファーガソン式ビスカス・カップリングとトルセン・ディファレンシャルを組み込んだ当時最先端の4輪駆動ドライブトレインを導入し、さらにワンランク上のクラスへと躍進するべきニューマシンを開発した。これはグループB時代のあとを受け継いだグループA時代のWRC(世界ラリー選手権)を席巻することになる。
1986年に「デルタHF 4WD」として発売されたモデルは、1987年にブリスターフェンダーを前後に有する「デルタHFインテグラーレ」へと変貌を遂げた。HFインテグラーレは1987年と1988年双方のシーズンで世界選手権を制覇し、きわめて高性能なラリーカーであることを証明した。さらに1989年には、16バルブヘッドの導入によるパワーアップを行った「デルタHFインテグラーレ16V」を投入し、1990-1991年シーズンもWRCにおける覇権を護持し続けた。
そして1991年、ワークスチームとサテライトチームの優位性維持とFIA公認を得るべく、「デルタHFインテグラーレ Evo」、通称「エヴォルツィオーネ」が登場した。前後トレッドの拡大、適切なボディワーク変更、210psを発生し5.7秒の0-100km/h加速性能を実現したエンジン再マッピングなど、数多くの改良が積み重ねられている。
このエヴォルツィオーネIは、WRCで優位性を維持するために開発されたモデルであり、のちの「エヴォルツィオーネII」と合わせて、現在ではコレクターズアイテムとして高値で取引されている。一方、それ以前の「スリムな」インテグラーレやインテグラーレ16Vは、エヴォIおよびエヴォIIと異なり、比較的リーズナブルなマーケット相場で推移しているのが実情だ。
プライベーターがヒルクライム競技用マシンに変貌させていた
世界ラリー選手権などで闘ったランチア デルタHFインテグラーレは、後にプライベートチームや欧州で人気のモータースポーツ「ヒルクライム」「ラリークロス」用のマシンへと転身した。より過激な外観は、熱狂的なランチア・ファンから支持を受けることになった。
この夏「The Quail 2025」オークションに出品されたデルタHFインテグラーレは、かなり物々しい外観を持つ。もともとはスタンダードな公道仕様のインテグラーレ16Vとして誕生した個体であり、ヨーロッパのヒルクライム競技車両から着想を得て大規模な改造が施されている。
標準型ストラダーレ16Vのボディパネルを剥ぎ取ったうえで、近年デルタHFインテグラーレ用のボディパーツやサスペンションキットを開発・販売している「LANCIA MAXI」社特製のボディキットを装着している。大幅にワイド化された前後ブリスターフェンダーとサイドスカート、専用デザインのフロントおよびリアバンパーを備えている。
また、後席は取り去られ、代わりに強固なロールケージを設置した。前2席には競技対応型の「SPARCO」社製フルバケットシートが取り付けられている。直列4気筒DOHC16Vターボのパワートレーンも強化され、600ps近くを発生すると謳われている。
今回のオークション出品者である現オーナーによれば、最近の整備内容には新品のツイン式クラッチディスクと、「APレーシング」社製油圧式クラッチレリーズベアリングの装着、前後ドライブシャフトのオーバーホール、ブレーキのマスターシリンダー交換、リアのブレーキキャリパーのオーバーホール(新型パッド/ローター装着)、そして独「HELLA」社製の補助ライトを組み込んだカーボンファイバー製ライトポッドの追加などの項目が含まれる。
ボナムズ社の公式WEBカタログでは
「もしもデルタ インテグラーレがグループB参戦を果たしていたなら、間違いなくこの仕様が活躍したであろう。舗装路、砂利道、砂地、雪上を問わず、最高の走りを体感できる1台」
というフレーズが謳われ、9万ドル~12万ドル(邦貨換算約1332万円〜1776万円)というエスティメート(推定落札価格)を設定していた。
同車両については「Offered Without Reserve(最低落札価格なし)」で競売を行うこととした。この出品スタイルは入札価格の多寡を問わず確実に落札されるため、競売会場の購買意欲が盛り上がり、エスティメートを超える勢いで入札が進むこともあるメリットがある。しかし一方で、たとえ出品者の意にそぐわない安値であっても落札されてしまうという、出品者からすれば不可避的なデメリットも伴う。
こうして迎えたオークション当日、クエイルロッジのゴルフクラブ内に設けられた巨大な特設テント内のステージで開催された競売では、リザーヴなしのデメリットが露呈するかたちとなってしまった7万2800ドル。すなわち、現在の為替レートで日本円に換算すれば約1070万円で落札されるに至った。
