1994年式 フェラーリ456GT
「クラシックカーって実際に運転してみると、どうなの……?」という疑問にお答えするべくスタートした、クラシック/ヤングタイマーのクルマを対象とするテストドライブ企画「旧車ソムリエ」。今回セレクトしたクルマは、90年代フェラーリのフラッグシップ「456GT」である。
21世紀を見据えた、新世代のV12・4シーターフェラーリ
1985年以来、フェラーリのフラッグシップであったゴージャスな2+2ツアラー「412」は、もともと1972年にデビューした「365GT4 2+2」のマイナーチェンジ&排気量拡大版。誕生以来20年の時を経て旧態化が否めなかったのだが、1992年にデビューした456GT 2+2はそんなイメージを一変させることになる。
1960年に「250GT 2+2」が登場して以来、それまでの4座席モデルはやや旧式なメカニズムで構成されていた、あるいは2シーター版の先進技術を後追いで踏襲したコンベンショナルなモデルだったのに対して、456GTではトランスミッションとディファレンシャルをまとめて後輪側に置いたトランスアクスルのレイアウトや、412よりも10cmも短い2600mmのホイールベースがもたらすアジリティなど、先進性やスポーツ性を明確に打ち出していた。
また、ボディのアルミパネルと鋼管フレームを溶接するため「FERAN」と呼ばれた中間材を採用。さらに巨大なエンジンカウルをハニカム構造のコンポジット製とするなどのデバイスで、軽量化と高剛性の両立を模索した結果として、412時代を大きく下回る1690kg(本国仕様のメーカー公表値)の車両重量を実現した。
一方、完全新開発となった「ティーポF116」型65度V型12気筒5473ccのエンジンは、当時のフェラーリ市販モデルの中では最強となる442psを発生。フェラーリ市販モデルでは初の採用となる6速マニュアルトランスミッションとの組み合わせで、最高速300km/hをゆうに超える動力性能でも世界を圧倒した。
2+2とは思えないほどにスタイリッシュなボディの製作は、この時代のフェラーリでは常道であるカロッツェリア・ピニンファリーナによるもの。所属スタイリストのピエトロ・カマルデッラがデザインワークを担当し、FRフェラーリの名作「365GTB/4デイトナ」を意識した、アグレッシブなファストバックスタイルとなった。
くわえて、発表時のカタログや公式ドキュメントには「Ferrari」の左右に、小さな「MODENA」と「ITALIA」の文字があしらわれた、1960~70年代の旧いロゴも採用。一説によると、これらはすべてかつての栄光を前面にアピールしようとした、ルカ・ディ・モンテゼーモロ会長の「鶴のひと声」で決定したとも言われている。ただし、250GT 2+2から伝承された車名の「2+2」が公式に使用されたのはデビューからしばらくの間だけで、ほどなく「456GT」に統一されることになる。
そしてモンテゼーモロ会長は、それまでのフェラーリ製ストラダーレでは若干プライオリティが低かったクオリティについても向上を目指したものの、新機軸と先鋭的なテクノロジーを大量投入した456GTは、次から次へと初期トラブルに見舞われてしまう。
とくにデビューの4年後、1996年に追加設定された4速ATモデル「456GTA」では、英国リカルド社と共同開発したとされるオートマティック変速機に重篤なトラブルが頻発。456GT全体のイメージを、少なからず損ねてしまうことになった。
それでも、内外装をリフレッシュしたビッグマイナーチェンジ版として1998年にデビューした「456M GT/456M GTA」では、懸案の信頼性もかなりのレベルまで向上していたとは言われながらも、2003年に生産を終えるまでにラインオフした台数は、456GTで1548台、456GTAでは403台。456M GTは688台、そして456M GTAが650台。つまり総計でも3289台という、11年間の長い生産期間を勘案すれば若干少なめな数字に終わったのだ。
むせかえるほどに濃厚な、古典的FRフェラーリの味わい
フェラーリのマラネッロ本社に面する有名なテストコース「ピスタ・ディ・フィオラーノ」でのラップタイムでは、同時代のミッドシップのスーパースポーツ「512TR」をも凌駕したという456GT。でも誕生から30年を経た今では、その走りの本質について取り上げられる機会は皆無に等しいようだ。
また、マイナートラブルにまつわる噂ばかりが先行していることから、筆者自身にとっても約30年ぶりとなる456GTのドライブは、期待と不安が入り混じったものとなった。それでも、エレガントな濃紺のボディによく似合う、黄色味の強いベージュのコノリー社製レザーハイドを組み合わせたインテリアに身を収めると、自然に心が躍ってくる。
