世界数台の「ゴジーSS」が繋ぐ家族の絆
チームGOZZYとガレーヂ伊太利屋の情熱
伝説のメルセデス・ベンツSSKを驚異の精度で再現した「ゴジーSS」をご存知でしょうか。かつてガレーヂ伊太利屋を率いた林良至氏の情熱によって誕生したのがこのクルマです。現オーナーの喜多朋浩さんが、亡き兄から受け継いだという唯一無二の1台に込められた、歴史と絆の物語を紐解きます。
世紀の名車「メルセデスSSK」を忠実に再現! ヴィンテージ期の傑作を蘇らせた最高傑作!!
2025年9月27日(土)、28日(日)に妙高高原の赤倉スキー場大駐車場で開催された第3回スワップ&ミート・イン妙高。昨年春に第1回目が開催され、今回で3回目となるこのイベントは、まだ始まって間もないゆえ参加したエントラントは約50台と比較的少なめ。しかしその顔ぶれは、年代も国籍も非常にバラエティに富んでいるのが特徴だ。
会場となる妙高高原エリアは戦前からの長い歴史を持つリゾート地。そこで開催されるイベントだけに主催者は、将来的には欧米のような“家族で楽しめる滞在型イベント”を目指しており、車両展示のみならずパーツやグッズの販売・交換会やオークション、そして初日と2日目でコースを変えて行われるショート・ツーリングなど、エントラントも来場者も多彩なコンテンツが楽しめるようなプログラムが用意されている。
そんなイベント会場に集結したバラエティ豊かな参加車両のなかでも、ほかのエントラントや見学に訪れた人々からひときわ注目を集めていたのがこちら、1981年式のゴジーSS(GOZZY SS)である。年季の入ったクルマ好きならばお分かりかと思うが、これはメルセデス・ベンツ「SSK」の非常に精密なレプリカである。
まだ自らの会社を興す前の若き日のフェルディナンド・ポルシェ博士が1920年代に手がけたメルセデス・ベンツの“S”シリーズ。“S”の文字はもちろんスポーツを意味し、1927年に登場したS、高性能版のSS(スーパースポーツ)、そのショートホイールベース仕様となるSSK(Kはクルツ・短いの意)、そのSSKを軽量化したSSKL(Lはリヒト・軽量の意)と進化を続ける。
とくにショート・ホイールベース化されたSSK/SSKLはヴィンテージ期スポーツカーの最高傑作と言われ、グランプリ・レースからヒルクライムまでオールラウンドで活躍し、無数の勝利を納めている。このメルセデスの“S”シリーズ、その生産台数はSからSSKLまで、各モデルを合わせ300台ほどといわれる。余談ではあるが、人気TVアニメ「ルパンIII世」のシリーズ初期にはこのSSKがルパンの愛車として劇中にも登場するなど、ビンテージ期のスーパースポーツカーとしては日本でも昔からよく知られたモデルだろう。
五島久昭と林良至の情熱が生んだ奇跡!
日本発「ゴジーSS」の誕生秘話とは!?
