スペイン製パンダは独自進化を遂げて箱バン「セアトトランス」に
愛知県南知多の内海海岸で開催された「チッタ ミラマーレ」は、2000年までに生産された欧州車が集うイベントです。クラシックからヤングタイマー世代まで幅広い車両が集結するなか、唯一のスペイン車として注目を集めたのがセアト「パンダ トランス」。本稿では、その珍しいモデルとオーナーのエピソードをご紹介します。
フィアット・パンダをセアトがOEMで生産していた
写真を見れば、イタリアのフィアット「パンダ」をベースとするトール型商用バン……? と思われるだろうが、こちらは当時フィアットと提携を結んでいたスペインの自動車メーカー「セアト」製だ。フィアット・パンダの発売直後となる1980年に、セアトはスペイン国内マーケット向けに販売していた「セアト パンダ」のモノコック前半部やエンジン、フロントエンドを使用して、独自設計の小型バン「セアト トランス(Trans)」を作ったのである。
セアト パンダのホイールベースを大幅に延長し、セアトでも生産していた商用車127フィオリーノと同じような、リアに真四角の箱形荷物スペースを設けたトランスは、軽量にして堅牢、大きな積載量(最大2450L)に加えて、価格面でも当時ヨーロッパ西側諸国で購入できる小型バンとしては非常に競争力があるクルマだった。もっとも経済的なバンのひとつに位置づけられ、中小規模の個人商店や工房などから人気を博したほか、スペインの清涼飲料「KAS」や電話公社「Telefónica」など、さまざまな大企業のトランスフリート用車両としても大々的に供用されたとのことである。
ところが、1983年をもってフィアットとセアトの提携関係が幕を閉じるにあたり、セアトは著作権法に違反しないよう、すべてのモデルを「目に見えるかたちで」マイナーチェンジする必要に迫られる。そして、フォルクスワーゲン・グループ傘下に収まった1986年までモデルチェンジが施されなかった場合、セアトはフィアットとの間に結んだパンダのライセンス契約の更新を行わねばならず、その際には莫大な更新料が請求されることになっていた。
そこで1986年以降、セアト パンダをベースとしつつも、スラントノーズなど独自のマイナーチェンジを施した「マルベーリャ(Marbella)」に進化させる。パンダ トランスも同様のフェイスリフトが行われたうえに、新たに「テラ(Terra)」と改名された。
1980年から1986年まで生産されたセアト トランスは、日本にはもちろん正規輸入されることもなく終わった。したがって、このモデルについてほぼ予備知識のなかった筆者は、「チッタ ミラマーレ」会場で遭遇したことに、腰を抜かさんばかりに驚いてしまったのである。
セアト・パンダ・トランスに乗るパンダリーノの主催者
じつはこのトランスのオーナーは、毎回300台近いフィアット・パンダが集まる日本国内最大のパンダ祭り「パンダリーノ(Pandalino)」の主催者。国内パンダ界隈では有名なYUKIさんの愛車だったのだ。さっそくご本人を探し出してインタビューした。
YUKIさんは、ECVTを搭載した「パンダ セレクタ」を31年前に新車で購入(現在も愛用中)して以来、パンダひと筋の熱心な愛好家。偶然にも「チッタ ミラマーレ」主催者であるチンクエチェント博物館の代表、伊藤精郎氏が1990年代初頭に4台のみ並行輸入したというセアト版のトランスを某イタリア車イベントで見かけ、その時から30年以上にわたって気になる存在だった。
いっぽう、彼が2008年に立ち上げた「パンダリーノ」は年々順調に成長し、それにしたがってYUKIさん自ら会場に運ぶ資材も多くなっていった。そこで2代目「ムルティプラ」を入手はしたものの、ミニバンでは運べる荷物の量も限られるうえに、やはり「パンダ」にこだわりたいという理由から、パンダのバンモデルを所有したいという想いを募らせていく。
そんな折、すでに日本では2台くらい(?)まで減少していたというセアト トランスの1台と2019年に京都で運命の再会。当時のオーナーさんとSNSで繋がり、ついに2022年に手に入れることができたというのだ。
入手した段階で、歴代オーナーの誰かが換装したアウトビアンキ「A112アバルト」用エンジンを搭載していたおかげで、関西在住のYUKIさんが静岡のパンダリーノ会場に通うのもラクラク。また、スペインのクラブに連絡してゲットしたルーフラックも設置して、もともと潤沢な荷物の収納容量がさらに増えたとのことである。
そして長年の念願かなって手に入れたこのクルマをこれからも乗り続け、長く維持していきたいと語ってくれた。
ところでこのクルマ、前述のとおり本来は「セアト トランス」名で販売されていたそうだが、「パンダリーノ」主催者であるYUKIさんが「パンダ」名以外のクルマでイベントに赴くのも……という理由で、セアト製「Panda」のバッヂも追加。あえて「セアト パンダ トランス」と呼ぶことにしたとのことである。
