テスタロッサの価値はミラーの“数”と“取り付け位置”で決まる!?
2025年12月5日、RMサザビーズ欧州本社がアラブ首長国連邦(UAE)アブダビの「セントレジス・サーディヤット島リゾート」を会場として開催したオークション「Collectors’ Week Abu Dhabi」。そこに出品されていた1980年代後半に自動車界の世界的スーパースターとなったフェラーリ「テスタロッサ」をピックアップ。人気の最初期バージョンの概要と、注目のオークション結果についてお伝えします。
モノスペッキオと呼ばれる片耳ミラーのテスタロッサとは…?
フェラーリの輝かしい歴史のなかでも、とくに際立つ存在のひとつとして全世界のカーマニアから敬愛されているテスタロッサは、1984年パリ・サロンに登場した、当時の最新12気筒ベルリネッタである。
1950年代〜1960年代の名作レーシングスポーツへのオマージュから名づけられたこのモデルは、1973年のデビューから連綿と進化を図ってきたBB系ユニットを1気筒あたり4バルブ化し、390psまでスープアップした180度V型12気筒4943ccのエンジンを、同じくBB系からホイールベースを50mm延長した鋼管スペースフレームに搭載した。当時スーパーカーの重要な指標だった最高速度は、290km/hを標榜した。
いっぽう、新時代のフェラーリを宣言するごとき意欲的なボディは、スカリエッティではなくピニンファリーナが架装。デザインワークは同社に所属していたスタイリスト、故エマヌエーレ・ニコジアが中心になって手掛けたとされる。
そんなテスタロッサの初期モデルにおける最大の特徴といえば、Aピラーの中腹にマウントされたシングルミラーを挙げるべきだろう。この特異なデザインは、当時の最新交通法規の解釈ミス(意図的なミス?という説もあり)が主な原因だったという。
フェラーリとピニンファリーナによる新法規の解釈では、ドライバーは完全にクリアな後方視界を確保する必要があるように思われた。そこで、このモデルのデザインを特徴づけていたフィンつきの大型サイドストレーキにグラマラスなヒップ、ボクサー12エンジンを覆うフラット&ワイドなリアデッキリッドを回避するべく、Aピラーの高い位置に運転席側ドアミラーを設置することにした。
しかし、助手席側でこれらの遮蔽物をすべてミラーの視野から追い出すのは、さらに難しい要求だった。おそらくはさまざまなアイデアがひねられたのは間違いないだろうが、結局もっともシンプルな解決策として、当時の欧州の多くの国ではまだ義務化されていなかった助手席型ミラーを、最初から装着しないという結論に至ったとの由である。
とはいえ、そんな場当たり的な方策は、アメリカや日本をはじめとする大マーケットでは長く通用するものではなかったようだ。ピニンファリーナの手でよりオーソドックスなセットアップに変更されるまで、イタリアでは「モノスペッキオ」、英語圏では「フライングミラー」などとも呼ばれるミラーを装着したテスタロッサは、およそ1000台程度に過ぎなかったと考えられている。
そして結果として、その希少性とピュアなデザインが、現在の国際クラシックカーマーケットにおける高値安定をもたらしているようなのだ。
1年間で2度目のオークションに登壇したテスタロッサの成否やいかに…?
昨2025年12月、RMサザビーズ「Collectors’ Week Abu Dhabi 2025」オークションに出品されたフェラーリ・テスタロッサ「モノスペッキオ」、シャシーNo.#61337は、じつは2024年12月にも同じRMサザビーズの「Dubai」オークションに出品され、AMWオークションレビューでも取り上げたことがある個体そのものだった。
ル・マン24時間レースにおける活躍でも有名なフランス・パリのフェラーリ正規輸入代理店「シャルル・ポッツィ(Charles Pozzi)S.A.」社を介して、1985年12月に新車としてファーストオーナーに納車された左ハンドル仕様車である。
この時代のフェラーリではおなじみの赤「ロッソ・コルサ(Rosso Corsa)」のボディカラーに、「ペッレ・ベイジェ(Pelle Beige:ベージュ革)」の英国コノリー社製レザー内装というオーセンティックな仕立ては、新車時代から現在に至るまで維持されている。
近年で2度目の出品ながら、このシャシーNo.#61337の初期の歴史についてはあまり知られていない、という状況は現在も変わらず。ただ、2003年11月にドイツのザールブリュッケンにある「オートハウス・シュプラウ(Autohaus Sprau)」社によって、エンジンを降ろしてのフルサービスと、この時代のフェラーリでは必須のタイミングベルト交換が行われたことは、添付の請求書から判明しているという。
その後、このテスタロッサは2005年12月にフランスの著名なコレクター、故マルセル・プティジャンが購入。前世紀から自身の自動車ミュージアムを開設しようという野望を抱き、数多くのスーパーカーを蒐集していたプティジャンは、2022年2月までこのフェラーリを所有し続ける。
さらに、現オーナーのもとで中東に輸送されたこの個体は、シャシーとエンジンがマッチングナンバーを保持しているほか、純正ジャッキやスペアホイール、センターロックのハブボルトのための専用スパナ、純正ツールロールなども添付して出品された。
しかし、これまで大量に売りに出された「プティジャン・コレクション」のスーパーカーたちと同様、長らく室内で静態展示に供されていたことから、実際に走らせる前には再点検と再調整が必要との但し書きも、2024年12月の「Dubai(ドバイ)」オークションと変わらず。このときは16万ドル〜22万ドルというエスティメート(推定落札価格)に対して21万8500ドルで落札されている。
いっぽう、今回の「Collectors’ Week Abu Dhabi」オークションでは15万ドル〜20万ドル(邦貨換算約2340万円〜3120万円)と、前回のドバイに比べると若干控えめなエスティメートを設定していたが、実際の競売ではわずか250ドルながら前回を上まわる21万8750ドル。つまり、現在のレートで日本円に換算すれば約3425万円という、けっこうなハンマープライスが提示されることになった。
あと願わくば、このオークションの落札者がフェラーリに相応しい走行が可能な状態まで再点検と再調整を施し、今度こそ路上復帰を図っていただきたい……! このテスタロッサとは縁もゆかりもない筆者ながら、遠く日本からそう祈ってしまうのである。
