メルセデス・ベンツ独自の安全性をQ&A形式で解説
メルセデス・ベンツといえば安全なクルマ、というのは、日本に輸入され始めた時代から現代に至るまで、もはや共通認識といえるでしょう。40年にわたり正規ディーラーで活動した筆者が現役時代にユーザーたちに説明してきた、メルセデス・ベンツの独自の安全性をQ&A方式で具体的に解説していきます。
「シャシーはエンジンよりも速く」の意味は?
メルセデス・ベンツの走行安全性は、ひと言でいえば「シャシーはエンジンよりも速く」の設計哲学です。メルセデス・ベンツのエンジニアたちがつねに心に打ち込んできた名文句で、「エンジン性能を上回るシャシー性能こそ、スピードと安全の追求に欠かせない」としています。
メルセデス・ベンツが言う高性能車とは、「走る性能・曲がる性能・止まる性能」がそれぞれ確実に効果を発揮し、しかもクルマ全体のバランスがとれたクルマです。いわゆるスーパーカーのようにエンジンパワーが強すぎてコントロールの難しいクルマ、これはメルセデス・ベンツでは不合格です。適度なパワーのエンジン性能をフルに駆使させても、なおも余裕あるサスペンション、そしてブレーキ、操縦性等、メルセデス・ベンツの言う安全なクルマとは、誰にでもコントロールできるクルマであるということが第1条件となっています。
例えば、1972年入社当時に筆者が見せられたメルセデス・ベンツの「セーフティ・ファースト」というフィルムに、次のような印象的なシーンがありました。
【1】1台のメルセデス・ベンツが2車線の道路を高速で素っ飛んでくる。
【2】いきなり大型ダンプカーが物陰から鼻を出す。
【3】メルセデス・ベンツはとっさにブレーキを踏み、急ハンドルを切って隣の車線に逃れる。
【4】しかし、もう目前には対向車が迫ってきている。
【5】正面衝突の危険を避けるために、またしてもハンドルを急激に切って元の車線に走り込む。
メルセデス・ベンツは、この複雑な「走る・曲がる・止まる」操作を、腕が良いテストドライバーではなく、誰にでも難なくコントロールできるようにすることを走行安全性の第1条件にしています。
ニュートラルに近い弱アンダーステア設定とは?
メルセデス・ベンツのエンジニアたちは「コーナリングはニュートラルに近い弱アンダーステアが最も好ましい」と、はっきりと言い切っています(曲がる性能)。もちろん、適度のロールも与えています。つまり、オーバーステアの性格をもっているクルマでは、ある時に突然、カーブに対して逆にハンドルを切らなければならない場合も生じます。ニュートラルに近い弱アンダーステアなら、少しずつ切り足して行けばよいので、いわば、誰にでも容易に運転できるのです。
ABS(アンチロック・ブレーキング・システム)とは?
メルセデス・ベンツは止まる性能としてすでに、1963年から油圧式デュアルサーキットシステムを全乗用車に装備していました。さらに、ABS(アンチロック・ブレーキング・システム)が世界に先駆けて1978年「Sクラス/W116」にオプション設定で4輪に搭載されました。このABSはじつに延べ3500万kmの走行テストの末に生まれました。簡単にいえば、フルブレーキ時のタイヤロック(タイヤが転がらない状態)を防止し、ステアリング操作による危険回避を可能とするシステムです(1970年にアナログ式、1979年にデジタル式を発表)。
ABSはいずれかのタイヤがロックしそうになると、コントロールユニットによりロックしそうなタイヤのブレーキ圧が弱められタイヤがロックするのを防ぎ、また、ブレーキ圧を高める制御(ポンピング)を繰り返し行い、車両の安定性を確保します。ABSで最も重要な構成部品は、個々の車輪の速度センサーです。これらのセンサーからの信号によってコントロールユニットは各タイヤのブレーキ圧を決定します。濡れた路面や凍結などの滑りやすい路面に限らず、乾いた路面でもパニックブレーキ操作時にタイヤがロックするのを防ぎ、危険回避のステアリング操作が可能です。
なぜ、小型車に最高の足まわりを採用したのか? マルチリンク・リアサスペンションの特徴は?