自動車の歴史に燦然と輝く“S”シリーズだが、数年前に開催された海外のオークションではSSKが、じつに7億円以上の値で落札されたこともあるほど。実車はもはや乗って楽しむといった次元とは異なる、歴史的機械遺産と言えるような存在となっている。
そんな状況で、憧れの名車の雰囲気をもっと手軽に身近に楽しめないか、と考える好事家がいても不思議ではないだろう。そんなマニア層に向け、小規模メーカーが戦前ヴィンテージ期の名車のレプリカを作るムーブメントは1960年代後半には頻繁にみられるようになっていた。しかし、このゴジーSSは1981年式と、それら“レプリカクルマムーブメント”からは少し遅れて製作されたものだ。
当時のカーグラフィック誌で詳しく紹介されたことからご存知の方も多いかと思うが、じつはこのクルマは、かのガレーヂ伊太利屋創業社長にしてビンテージカーとモーターサイクルのコレクターとしても世界的に知られた林良至氏と東急電鉄の創業家の孫であり稀代のエンスージャストとして知られた五島久昭氏の企画立案によって生み出された日本発のクルマなのだ。ちなみに当時の雑誌では「ゴッツィーSS」という車名表記で紹介されていたが、1992年からは全日本F3000選手権に五島久昭氏が「チームGOZZY(ゴジー)」としてエントリーしていることからも、正しくは「ゴジーSS」と読むのが正解だろう。余談ではあるが、この際もF3000マシンのマシンメンテナンスはレーシングガレージではなく、世田谷の「ガレージ伊太利亜」でレストアを待つクラシックカーとともに手を入れられていた。
このような五島氏の情熱が、林氏率いるガレージ伊太利亜にプロジェクトは依頼された。そして製作にあたったのは英国のスペシャリスト、チャーチ・グリーン・エンジニアリング社。このゴジーSSの大きな特徴は、現代車をベースにそれらしいボディを載せて作られた多くのレプリカとは異なり、そのフレームからボディ外寸まで、オリジナルのSSKに非常に忠実に再現されているということである。アルミ製ボディは、職人がハンドメイドで叩いたものでそれだけみても製作に相当な日数と手間ひまが掛けられたことが分かる。
メルセデスの心臓を持つ世界的希少車!
現代でも通じる究極のSSを目指した!?
見た目はメルセデス・ベンツSSKそのものといったゴジーSSだが、オリジナルのSSKと異なるのはそのパワートレインとブレーキ。オリジナルの直列6気筒7リッター・エンジンの代わりに、このクルマが企画・製作された時代、1980年頃のメルセデス280S用のDOHC 2.8L直列6気筒エンジンであるM110が採用されている。フルシンクロの4段マニュアル・ミッションも同じくM110エンジンに組み合わせて使われていた鋳鉄製ケースを持つ自社開発のものだ。ブレーキは油圧に換えられているから、見た目とは裏腹に現代の日本の路上でも苦労なく走れるという。
それにしても、レプリカとはいえ当時作られたゴジーSSはごく少数。一説によれば、製作された台数は10台にも満たないという。エンスージャストの間では、五島久昭氏が当時「現代でも通用する究極のSSを目指した」からこそ、パワートレインもメルセデス製にこだわったのではないかと伝えられている。
ある意味でオリジナルのSSK同様、あるいはオリジナル以上に見かける機会が少ないクルマといえるかもしれない。そんな希少なゴジーSS、そのオーナー氏にイベント会場でお話を伺うことに。
兄から弟へ託された唯一無二の形見!
妙高で輝きを放つ、歴史を紡ぐ1台!!
「じつは私の兄が当時ガレーヂ伊太利屋で働いていたんです」と語ってくれたのはオーナーの喜多朋浩さん。このゴジーSSを製作依頼し、英国から日本に輸入していた、まさにその総本山・ガレーヂ伊太利屋で働いていたのが朋浩さんのお兄さんだった。
その後しばらくして、職場のつてからお兄さんがこのゴジーSSを入手することとなったとのこと。そんな経緯から、弟の朋浩さんにとっても身近な存在となったゴジーSSであったが、その後ほどなく、不幸にも朋浩さんのお兄さんが急逝してしまう。
「思いもよらない展開でしたが、私もクルマが好きだったものですから、兄の形見としてこのゴジーSSを引き継ぐことにしたんです」と朋浩さん。今は亡きお兄さんの想いも乗せて、今回のイベントにも参加しているわけだ。
まったくの門外漢が「あぁ、ひところあちこちで作られたSSKのレプリカのひとつでしょ?」と、したり顔でスルーすることもあるかもしれない。しかし、イベントで出会った朋浩さんのゴジーSSは、その関係者たちの並々ならぬ情熱と知識、そしてオーナーの想いが目一杯詰まった、世界にたった1台の特別なクルマなのである。
(Fact Check:山本 亨)
