ワンオーナーの奇跡をまとった12気筒ミッドシップ
1973年、フェラーリがフラッグシップモデルに初めて12気筒ミッドシップの市販スポーツカーとして市販したのが、「365BB」です。今回オークションに登場したのは、生産台数わずか387台という希少性にくわえ、新車時から一貫してひとりのオーナーに愛され続けてきた奇跡のような個体です。フェラーリのミッドシップ史の幕開けを告げた名車の歴史とともに、予想を大きく上回る落札額を叩き出した熱狂のオークション結果をお届けします。
保守的なフェラーリが放ったミッドシップの革新
ミッドエンジンレイアウトが少なくともレースにおいて有効であることは、1950年代にクーパーがこのレイアウトをフォーミュラカーに持ち込んだことで証明された。このある意味で革命的な世代交代(フロントエンジンからミッドシップへ)は、1950年代半ばに始まった。クーパーから遅れること2年、ポルシェは初のミッドエンジンスポーツカーとなるポルシェ「550」をデビューさせ、スポーツカーの分野においてもミッドエンジンの潮流を作り上げたのである。
この流れは市販スポーツカーにも波及し始め、1962年には世界初の市販ミッドエンジン車であるルネ ボネ「ジェット」が誕生する。ご存じのとおり、このレイアウトは運動性能的には確実にフロントエンジンやリアエンジンを凌駕していたが、いざ市販車となるとスペースの制約からほぼ2シーターに限定されたことが、一般化しなかった大きなハードルであった。しかし、もともと2シーターのスポーツカーにあっては大きな問題とはならず、60年代初頭から多くのメーカーが市販ミッドエンジン車を登場させた。
フェラーリは、比較的保守的な設計思想をこの当時は持っており、ディスクブレーキの採用やモノコックボディの採用なども、他ブランドに先んじてはいなかった。フェラーリが最初に市販ミッドシップを投入したのもフェラーリ「ディーノ」であり、ブランド的にはフェラーリではなかった。60年代後半には、ランボルギーニがランボルギーニ「ミウラ」を投入してミッドエンジンスーパーカーの先駆けになったことはご存じのとおり。そしてマセラティも、1971年にはマセラティ「ボーラ」を市場投入した。
そのフェラーリが、重い腰を上げてミッドエンジンモデルをデビューさせたのは1971年のこと。この年のトリノショーで産声を上げたのが、ベルリネッタ ボクサーの名を持ったフェラーリ「365BB」であった。もっともこの時は市販ではなく、あくまでもプロトタイプだ。ただ、その完成度はきわめて高く、市販は時間の問題といわれていたのだが、実際に登場したのは1973年になってからであった。
ボクサーの名を持ちながら180度V型12気筒エンジンとは!?
エンジンはBBの頭文字が示すようにボクサー、すなわち水平対向12気筒であるが、工学的にうるさい人にとっては、正式な水平対向エンジンではなく180度V型12気筒と呼ぶのが正しいという。その理由は、本来ボクサーエンジンは対向するピストンが逆方向に動くのだが、フェラーリの場合は各バンクの対応するコンロッドが同じクランクピンで連結されているため、2つのピストンが同じ方向に動くからだ。これが180度V12と呼ばれる所以であって、開発したマウロ フォルギエリ本人もその点を認めている。
とはいえ、フラット12であることに変わりはない。ティーポF102Aの名を持つこのエンジンは、フェラーリの長いフラット12の歴史のなかでも最初のロードユースのエンジンであった。そしてボア、ストロークのサイズならびにピストンとコンロッドは、フェラーリ「ディトナ」に搭載されていたV12と共通である。
ボディはアルミとスチールで作られ、コックピット周りのモノコックシェルと前後に伸びた鋼管フレームが結合されたものだ。ホイールベースは2500mm。工場リファレンスナンバーであるF 102 AB 100を持つシャシーに搭載され、すべてのシャシーナンバーはロードカーの奇数番号シーケンスで割り当てられている。
12気筒モデル初のミッドシップカーとなるデザインは、ピニンファリーナのデザイナーであるレオナルド フィオラヴァンティによるもので、スタイルのベースは1968年のトリノショーで発表されたフェラーリ「P6」に由来する。その長いフロントオーバーハングからグリーンハウスに向かうデザインは、まさにP6のそれと瓜二つである。
新車から半世紀をひとりのオーナーと過ごした奇跡の個体
シャシーナンバー17785、エンジンナンバー00053というこの個体は、2026年にフェラーリのクラシケを取得したモデルだ。1974年3月20日に完成し、イタリアの正規フェラーリ ディーラーである、ミラノのM ガストーネ クレパルディ アウトモビリにデリバリーされた。そしてイタリア国内のナンバーであるVA 423947で登録され、驚いたことにワンオーナーで今日に至っているのだ。
フェラーリのオフィシャルワークショップであるアウトフィチーナ ボニーニ カルロの記録によれば、この車両は2000年代初期から中頃にかけてレストアされ、バッケッリ&ヴィラ監修のもとボディワークの修復が行われている。当時からエンジンは好調であり、この時点でオーバーホールは行われていない。2020年になって、タイミングベルト交換を含む各種整備のため、アウトフィチーナ ボニーニ カルロに入庫した記録が残っている。
エクステリアは珍しいビアンコ ポロと呼ばれるホワイト。インテリアは黒のレザーで仕上げられている。そして52年間でひとりのオーナーが走った距離は、わずか21.653kmという少なさだった。
予想ハンマープライスは25万ユーロ〜32万5000ユーロ(邦貨換算約4625万円〜6013万円)といわれていたが、落札価格はそれを遥かに上回る43万8125ユーロ(邦貨換算約8106万円)であった。わずか387台という生産台数の少なさや、これまで50年以上にわたりワンオーナー車であること、そしてごくわずかな走行距離、フルマッチング、希少色など奇跡的な要素がいくつも揃っていたことが、コレクターに大いに評価されたのだろう。
※為替レートは1ユーロ=185円(2026年5月6日時点)で換算
