86年にわたるメルセデス・ベンツの安全性への取り組み
メルセデス・ベンツでは1939年から安全性の研究をスタート。数々の独自の技術を開発して「安全なクルマ」というブランド価値を確立するとともに、それれ特許を無料で公開してきました。40年にわたり正規ディーラーで活動した筆者が現役時代にユーザーたちに説明してきた、メルセデス・ベンツの独自の安全性をQ&A方式で具体的に解説していきます。
歩行者や自転車の安全性は、どう対策している?
ボディ全体は丸みを持たせ、しかも突起物は可倒式にし、道路使用者である歩行者や自転車の安全性を重視しています。フロントバンパーは歩行者と最初に接触することが多いため、発泡材を詰めた埋め込み型の衝撃吸収構造を採用しダメージを少しでも軽減し、負傷を最小限に抑えるようになっています。くわえて合わせガラス製のフロントガラス、可倒式サイドミラー、丸みを帯びたドアハンドル、埋め込み式フロントワイパー等があり、長年にわたって優れた歩行者保護を提供しています。
また、事故調査によると、歩行者はボンネットで頭部を強打して負傷するケースが多いことが判明しました。例えば「Cクラス/W204」では、歩行者の頭部がボンネットに当たった場合は、ある程度変形するように設計しています。ボンネット内の変形部分は、エンジン、ストラットタワー(フロント・サスペンション上部)、各リザーバータンク、制御ユニットの位置を下げ、ボディまでの空間を確保することで拡大しています。
さらに「Eクラス/W212」には、歩行者の安全性をさらに高めるため、初めて「アクティブボンネット」が採用されています。歩行者との衝撃が発生すると、フロントバンパー内のセンサーが感知し、スプリング式のエンジンフードの後端が瞬時にして約5cm持ち上がり、エンジンフードとエンジン間の空間が広がり、歩行者が受ける衝撃をさらに緩和しています。しかも、倒れかかる歩行者をソフトに受け止めるように、全体的に丸みを帯びたデザインとなっています。
あのフロントに輝く「スリ-ポインテッド・スター」のマスコットも歩行者を傷つけないように「可倒式」になっており、安全のために頭を下げます(現在、このマスコットはSクラスのみで、他モデルは黒の下地でラジエターグリルの中央に位置し、その機能は革新技術の各センサーがぎっしりと埋め込まれている)。
ボディ前後は衝撃吸収式構造にし、客室は頑丈に造り乗員を守る設計とは?
ボディ前後の部分は潰れやすくする(クラッシャブルゾーン)ことで衝撃を吸収し、客室への影響を最小限度に止めます。逆に客室(パッセンジャーセル)は激しい衝撃にも決して壊れることのない堅牢な客室設計にし乗員を守ります。
仮にフロントに10の衝撃のエネルギーが加わったとしたとすると、客室のフロントピラーには1の衝撃エネルギーしか伝わらない構造にしてあるわけです。つまり、フロント部分で9の衝撃エネルギーを吸収し、客室の乗員を守っています。
前面衝突の衝撃吸収分散エリアとは?
メルセデス・ベンツは1974年に正面衝突の約75%がオフセット衝突であるという、事故調査による事実を受け、その事故形態を再現する衝突実験を始めています。そして1979年のSクラスから採用した三叉(さんさ)式緩衝システムは、まさにオフセット衝突実験を繰り返して開発されたものです。1995年には、インテグラルサポートフレームがEクラス/W210に最初に採用されました。
今や、このフロント衝撃吸収能力は、主に4エリアに分散して吸収する構造になっています。例えば、2013年のSクラス/W222では、【1】サイドメンバー上部、【2】クロスメンバーとサイドメンバー中間部、【3】インテグラルサポート、【4】フロントホイールとサイドスカートの4エリアです。
側面に対する剛性はどのようになっている?