キャビン内の雰囲気はクラシック・フェラーリ、とくに1960年代の「スーパーアメリカ」を90年代に昇華させたようなゴージャスきわまるデザインながら、この後のフェラーリのキッチリしたつくりとは異なり、とくに年月を経るとかなりヤレ感が出てしまう。
でも、そのハンドメイド感がたまらなく魅力的であることも間違いない。四角い空調アウトレットの下に並ぶ、5個のメーターとピニンファリーナの「フラッグ」。コンソールボックス側に設けられたオーディオなど、あらゆる部位が美しくてクラシカル。
後継である「612スカリエッティ」の、ちょっと子どもっぽさを感じさせるデザインの計器盤とは打って変わって、こちらのヴェリア社製メーターは昔ながらの繊細な美しさを感じさせるなど、すべてがフェラーリを知り尽くした、大人のエンスージアストの審美眼にも耐えうるものである。
フェラーリの古典と変革のクロッシングポイント
そしていよいよ、65度V12・48バルブのエンジンを始動する時が訪れた。
現在のV12フェラーリは、ロールス・ロイスなどとよく似たクランキング音であるのに対し、456GTはテスタロッサ時代から継承された「キュゥゥゥゥ」という独特のセルモーター作動音のあと、12本のシリンダーに火が入る。
この456GTで初採用された6速MTのシフトレバーは、それまでの5速のような、いわゆる「レーシングパターン」ではない。だから、1速をセレクトする際に左側手元に引き寄せる時に覚える「自分はいま、フェラーリに乗っている!」というような高揚感には少々欠ける気もする。くわえて、暖まるまでは操作感がやたらと渋いのは、トランスミッションがリアアクスル側に置かれ、ケーブルを介するトランスアクスル型式だからなのだろうか……。
それでも適度な重さのパワーステアリングや、1980年代以前のフェラーリに比べれば軽めのクラッチに安心しつつ、まずは住宅街から抜け出すことにした。
欧州某国の自動車部品メーカーで海外駐在員を務める若きオーナー氏いわく、この個体はV12エンジンの電制系に若干のトラブルを抱えているのか、とくに低速域でのトルクが細い気がする、とのこと。たしかに低速域ではトルクの乗りが今ひとつで、「ビュワーン」という2000rpm以下のサウンドも、とても静か。たとえばBMW「850i」や、さらに言ってしまえばトヨタ「センチュリー」あたりの、より穏当なV12エンジンと大差はない。
でもせっかくフェラーリに乗っているというのに、そんな走り方ばかりではつまらない。意を決してスロットルを踏み込むと、とたんに442psというパワーが伊達ではないことを実感させられるとともに、いかにもフェラーリらしい凄まじい切れ味のレスポンスに狂喜している自分に気がつく。
3000rpmくらいで流している時に右足にちょっと力を込めると、それまではハミングのようだったエキゾーストサウンドが、朗々としたテノールに変容する。また、シフトダウンの際に軽くブリッピングを与えたつもりが、「ファンッ!」という咆哮一発、予想以上に吹け上がってしまう。音への好みもあるのだろうが、直噴化された現代のフェラーリV12で耳につく少々濁りのある咆哮よりも、こちらの澄んだサウンドは最上の魅力に感じられる。
そして始動直後には渋かったシフトフィールも、しばらく走行することでギアボックスが温まってくると、すっかりなじんでくるようだ。レバーを極力シフトゲートにこすらないよう注意しつつ、「ガキンッ」という独特の感触を楽しめるようになると、がぜん「フェラーリに乗っている!」という自己満足に浸ることができる。
フェラーリの伝統である鋼管スペースフレーム+アルミボディは、612スカリエッティ以降のアルミ製スペースフレームと比べれば明らかに「緩い」。ただし、この緩さは主にボディの艤装について体感できるものであり、肝心のサスペンションを支えるフレームは堅牢なもののように感じられる。
くわえて、トランスアクスルを採用することでシャシーバランスを追求した結果だろうか、それまでの4座席V12フェラーリのような重々しい感じはまったくなく、路面のインフォメーションを確実に届けるステアフィールも合わせて、この上なく軽快。街中を流す程度の速度域でも、卓越したハンドリングを心ゆくまで楽しむことができる。
612スカリエッティ以降の4座席フェラーリは、たしかにスポーツカーとしての総合性能やプロダクトとしての完成度は、もはや456GTとは比べようもないくらいに進化していることは認めざるを得ない。でも、この濃密さと繊細な危うさに切れ味を両立した独特の世界観こそ、筆者が長らく憧れてきたフェラーリのもの。旧き佳きフェラーリの血脈を感じさせる。
456GTはマラネッロの革新の端緒となったモデルでありながら、フェラーリの古典的な魅力と味わいを残した最後の1台でもあった。今回のテストドライブで、筆者はそう実感したのである。
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