現代に続くメルセデスSLシリーズの開祖は、300SLの廉価版
クラシックカーのオークション業界では名門として知られる英国ボナムズ社が、2025年1月25日に北米アリゾナ州スコッツデールのコンクール・デレガンス付随イベントとして開催した「Scottsdale 2025」オークションでは、新車だった時代の雰囲気を残したカラーリングのメルセデス・ベンツ「190SL」が出品されました。今回はこのモデルのあらましと、注目のオークション結果についてお伝えします。
伝説のアイコンにあやかった、アメリカ好みのロードスター
昔も今も世界最大のスポーツカーマーケットであるアメリカ合衆国のカーマニアは常にオープンスポーツカーを好み、とくに第二次世界大戦終結から間もない時期には、アメリカの広大な道路網を安楽かつ軽快にクルージングできるようなコンバーチブルが高い人気を博していた。
この時代のヨーロッパ車の輸入業者として、北米東海岸において絶大な影響力を有するとともにメルセデス・ベンツ「300SL」、BMW「503/507」、ポルシェ「356スピードスター」、そしてアルファ ロメオ「ジュリエッタ スパイダー」の生みの親としても知られていたマックス・ホフマンは、自らが生み出した伝説の300SLと並行して販売できるような、よりシンプルで安価なコンバーチブル・モデルを作るようにダイムラー・ベンツ社の経営陣を説得するため、多大な影響力を行使した。
それまで、ホフマンのアドバイスから絶大な恩恵を受けていたダイムラー・ベンツ首脳陣は、彼の提案を最大限に活用。象徴的な「ガルウイング」から明らかにデザインのインスピレーションを得た、スタイリッシュな4気筒コンバーチブルを製作した。
180用のエンジンをチューンして搭載
こうして生まれた「190SL」だが、300SLの高度な鋼管スペースフレームの踏襲は価格を高騰させてしまうことから当然無理なことだった。そこで、メルセデスの大人しいファミリーサルーン「180(通称ポントン)」用のホイールベースを短縮したフロアパンに、プロポーションからディテールに至るまで300SLに似せたスタイリングのコンバーチブルボディを組み合わせたフルモノコックを採用。これも180用の直列4気筒1.8Lエンジンを、SOHC化するとともに1.9Lまでスケールアップし、2基のソレックス社製キャブレターで軽くチューンしてマウントした。いうなれば「プアマンズ300SL」である。
また「M121」型エンジンの発生するパワー/トルクは、300SLの約半分に相当する105ps/14.5kgmという、いたって常識的なもの。そして、マキシマムスピードに至っては171km/hに過ぎなかった。それでも、180ポントンのメカニカルコンポーネンツを使用することでコストを大幅に抑えることに成功していたかたわらで、メルセデス・ベンツの顧客が期待するようなメルセデス持ち前の品質を犠牲にすることはなかった。
そしてホフマンの目論みどおり、アメリカのモータリストはこのスタイリッシュなドイツ製ロードスターに夢中になってゆくのだ。
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50年代アメリカの空気を感じさせるレストア
今回ボナムズ「Scottsdale 2025」オークションに出品された190SLは、メルセデス・ベンツのスタイリッシュなロードスター創成期を代表する、美しい1台である。
「ホライゾン・ブルー(DB304)」のペイントワーク、対照的な「ライトクリーム」のレザー張り、ダークブルーのモヘア地ソフトトップという魅力的なカラースキームで、新車としてジンテルフィンゲン工場からラインオフされたときと同じように仕上げられ、この人気のコンバーチブルの屈託のない魅力を凝縮している。
この190SLは、時期はかなり古いが高品質なレストアが施されたようで、ショーカーとして活躍していた時代から入念にメンテナンスされてきたという。
レストアのクオリティを裏付けるように、この個体は過去にメルセデス190SLのワンメイク・コンクールでの受賞歴があり、その際のトロフィーは販売時に添付されている。また、細部に至るまで正真正銘のディテールを保っており、付属されたファクトリー発行のデータカードにあるように、マッチングナンバーのエンジンを保持しているとのことである。
また魅力的なペイントワークだけでなく、質の高いメッキによるブライトワークやトリムもポップな雰囲気。「ドッグディッシュ」と呼ばれる純正ホイールキャップは、センター部分がボディ同色の仕上げとされるうえに、ポリッシュ仕上げのホイールトリムやコンチネンタル社製「コンチクラシック」ホワイトウォールつきタイヤで、現役当時風のアメリカンなスタイルに仕立てられている。
レストアとサービス履歴を収めたバインダーファイルも付属
いっぽうキャビンにはホワイトレザーのシート、ドアカード、ダッシュトップが装備され、ダークグレーの角織カーペットと本格的なラバー製オーバーマットが敷かれている。くわえて、300SLの系譜がもっとも顕著に表れているダッシュボードには、VDO製の計器類と上質なクロームメッキのスイッチギアが並んでいる。
さらに、当時仕様の「ベッカー(Becker)」社製ラジオを装備し、純正のオーナーズマニュアルにデータカード、スペアキー、ツールキット、ジャッキ、ダークブルーのお揃いのトランクカバー、レストアとサービス履歴を収めたバインダーファイルが付属している。
オークション公式カタログ内で、
「190SLはコレクターの永遠の憧れであり、楽しいドライビング体験、メルセデス・ベンツの卓越した品質、美しいスタイリングを、親しみやすく使いやすいパッケージで提供している」
と謳ったボナムズ社は、15万ドル~20万ドル(邦貨換算約2340万円〜約3120万円)という、このモデルとしてはかなり強気ともいえそうなエスティメート(推定落札価格)を設定。この日の競売が終わってみればエスティメート範囲内に収まる15万6000ドル、現在のレートで日本円に換算すれば、約2430万円で落札されることになったのだ。
現代の国際クラシックカー市場では、そのオマージュの対象である伝説のスーパースポーツ、300SLが猛烈な価格高騰ぶりを見せてきた市況に引っ張り上げられるかのように、190SLや後継のR113系SL、さらにはR107系SLもあとを追うように相場価格を上昇させていることは周知の事実。そして今回のハンマープライスも、そんなマーケットの流れの一環と思われるのである。
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