乗員が極めて大きなダメージを負った事故の約43%が側面衝突で、これは実際の事故調査から判明した事実です。側面は、フロントの衝撃吸収能力に比べて衝撃力を吸収するスペースがないので、より強度に優れる高張力鋼板を使用することで衝撃力を分散し客室を保護しなければなりません。
このため、メルセデス・ベンツは頑強なドア、多層構造のピラー、高強度のルーフレールやサイドメンバー、高剛性のフロア構造などを開発し、側面からの衝撃にも変形しにくい客室の強さを保っています。
とくにBピラーは4つの異なる鋼板シェルで構成され、このうち2つは極超高張力鋼板を使用し側面を保護。頑強なドアは、外部からドアが容易に開けられる救助対応性も備えています。
トランク部全体で衝撃を吸収する安全な後部構造とは?
後面の安全性は、4項目の後面オフセット衝突テストと2項目の後面100%衝突テストを設定しています。後方からの追突に対して、トランク部全体で衝撃を吸収し、しかも乗員の生存空間の変形を最小限に抑えるため、安全な後部構造になっています。
その衝撃吸収エリアは、【1】堅牢なボックス型のサイドメンバー、【2】トランクフロアのクロスメンバー、【3】アルミニウム製の横断プロファイル、【4】ボルト連結クラッシュボックスから構成されています。
とくに、燃料タンクは気密性/耐久性を高め、そして衝突の影響を受けにくい位置であるリアシートの下に設置しています。なぜかといえば、衝突事故による車両火災の多くが、燃料タンクが破損しての燃料漏れが原因とされているからです。この位置に設置することにより、リアアクスルで衝撃を受け止め保護すると同時に、追突された時の衝撃はトランク部全体で吸収され、燃料タンクに衝撃の影響が及びにくくなり安全です。
横転・転倒に対するルーフの剛性は?
カブリオレやロードスターが巻き込まれている事故の約4分の1は横転事故です。メルセデス・ベンツの安全開発者がこの問題に取り組むのも、そのためです。メルセデス・ベンツは1986年、SLに0.3秒で立ち上がるオートマチックロールバーを搭載することで新しい横転安全基準を設けました。車体の傾斜が一定速度以上(4G)になるとセンサーがその状況を検知し、ルーフの開閉状態に関係なくスプリングによってロールバーを押し上げ5tの力に耐える強度で、横転保護機能を果たします。
堅牢なAピラー構造によってもさらに横転保護を高めています。その筒状構造は高荷重に耐える様に設計されており、ルーフ・ドロップテストで証明されています。このテストでは、軽く傾けた車体を50cmの高さから落とすことで、Aピラーの一方だけに全重量を掛けます。しかし、規定で許されるAピラーの変形はごくわずかなもので、三点倒立の概念を採用した安全システムです。
メルセデス・ベンツのカブリオレやロードスターであるがゆえに、この厳しいテストを何度も合格しなければならないのです。Eクラスクーペ/C207はBピラーが無いので、Aピラー/ドアシル/リアシート下のサイドメンバーなどをとくに強化し、高い剛性を確保することで、Bピラーレスの美しいデザインを実現しています。
5重の安全ステアリングシステムとは?
1967年にはすでにメルセデス・ベンツはセーフティステアリングを標準装備しました。それまでの実験データで正面衝突の際、その衝撃でドライバーがステアリングに頭部や胸部を強く打ち付けることが予測されていました。ドライバーの一番近くにあるステアリングこそが危ないのです。実際の事故においてもこのケースが数多く報告されました。そこで、メルセデス・ベンツは衝撃吸収式セーフティステアリングシステムを取り入れました。
【1】ステアリングパッドの採用、【2】エアバッグを標準装備、【3】ステアリングボスの下にショックアブソーバーを採用、【4】コルゲートチューブを組み込んだステアリングコラムを採用(縦・橫の衝撃を吸収)、【5】ステアリングギアボックスはフロントアクスルの後ろに設置(その後、ラックアンドピニオンを採用しステアリングギアボックスはない)。
まずステアリングパッドで衝撃を受け止め、エアバッグで衝撃をさらに軽減します。さらにステアリングボスの下のショックアブソーバーで衝撃を吸収し、そしてコルゲートチューブ(波型)を組み込んだステアリングコラムで縦・橫方向の衝撃を吸収します。大事なステアリングギアボックスはフロントアクスルの後に設置してあり衝撃をガッチリと受け止めます。
とくに、以前のステアリングコラムはテレスコピックタイプ式で望遠鏡のように縦方向にしか伸縮しなかったので橫方向の衝撃も吸収するコルゲートチューブに改良され、そしてさらに、壊れやすくし、提灯を折りたたむように縦・横の衝撃を吸収するコラプシブルシャフトを採用しています。
ダッシュボードとウッドフェイシアの安全性は?