もっぱらレーストラックのための技術だった四輪独立懸架を備えた「世界で最初の量産車」は、1931年に登場したメルセデス・ベンツ初の小型車「170/W15」でした。スポーツカーでも高級車でもなく、なぜ小型車なのかって? そこには、「乗り心地や安全性が二の次にされがちな小型車にこそ、それを克服するための新技術を優先して採用すべきである」という、メルセデス・ベンツ設計者の強い意志があったのです。
そして1982年、「世界初の画期的なマルチリンク・リアサスペンション」を搭載した「190/W201」シリーズへと受け継がれました。この独立懸架のマルチリンク・リアサスペンションは、13年の歳月をかけ、実際のテストとコンピュータ・シミュレーションを駆使して開発され、大型サルーンに匹敵する乗り心地、操縦性、安全性をコンパクトな190/W201シリーズにもたらしました。
後輪は各々適切に配置された「5本のリンク」によって位置決めされ、快適な乗り心地に必要なしなやかさを持ち、操縦性への悪影響を抑え、路面からのショックを吸収し、優れたロードホールディングを実現しました。そして、今や高級車の主流になっています。
いずれにしてもどんな路面状況においても、タイヤの接地具合、クルマの方向安定性を正確にドライバーに伝えるのが、メルセデス・ベンツの足まわりの特徴と昔から言われています。
レインランネルとは?
家にも雨樋があるように、メルセデス・ベンツでも雨樋・レインランネル(溝)を設けて、人間工学的に視界を確保するように設計しています。まずフロントワイパーによって拭き払った雨滴はフロントピラーのレインランネルへと流れます。そしてルーフへと流れ、リアピラー両側とルーフ後端のレインランネルに導かれ、最後にリアウインドウの両側面に排出します。
つまり、フロントピラーのレインランネルは雨滴がドアウインドウ側に流れることを防ぎ、側面視界やドアミラーの視認性を確保します。リアピラーやルーフ後端のレインランネルは雨滴をルーフやボディサイドからリアウインドウ両側面に流して後方視界を確保しています。
とくに注目すべき点は、ドアミラーのケースにもレインランネルを設けて視界を確保していることです。
なぜ、メーター類はアナログ式なのか?
メルセデス・ベンツのメーター類がアナログメーターを基本としているのは、「表示が針」であり、指針が示す数字を見ればひと目で、直感的にすばやく頭の中で理解できるからです。しかも指針が示す数字の前後状況もすばやく把握でき、相対関係をひと目で判断することができます(相対値)。
たとえば、現在のスピードを落とさなければならない時、どれくらいの間隔でアクセルを離さなければならないとか、またその逆の場合にも言えます。また、メーター類はダッシュボードの上端を盛り上げ、ひさしの中央にセットしてあるのは、ドライバーがハンドルを握りながら、前方視界よりほんの少しだけ目線を落とすだけで、容易に確認でき運転に集中できるからです。
メルセデス・ベンツのメーター類の特徴は、エルゴノミクス(人間工学)・生理学・心理学を追求したデザインとその見やすい配置です。つまり、ドライバーをつねに快適な気分に保ち、疲労させないことであり、その疲労の主な原因である目を極力疲れさせないために、メルセデス・ベンツは知覚安全性を施しているのです。なぜなら、目が疲れると身体全体が疲れたように感じ、反射神経も鈍るからです。
コンビネーション・スイッチレバーとは?
運転中頻繁に、あるいは急に必要とする操作をこの1本のコンビネーション・スイッチレバーに集約しています。上下に倒すとウインカー、手前に引くとパッシング、レバーをつまんで捻るとワイパー、押し込むとウォッシャー、そして奥へ倒せばヘッドライトのハイビーム/ロービーム切り換えの機能を発揮する便利屋さんです。
この多くの機能を発揮するメルセデス・ベンツ独自のコンビネーション・スイッチレバーを採用したのは、1971年発売の「SLクラス/R107」からです。以来50年以上、この独創的なコンビネーション・スイッチレバーは、改良を重ね全メルセデス・ベンツ乗用車に継承され、また他の操作類も手の届きやすい位置に配置しているのは、運転上の操作安全性を重視しているからです。
ハンドルの直径は何cm? グリップの太さは? そしてどう握るべき?
