もっともヒットしたヤングタイマー・フェラーリだったが……
1980年代を代表するフェラーリ「328GTS」が、2025年7月8日にイギリスで開催されたRMサザビーズの「Cliveden House 2025」オークションに登場。希少な右ハンドル仕様として注目されたこの1台の落札価格は、まさかの1000万円未満に。はたしてその理由とは? モデル解説とあわせてお届けします。
ディーノ由来のV8エンジン横置き搭載の最終進化形
フェラーリの開祖「イル・コンメンダトーレ」ことエンツォ翁が存命中に設計・発売された最後のフェラーリのひとつである「328」シリーズは、1985年に当時大人気を博していた「308」シリーズの後継モデルとして登場。伝統的なマラネッロの横置きミッドシップ「ディーノV8」エンジンを搭載するシャシーの基本構成は308と大差ないものの、このニューモデルではパフォーマンスとデザインの両面で大幅な改良が施されていた。
レオナルド・フィオラヴァンティの率いるピニンファリーナのデザイナーたちは、ドラッグ係数と空力揚力に関する最新の研究成果を反映させつつ、フェラーリのデザイン言語を忠実に継承することに成功したといえるだろう。フィオラヴァンティが自ら手掛けたとされるオリジナルなウェッジ形状は、再設計されたノーズとマッチングしたテールバンパーでマイルドなラインで仕上げられた。また、バンパーはボディカラーに合わせて塗装され、エアダムスカートと一体化させることにより、デザインをさらに現代的に進化させた。
右ハンドル仕様は全生産台数6068台中わずか512台
いっぽう、308シリーズ時代の2926ccから3186ccまでスケールアップされた「ティーポF105CB」エンジンは、本国および旧EC仕様では公称270psを発揮し、100km/hまでの加速は6秒未満だった。
ラインナップはクローズドクーペの「GTB(グラントゥリズモ・ベルリネッタ)」と、「タルガ」スタイルのデタッチャブル(取り外し可能な)ルーフパネルを備えた「GTS(グラントゥリズモ・スパイダー)」の2タイプで展開される。
1988年には史上唯一のマイナーチェンジを受け、ABS装着を見越してサスペンションのジオメトリーを再設計する。このときネガティブオフセットとなったことから、16インチ径のアロイホイールは、当初の深リム+凹型ハブから凸型ハブへと変更され、次世代モデル「348」シリーズにバトンタッチする1989年まで生産された。
それまでのフェラーリに比べると、耐久性や実用性でも大幅に安定感を増した328シリーズは、1980年代のフェラーリではもっとも人気のあるモデルのひとつに数えられている。とくにGTSは合計6068台(ほかに諸説あり)が製造され、そのうち右ハンドル仕様は512台が生産されたといわれている。このオークション出品車両もそのうちの1台である。
十分なメンテナンスを施され大切にされてきた個体
RMサザビーズ「Cliveden House 2025」オークションに出品されたフェラーリ328GTSは、マラネッロ本社工場から送り出されたときから「ロッソ・コルサ(Rosso Corsa)」のボディ、「クレーマ(Crema:クリーム色)」の英国コノリー製レザーインテリア、レッドのカーペットという、現在と同じカラーコンビネーション。フェラーリ最古の正規ディーラーのひとつである名門「マラネッロ・コンセッショネアーズ」を介して新車として英国に輸入された。
スコットランドの首都エディンバラの自動車ディーラー「グレン・ヘンダーソン・モーターズ(Glen Henderson Motors)」社に納入され、1988年3月2日にエディンバラ近郊の「ダイヤル・オフィス・ホールディングス(Dial Office Holdings)」社に勤務するアレクサンダー・マクドナルドなる人物が、最初のオーナーとしてこの328GTSを受け取る。
このフェラーリは、1987年のクリスマスイブに受け付けた注文に応じてマクドナルド氏に納入され、当時の英国仕様ではオプションだったエアコンディショナーと、エンジンフード上のエアロフォイル型スポイラーが装備されていた。
ファーストオーナーのマクドナルド氏は5年間にわたって328GTSを所有し、その後は英国を拠点とする8人のオーナーが引き継ぐことになる。そして今回のオークション出品者でもある現オーナーは、2015年7月にこの328GTS を購入した。
現オーナーの所有のもと、添付されたドキュメントファイルでも閲覧できる請求書で確認できるメンテナンスが行われており、2021年5月には「QVロンドン」社によって、このV8エンジンでは必須となるタイミングベルトのメンテナンスと、通常同時に実施されるウォーターポンプの交換が行われた。
驚きの落札結果と日本市場における相場の格差
また、同じく車両に添付される英国「MoT登録証明書」は、現オーナーの管理下ではこの328GTSが控えめに使用されていたことを示している。2016年の検査記録におけるオドメーター表示が6万8072マイル(約10万8915km)だったが、それから9年を経た2025年、オークションカタログ作成時点では6万8936マイル(約11万300km)と、ほとんど変わっていないのだ。
さらに、フェラーリS.p.A.との間に交わしたオーダー書類やドキュメント類、純正マニュアル、および純正のレザー製ツールロールも付属して出品されるこの328 GTSは、マッチングナンバーのエンジンを現在でもなお保持していることも、特筆すべきトピックであろう。
RMサザビーズ欧州本社では
「フェラーリの象徴的なカラーリングを特徴とするこのクルマは、同ブランドの1980年代のスタイリッシュな製品ラインナップのファンに必ずや魅力的に映るでしょう」
と魅力をアピールするいっぽうで、5万ポンド~6万ポンド(邦貨換算約1045万円〜約1254万円)というここ数年の国際マーケットにおける328GTSの相場価格に準拠したと思われるエスティメート(推定落札価格)を設定した。
ところが、実際に競売が始まってみると予想外にビッド(入札)が伸びなかったようで、終わってみればエスティメート下限を割り込む4万8300英ポンド。すなわち、現在のレートで日本円に換算すると約960万円という、売り手側にとっては不本意であろう価格で落札されることになったのだ。
とはいえ、日本国内市場におけるフェラーリ328GTSが1000万円台後半から2000万円あたりをボリュームゾーンとしている現況を鑑みれば、今回のハンマープライスがいわゆる「相場価格」とは言いがたい。少なくともこのオークションについては、落札者側にとってみればリーズナブルな買い物の場となった……ということなのであろう。