メルセデス・ベンツでは1960年代の初めから、室内の安全のためにダッシュボードにパッドが被いかぶせられていました。1980年代では、それはもう見てくれだけでなく、材質、構造、形状等トータルで安全設計が果たされています。
例えば、1950~1960年代にわたる全盛期にダッシュボードを華やかに飾ったウッドフェイシアは大木から削り出された生(ムク)でした。ところが、衝撃吸収能力という安全面からすると今日ではこれでは通用しません。なぜならば、衝撃を加えた時に割れ目が「ささくれて」客室の乗員に危害を与えかねないからです。
そのため一時期姿を消していたウッドフェイシアですが、メルセデス・ベンツで永年にわたって研究を重ねてきた結果、現在は新時代のウッドフェイシアが盛んに採用されています。
裏表の木目板の中にアルミを挟み、サンドウィッチの多層構造にし、衝撃を受けた時には「アルミが柔軟に変形」してくれるので安全です。これを「アルミ・サンド」と称し、木目模様がもつ本来の美しさを生かし、ウッドフェイシアの安全もスマートに適合させているのです。
メルセデス・ベンツはこの安全な「アルミ・サンド」にしたウッドフェイシアの特許を取得して、もう45年以上になっています。そして、今や世界中のメーカーがこの安全なウッドフェイシアの構造を採用しているのです。
筆者は実際、1983年の「380SEL/W126」のウッドフェイシアにメスを入れ解剖したので、画像ギャラリーでその写真を紹介します。
セーフティ・ドアロック・システムとは?
以前のメルセデス・ベンツは、1958年に特許を取得した「セーフティ・コーンタイプのドアロック」を使っていました。この特殊形状のドアロックは太いピンがドア側に、一方ポスト側にはこれを受ける頑丈なボックスが付けられていました。このボックスは中央にドアロックピンをはめ込むテーパー付きの穴が開けられていました。ピンは先が細くなっている円錐型でした。したがって、上下左右から掛かる力にも強いことになっていました。
つまり、雄と雌がガッチリと交わる型になっていたので、ドアを閉めた時にはあのドスッと重量感あふれる音がした要因でもあります。さらに2段階の普通のカギ状ロックが掛かります。以前のメルセデス・ベンツには、このカギ状のロックにこの「セーフティ・コーンタイプのピン」をプラスした2重構造になっていたわけで、いわば「南京錠と心張り棒」を一度にかけた形となり、まさに完全武装したことになります。
このセーフティ・コーンタイプのドアロック方式の場合、セーフティセル構造の客室とあいまって、衝突時にショックでドアが開かないことが多くの実験により実証されました。また、事故が起こっ場合でもメルセデス・ベンツは外部からドアを開き、少しでも速く乗員を救えるようにすることが可能だったのです。
ドアロックにはもうひとつの仕掛けがありました。とくに以前のメルセデス・ベンツはドアの内側には独特の「カウンター・バランス・ウェイト(錘)」が付けられていたのです。外側からドアハンドルを押したり、橫からクルマがぶつかってきた場合、「てこの応用」でこのカウンター・バランス・ウェイトがドアを開かない歯止めの役目を果たすように反対側に傾きます。そしてこのカウンター・バランス・ウェイトが一度傾いたら、どんな衝撃をドアの外側から与えても、ドアは頑として開こうとはしなかったのです。すなわち、ドアハンドルを外側から引っ張った時にだけ、カウンター・バランス・ウェイトも元に戻りドアが開かれることになっていたのです。