長時間運転するドライバーにとって、およそ背巾ぐらいの径のハンドルが最も好ましく、またグリップも太い方が疲れにくいとされています。「Cクラス/W204」および「Eクラス/W212」の直径は38.5cm、「Sクラス/W221」の直径は39cm、筆者の背巾は45cmです。その差は6~6.5cmとなるので、ごく自然に手を伸ばせばハンドルを握ることができます。このことが長距離運転をしても疲れない原因になっているわけです。
グリップは適度に太い方が良いということも、永年にわたる経験の結果、このような結論に達しています。つまり、細いグリップのハンドルを長時間握っていると、手の血行に影響を及ぼし、手のひらの感覚が無くなってしまうことがあるからです。また、ある程度太い方が握る力も少なくて済み、同時に疲労も少なくなります。しかも、最近のメルセデス・ベンツのグリップは、本皮巻きが標準仕様になり、より太くなってきています。
筆者が計測したメルセデス・ベンツモデルのグリップの円周の長さは、Cクラス/W204=11.3cm、Eクラス/W212=11.3cm、Sクラス/W221(ウッド部分)=9.5cmです。グリップの表面直径は、Cクラス/W204=3.2cm、Eクラス/W212=3.2cm、Sクラス/W221=2.8cm(ウッド部分)。また、グリップの奥行きは、Cクラス/W204=3.8cm、Eクラス/W212=3.8cm、Sクラス/W221=3.2cm(ウッド部分)となっています。
なぜ奥行きまで計測したかといえば、グリップは単に丸形ではなく、表面から手のひらへ向かって円錐形状になっており、手のひらで握りやすくなっているからです。
昔からハンドルはどう握るべきか、いろんな説があります。筆者は小学年の頃、文鳥やカナリアを育てた経験がありますが読者の皆さんはどうですか? メルセデス・ベンツは、ちょうど手のひらに小鳥をつかんでいるように握る程度が良いとしています。つまり、小鳥はきつく握りしめれば、まいってしまいますし、やわらかく握りしめていれば、うっかりしていると逃げ出してしまいます。従って、太いハンドルを適度の力で、小鳥をつかんでいるように握るのがコツになります。
ハンドルの材質、グリップ、芯はどのようになっているのか?
筆者も以前からメルセデス・ベンツのハンドル材質/グリップ/芯には非常に興味があり、Eクラス前期/W210とEクラス/W212のハンドルをサンダーでメスを入れ解剖してみました。
Eクラス前期/W210のステアリングを握る部分の材質は、やや柔らかいラバークッションの一体構造となっており、握りも丸形で柔らくなっています。一方、Eクラス/W212のハンドルを握る材質は本皮巻きが標準仕様になり、ずいぶんと硬く、またグリップ形状も異なり太くなっています。つまり、本皮巻きとなると、その縫い目をステアリングホイールにしっかりと巻きつけなければならないため硬くなり、しかも太くなっています。
Eクラス前期/W210のステアリングの芯は、丸形状の鉄製で中は空洞ですがかなり重たくなっています。握りの部分はやや柔らかいラバークッションの一体構造になっており、表面は滑らないようにシボ加工してあります。グリップの円周は円形で9.5cm、グリップの奥行きは3cmとなっており、表面も同じ3cmと全く円形になっています。
一方、Eクラス/W212のステアリングの芯は、円錐形状のアルミ合金を抱き合わせており空洞で軽量化を図っています。握りの部分は本皮を硬いラバークッション部分に貼り合わせ、しかも縫い合わせてあります。また、グリップの円周は円錐形状で、10.5cmとEクラス前期/W210よりも1cm大きくなっています。グリップの奥行きは3.8cmとかなり大きくなっています。
