サイトアイコン AUTO MESSE WEB(オートメッセウェブ)

「まるでコタツに収まった家族のように会話が弾む」自動車ライターを満足させたのはフィアット「ムルティプラ」でした【忘れじの車】

醜いクルマとしてマニアの間では愛されているムルティプラ

チャンスがあればもう一度運転したい

自動車メディアに長く携わっている業界関係者に、心に残っているクルマとの思い出を語ってもらいました。今回は、自動車ライター・西川 淳さんがフィアット「ムルティプラ」にまつわるストーリーをお送りします。

個性的でかっこいいイタリアンカー

イタリアのクルマは美しい。そういう思い込みがある。けれども本当に美しいスタイルのイタリアンカーって実は少ないと思う。その代わり実に個性的なカタチのモデルは多い。美人は三日で飽きるというけれど、イタリアンブランドのカーデザイナーはそれを知って確信犯的に“引っ掛かる”スタイルを世に送り出す。それゆえ多くの人には理解不能なデザインでも、熱狂的なファンが生まれる。それでいい。そうじゃなきゃ、これだけたくさんの自動車メーカーの存在する価値がないというものじゃないか。

私は今も「パンダクロス」と「ヌォーヴァチンク」を所有するフィアット好きだけれど、この2台にしたって決して美しいデザインではない。けれども個性的で実にかっこいい、と思って買った。そこが大事だ。人の評価なんて関係ない(おそらく筆者らヒョーロンカの意見も)。

20年前にイタリア旅行でレンタル

筆者にとって最も思い出深いイタリア車の1台、(新しい方の)フィアット「ムルティプラ」などはその最たるモデルだろう。前3人、後3人、今でもイタリアの田舎に行くとタクシーで見かけることがあるけれど、その機能性の高さはともかく、だからと言ってよくもまぁ、あれほどユニークなデザイン(内外装ともに!)にできたものだと、デビュー当時はかえって感心した。そのうえ、運転してみればルノー カングーも真っ青のドライバビリティを持ったクルマで、運転好きをもトリコにしたのだった。

運転して楽しいクルマであることがわかっていたので、イタリアでとあるドライブ旅行を企画した際、迷うことなくムルティプラをレンタルした。ちょうど20年前のことだった。

総勢6名でムルティプラを駆け巡る

そのドライブ旅行とは私たち夫婦のイタリア好きに感化されたのか、健在だった両親2組もイタリアへ行きたいとなり、イタリアグッズをネットで商っていた妻が企画し、私がドライバー役でイタリアの名所を巡るというプライベートツアーだった。総勢6名。ミニバンが必要だ。ムルティプラしかない!

というわけで新緑映える5月の北イタリアを1週間ほどムルティプラで駆け巡った。訪れた街は、ミラノ、ヴェローナ、ヴェネツィア、マントヴァ、ボローニャ、フィエーゾレ、フィレンツェ、キアンティ、シエナ、サンジミニャーノ、ピサ、ポルトヴェーネレ、チンクェテッレ、と、今思えばその後の20年でも好きでよく立ち寄った街ばかり。無意識に思い出を辿っていたのかもしれない。

それはともかく、ムルティプラに6人フル乗車のドライブは本当に楽しかった。3列ミニバンでは絶対に味わえない車内の一体感がある、とでも言おうか。2−2−2の配置で座ってしまうと、最前列と最後列とでは会話もままならないし、表情もよく見えない。それじゃせっかくの家族旅行は台無しだ。みんなが知らない道を走りながら、きれいな景色や街並み、珍しい物について話題を共有しながらドライブすることが最上のエンターテイメントなのだから。

3−3配置のムルティプラならそれが可能だ。まるでコタツに収まった家族のように会話が弾む。ドライバーの私は、中央に座った妻のナビを頼りに運転に集中していたけれど、自然と聞こえてくる会話を聞きながら楽しんでいた。クルマにはナビがついていたと思うけれど、アテにはならなかったと思う。何しろその前か後に同じムルティプラで友人を連れて旅をした時には、ローマの前で真っ白になってしまい泡食った。それをフィアットの友人に伝えると、「アフリカの地図は入ってないよ」と笑われたものだ。いい時代である。

今となってはネオクラシックモデル

いったい何キロ走ったんだろう。2000キロくらいだろうか。ムルティプラは疲れ知らずで、とてもよくできたグラントゥーリズモだという印象しか私にはない。マニュアルミッションだし、LPG併用で補給の仕方もよくわからなかったけれど、とにかく全行程のドライブを楽しんでいたのだ。高い位置に座ってのマニュアル操作はまさにクルマを運転しているという気分だった。幅が広いにもかかわらず、イタリアの細々とした街中でもスイスイといけたし、高速クルージングも得意で、なんならカントリーロードでは運転手を大いに喜ばせた。それでいてパッセンジャーからの苦情が少なかったようにも思う。そんなMPVは他にない。

今となってはネオクラシックモデル。日本で普段見かけることは、イタ車のイベントにでも行かない限りなくなった。けれどもチャンスがあればもう一度運転してみたいフィアットである。距離の少ない個体があれば欲しいくらいだ。

モバイルバージョンを終了