最近のメルセデス・ベンツは、ドアをリモコン・キー操作で簡単に開閉でき、ずいぶんと便利になりました。ドアロックの形状は以前より「大型のカギ状ロックと大型キャッチ」になり、しっかりとドアが閉まります。さらに車速が15km/h以上になると、「セントラル・ロッキング・システム」が作動し、ドアとトランクが自動的にロックされます(盗難・暴漢防止対策も兼ねる)。加えて、室内には開閉スイッチがあり、この自動ドアロックを必要に応じて、室内でも開閉できます。
しかも、このセントラル・ロッキング・システムはリアSAMコントロールユニットに「補助クラッシュ・センサー」が増設されていて、事故が起った時には車内のCANバスを介して瞬時に左右のフロント/リアドアのコントロールユニットに、「緊急開放信号」が送信され、ドアロックが解除できます。したがって、外部からドアを瞬時に開くことができ、いち早く客室の乗員を救出できるシステムになっています。
さらに、ドア・アウターハンドルは上から掴み握りやすく、力が入りやすいグリップ形状を採用し、大きな力をかけやすく、引っ張るだけでドアが開き、車外からの救出が容易になります。つまり、指先だけを軽く引っ掛けて開く「はね上げ式」のものとは、発想が違うのです。
万一の衝突時に、シートが倒れたりすることは?
シートは快適であり、安全な運転姿勢がとれることも必要でありますが、もし万一事故の際には乗員を保護するものでなければなりません。快適で安全な運転姿勢や乗車姿勢を作り出すためのシートアジャスト・システムなど可動部分が多いほど、衝撃を受けてシートが壊れる確率が高くなります。
また、事故のデータでは、シートベルトを着用していてもシートが後方に倒れ、後面のリアウインドウを突き破り車外へ放出されるといった事故事例があります。この事故事例は割合として少ないものの、メルセデス・ベンツの安全性からいえば、決して見逃すことはできません。
そこで、メルセデス・ベンツはシートをスライドさせるガードレールをモノコックボディの強化された部分に取り付け、そのガードレール上に非常に頑丈な鋼鉄製「シートサブフレーム」を設置しています。
フロントシートバックの角度を調整するリクライニングシステムも、一般にはシートの片側にギアを備えたものが多く見られ、衝突時の衝撃でシートが倒れるといった事例がありますが、メルセデス・ベンツはギアシステムを左右両側に備えて強度を高めています。
こうした対策により衝突時にシートがしっかり固定されているため、シートベルトの効果が最大限に発揮されます。これらのシステム強度は法規制に合わせたものではなく、事故調査やクラッシュテストによりメルセデス・ベンツが独自に設定したものです。
衝突の際、フットペダルで足をケガしたりすることはない?
各車にはエアバッグが標準装備されています。それは確かに大切なことですが、エアバッグは足元の安全性までは保証してくれません。正面衝突の際、主にブレーキペダルがドライバー側に突き出し、脚部を傷つけるケースがしばしばあることは、メルセデス・ベンツが行った事故調査結果からも証明されています。脚部は、ケガをした場合、リハビリ期間が長くかかるなど、ダメージが想像以上に大きくなりがちです。
まずブレーキペダルは、強い衝撃を受けると、前方に移動してドライバーの足元から離れるように設計されています。つまり、ピボットペダル・アッセンブリーにより、できるだけ、脚や足首のケガを軽減するようになっています。
メルセデス・ベンツは、このような脚部の安全対策も考慮しています(モデルにより構造は異なります)。
それだけではありません。足元のカーペットの下には「ポリスチレン・フォーム製の厚いフロアパッド」が敷かれています。前方からの激しい衝撃、床・フロアパネルが盛り上がる激しい衝撃でも、この衝撃吸収パッドが足首やふくらはぎなどに加わる衝撃を軽減し、ケガを防ぐとともに車外への脱出を可能にしています。このように、目に見えない部分にも被害を最小限にする細心の配慮がなされています。
