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3代目マツダ「コスモ」はスーパーカールックだった! 世界初の12Aロータリーターボ搭載車でした【カタログは語る】

ロータリーターボを搭載した3代目コスモ4ドアハードトップ

先進的で上質なクルマであることをアピールしていた

車名は共通でもマツダ コスモの歴代モデルの場合、ロータリーエンジン搭載車という共通項は変わらないものの、世代ごとのキャラクターは随分と異なっていた。もちろん1967年に発売となった初代コスモスポーツ(1964年の第11回東京モーターショー参考出品時の車名は「コスモ」だった)は別格で、日本初のロータリーエンジン搭載の市販車であり、2ローターとしては世界初。市販車とはいえ少量生産(記録によれば総生産台数は1176台)のまさに希少なスポーツカーだった。

コスモとしては大変革を経験した3代目

続く2代目コスモAPは、オイルショック直後の1975年に登場した。低公害を表わすAP(アンチ・ポリューション)を車名に加え、初代とは打って変わったラグジュアリークーペへと一新。ゴージャスさを際立たせた「L」もラインナップに加え、人気を集めるモデルとなった。

さらに文脈上1世代飛ばすと、1990年4月、ユーノスチャネルのフラッグシップモデルとして発売されたのが4代目コスモだ。本格的な3ナンバーボディに量産世界初だった3ローター、シーケンシャルツインターボを設定。世界初のGPSナビなども搭載した、文字どおり贅を尽くしたパーソナルクーペだった。

そして本稿の主題であるのが、1981年登場の3代目。この世代もまた、コスモとしては大変革を経験した世代だった。というのも、それまでまったく別の道を歩んでいたはずのルーチェといわば兄弟車の関係となり、車名違いで同等のラインナップが用意されるようになったため。

ちなみにそれ以前では、1971年に登場したロータリーエンジン搭載のサバンナ(初代)と、レシプロエンジン搭載のグランドファミリアが基本的に共通のボディを使った前例があった程度。だが、ここ(当時)にきて、コスモとルーチェが兄弟車になるとは一体どういうこと? と、若干の戸惑いとともに受け止めていたような覚えがある。

コスモのみ2ドアハードトップの設定があった

3代目コスモは、まず2ドアハードトップが登場、追って4ドアハードトップ、サルーン4ドアセダン(この時にルーチェの4ドアハードトップとサルーン)が登場した。つまりコスモのみ2ドアハードトップがあり、4ドア系がルーチェと兄弟車的な近似したクルマだったということになる。

外観ではコスモの2ドア&4ドアハードトップが角型4灯のリトラクタブルヘッドライトを採用する点が特徴だったが、これは「アソビの要素(すなわちスタイルのためのスタイル)を嫌い、あくまで機能的な造形美を出すことによってマツダの個性を主張(当時の広報資料より)」したものだったという。「引き算の美学」とは近年のマツダ車のデザインでも言われていることだが、それと相通じるといえるかもしれない。

ただし4ドアハードトップのリトラクタブルヘッドライトはやや斬新過ぎたか、途中で固定式ヘッドライトと薄いグリルを組み合わせた、往年のアストンマーティン・ラゴンダのようなマスクに。ちなみにルーチェは4ドアハードトップも当初からリトラクタブルヘッドライトは採用されておらず、固定式ヘッドライトだったが、ライトユニット自体はコスモよりワイドな別モノで、電気シェーバーの刃のようなグリルも専用。サルーンについてはコスモ、ルーチェいずれも薄型のメルセデス・ベンツ風グリルが装着されていた。

世界初の12Aロータリーターボを搭載

一方でインテリアでは、筆者的には当時のホームオーディオを思わす、エアダンパー付きソフトイジェクトカセットリッドを採用した正立型のカセットデッキ、室内の空調をムラなく整えるためのモータードライブスイングルーバー、グラフィカル電子インパネと呼ばれたデジタルメーターなどに注目した。シンプルでありつつも先進的で上質なクルマであることをアピールする装備だった。

ところでコスモといえばロータリーエンジンだが、実はこの4代目の2ドアハードトップが登場した瞬間には2Lのレシプロエンジンのみが用意された。その直後、4ドアハードトップとサルーンが追加されたタイミングで、サルーンに1.8Lと2.2Lディーゼルを設定。この時に同時に用意されたのが12Aロータリーだった。

これは「6PI」と呼ばれ、排気ポートをプライマリーポート、セカンダリーポート、セカンダリーポートの補助ポートという構成。これに高性能マイクロコンピュータを組み合わせることでトルク、燃費、静粛性の向上を図ったものだった。

そして1982年9月になると、3代目コスモの目玉でもあった世界初の12Aロータリーターボが発売に。

1982年秋、世界初のロータリーターボに、私達は「全域全速ターボの名を冠して世に問うた。「ついに」という思いが、私達にはあった。低速から高速まで、あらゆる領域でパワーとレスポンスを発揮できなければ「速い」エンジンとはいえない、というのが私達の主張」と切々と語られたカタログの文面からは、排気ガスのインパクトを利用しやすい「くの字」に折れ曲がったタービン形状の説明など、静かながらも熱い思いが伝わってくる。165ps/23.0kgmのスペックは、当時の試乗の記憶を辿れば、「とにかく速い」のひとことだった。

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