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BMW「2002ターボ」が約2030万円で落札!愛好家に大切にされていた1台でした

17万9200ドル(邦貨換算約2580万円)で落札されたBMW「2002ターボ」(C)Courtesy of RM Sotheby's

自動車史に残る名作、BMW2002ターボはクラシックカー市場でも人気?

RMサザビーズ北米本社が2025年2月27-28日にフロリダ州マイアミ近郊の町、コーラルゲーブルズにある歴史的なビルトモア・ホテルを会場として開催した「MIAMI 2024」オークションに、BMW史上屈指の名作「2002ターボ」が出品されました。このモデル概要とオークション結果をお伝えします。

BMW界の聖杯ともいえる2002ターボ

BMWエンスージアスト界隈では、この2002ターボはあたかも「聖杯(The Holy Grail)」のごとく崇拝されている。

ツーリングカーレースでヨーロッパタイトルを獲得した「2002tik」のレース活動で獲得した貴重な経験。あるいは1972年に製作・発表され、のちの「M1」の起源になったとも言われるコンセプトカー「BMWターボ」の経験をフィードバックした市販モデルとして生み出されたのが、現在では歴史的名作と称される2002ターボである。

同じく名作として知られる「ポルシェ930ターボ」に先んじてリリースされたことから、かつては2002ターボについて「世界初の量産ターボ車」とする記述も散見された。それは誤りであることは、AMW読者諸兄ならばご存知であろう。

蛇足までに記しておくと、世界で初めてターボ過給エンジンを搭載した乗用車は、オールズモビルが1962年に発売した「F-85ジェットファイア」および、シボレーの「コルヴェア・モンザ」。いずれも北米ゼネラル・モーターズに属する2メーカーから送り出されたが、この時代は過給圧も低くて大きなパワーアップを果たせていなかったこともあってか、大きな影響力を及ぼすに至らなかった。

「turbo」を鏡文字で記したデカール付きのエアダムスカートを装備

いっぽう、11年後に登場した市販型2002ターボのエンジンは、それまで2002系の最高性能版だった「tii」用の1990cc直列4気筒SOHCユニットをベースにモディファイしたもの。圧縮比を6.9:1まで落とし、シェファー社製機械式燃料噴射とKKK社製ターボチャージャーとの組み合わせで、自然吸気版から40psアップに相当する170psのパワーと24.5kgmのトルクを発生した。

もちろんシャシーについてもサスペンションが一段と固められたほか、ブレーキも前ディスク/後ドラムを踏襲しつつもフロントはベンチレーテッド化され、リアドラムも径が拡大された。さらにホイール/タイヤも大幅にワイド化。その拡幅分をクリアするため、前後フェンダーにはリベット留めのFRP製オーバーフェンダーが追加されたものの、日本仕様のみは板金加工で一体化したスチール製オーバーフェンダーとされていた。

エクステリアでは、バックミラーに映った際に正しく見えるよう、フロントに「turbo」を鏡文字で記したデカール付きのエアダムスカートを装備。そして、後にドイツを中心に流行する、ソフトな材質の樹脂製リアスポイラーで完全武装していた。

こうして誕生した2002ターボは、最高速211km/h、0-400m加速15.3秒という、当時の2L級サルーンとしては圧倒的なパフォーマンスを獲得することになる。

ところが、1970年代中盤にはオイルショックに端を発する省燃費対策や安全対策。あるいはエミッションコントロールのため、高性能車が世界的な冬の時代を迎えていたことから、1974年末限りで生産を終了。その生産台数は、わずか1672台(ほかに1660台説など諸説あり)に過ぎないという、悲運の名作ともなってしまったのだ。

イタリアで半世紀を過ごして、北米に上陸した個体

RMサザビーズ「MIAMI 2025」オークションに出品されたBMW 2002ターボ。シャシーNo.「4291234」。オークション出品に際して添付された資料によると、新車時代にはイタリア市場に向けて販売されたこと。当初から現在と同じ「シャモニー・ホワイト」がボディカラーで、トリコロールのBMWモータースポーツ・ストライプが施されていたことも判明している。

1974年9月16日にミュンヘンのBMW本社工場からラインオフし、その後イタリア・ロンバルディア州パラッツォーロのBMW正規インポーターに新車として引き渡された。

このクルマの歴史は、イタリア・アルプスに近いトレンティーノ=アルト・アディジェ州ボルツァーノに住む人物が最初に所有したところから、詳細に記録されている。そのあとは、2人のBMW愛好家のオーナーが1978年11月から1982年4月にかけて所有し、まるでイタリアの絵画のごとく美しい南チロル地方の小村、トレンティーノ=アルト・アディジェ州ヴォラーノ在住のパオロ・ザンベッリなる人物に引き取られた。

ザンベッリのもとで、シャシーNo.4291234は「TN262787」としてナンバー登録。また、彼の保有期間の初期にあたる時期には、イタリアの高級自動車誌「Auto Capital」の1986年2月号に掲載された特集記事のために、このクルマを貸与している。

ザンベッリ氏はシャシーNo.4291234を、じつに40年以上にわたり保有したが、2014年末にようやく手放すことを決意した。そして、今回のオークション出品者でもある現オーナーの卓越したBMWコレクションにくわえるため、オランダのディーラーがすぐに見つけ出し、2015年初めに彼に引き渡された。

現オーナーは各部のレストレーションを行なった

現オーナーが入手したとき、このクルマの走行距離はわずか6万kmほどだったものの、機関部や内外装には年式相応の年季が入っていた。そのため、現オーナーはこの2002ターボを公道でも思う存分に走行可能な状態へと戻すため、メカニカルパートおよびボディ/インテリアのレストレーションを徹底的に行うこととする。

彼が所有している間、この2002ターボには8万5000ドル以上に相当する整備が施され、ディファレンシャルに排気マニフォールド、インジェクター、燃料ポンプ、ウォーターポンプ、「ペトロニックス(Petronix)」イグニッションのアップグレードが行われた。

くわえてエンジン(ベアリング、ピストン、バルブも新品に換装)やトランスミッション、セルモーター、KKKターボチャージャーも完全にリビルド。サスペンションやクラッチ、ブレーキシステムもOEM部品を使用してオーバーホールされた。また、これまで事故歴はないようだが、ロワーロッカーパネルが錆びていたため、2021年には板金作業と各ウインドウをすべて外しての再塗装を受けることになる。

カタログ作成時点での走行距離は6万2834 km。イタリア時代の登録履歴、純正ツールキット一式を装備するほか、現在の純正スチールホイールにくわえて「カンパニョーロ(Campagnolo)」社製のアロイホイール、レストア時のインボイス(請求書)なども付属するとのことであった。

RMサザビーズ北米本社の公式カタログでは

「高度にレストアされた、この特別な2002ターボは、サーキットや地元のカーミーティング、あるいはコンクールイベントなど、いかなる舞台においても際立つことだろう」

と誇らしげに謳われるとともに、現オーナーと協議した結果として15万ドル~20万ドル(邦貨換算約2250万円〜3000万円)というエスティメート(推定落札価格)が設定されていた。

ところが肝心の競売では、売り手側が思っていたほどにはビッド(入札)が進まなかったようで、終わってみればエスティメート下限に一歩届かない14万ドル。現在のレートで日本円に換算すれば約2030万円で落札されるに至ったのだ。

とはいえ今回のオークションについては、エスティメートの段階から少々オプティミスティックに過ぎた感がある……、というのも正直な感想。結果として、現在の国際マーケットにおける2002ターボの相場価格に近い結果となったと見るのが、順当な評価ともいえるだろう。

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