レッキやテスト走行などで公道を走るために制作されたグループN仕様
WRCで名を残したランチア「デルタHFインテグラーレ」のなかでも、とくに珍しい来歴を持つ個体が2025年10月のオークションに登場しました。WRCの1992年シーズンでディディエ・オリオールのテストに使われた“ムレット ストラダーレ”と呼ばれるグループN仕様の元ワークス車です。通常は廃棄されてしまうテストカーが奇跡的に現存し、詳細な認証資料も付属するなど、その希少性は群を抜いています。落札価格にも注目が集まりました。
クラッシュや解体を逃れ生き残った「ムレット・ストラダーレ」とは?
ボナムズ社「The Zoute Sales 2025」オークションに出品されたランチア デルタHFインテグラーレは、WRCでしのぎを削った最上位カテゴリー「グループA」ではなく、プライベーター向けの下位カテゴリー「グループN」規定に従ってチューニングされたクルマである。しかしWRCにて歴史を刻んだ、真の逸品であることに変わりはない。
このクルマは、1992年のWRCでシーズン中にランチアのファクトリーチーム「ランチア・スクアドラ・コルセ」が使用した、公式なグループN仕様のアバルト製ワークスカーである。キヴァッソのアバルト・ファクトリーで、いわゆる「ムレット(テストカー)」として製作され、ラリー界のレジェンド、ディディエ・オリオールが「ラリー・ド・コルス」と「1000湖ラリー」の両方の公式テストセッションで、実際に供用されたクルマである。
WRC戦のコースは、一般公道を必要な期間のみ閉鎖して設定されるが、レッキやテスト走行は、ラリーウィークに入る前の段階で行う必要もあることから、公道を走行するためのナンバー登録は必須となる。そこで、わずか20台ほどながら「ムレット ストラダーレ」なる特装グループN車両を製作。オークション出品車は、そのうちの1台だった。
歴史的に重要なこのクルマは、象徴的なマルティーニ・レーシングチームと、ランチアが6度目にして最後の世界ラリー選手権タイトル(1992年)を獲得したことと直接的な関連がある。この種のクルマのほとんどは、テスト中にクラッシュするか、その目的を果たした後に解体処分される運命にあったため、現存するクルマは極めて稀とのことである。
このクルマはトリノの「FCAヘリテージ」傘下「ランチア・クラシケ」によって包括的な検査と認証を受け、最高の「L0分類(95%以上のオリジナル部品、完全に機能し、外観も優れた状態)」を取得している(認証日は2025年4月4日)。ランチア・クラシケによる60ページにわたる図解つき正統性証明書レポートは、適合証明書とともにファイルに保管されている。
本車はオリジナルシャシーとエンジンを保持し、ナンバープレート位置も正確である。走行距離計は約3万kmを示すのみであった。
テスト走行で使用する装備はそのままの元ワークスカー
今回のオークション出品車である1992年式ランチア デルタHFインテグラーレ「ムレット ストラダーレ」は、ランチアがWRC選手権を制した1992年シーズンに、ディディエ・オリオールのテストプログラムに直接関与した、歴史的に重要な元ワークス車両である。
当時のアバルトは、公道走行が許されるグループN車両をベースに、外装ではクイックリリース式のボンネット/トランク留め具、競技仕様の補助フロントライトポッド、専用設計の燃料タンクに付属するラリースタイル燃料給油口を移設した。そのほか、ホワイトの17インチ径スピードライン社製アロイホイール、ヨコハマ「スポルティーボ」タイヤなどが目立つ。ボディカラーは「モンツァレッド」に黄/青のHFストライプが組み合わされる。
一方、ドアパネルにオリジナル保護プラスチックカバーまで残存しているインテリアは、同時代のグループA車両に準拠したネロ(ブラック)の不燃性ファブリック張りである。アバルト製2本スポークステアリングホイールや室内側バッテリーキルスイッチ、SPARCO社製「キングドラゴン」バケットシート、FIA規格のフルロールケージと消火器、ケブラー製のフットウェル保護プレート、そしてデジタル式ラリーコンピューターなど、ラリーのレッキ試走に必要な装備を満載している。
また、グループNの規約に応じてスタンダードと同じ205psスペック4気筒DOHC16Vターボエンジンを搭載し、「エヴォI」純正のトランスミッション&ドライブトレインを組み合わせる一方で、ブレーキはラリー仕様の強化型とされた。そのほか、ストラットブレースや調整式ダンパー付きコイルオーバーサスペンションを装着するなど、足まわりは大幅にアップグレードされている。
近年には、2万1000ユーロ以上を投じた大規模かつ高度な機械的修復が実施され、関連するすべての請求書と書類が保管されている。オリジナルのイタリア国内登録プレート「TO 40747S」を保持しており、1992年のテストプログラム中に走行している写真も添付される。
さらには、前述した「ランチア・クラシケ」発行のドキュメント類に加え、純正イタリア登録ナンバープレート(TO40747S)、ドイツ登録書類、FIAパスポート、PRA書類(イタリア自動車クラブ)、TÜV検査報告書、当時の写真も付属する。
エスティメート下限をわずかに下まわる価格で落札
今回のオークションに出品されたランチア デルタHFインテグラーレ「ムレット ストラダーレ」について、ボナムズ社では
「モンツァレッドのボディにネロのインテリアを組み合わせたこのクルマは、ランチアのWRC黄金時代へと繋がるかけがえのない絆を体現する、真のコレクターズアイテム」
と、歴史的な価値を高らかにアピールしつつ、16万ユーロ~20万ユーロ(邦貨換算約2848万円〜3560万円)という、このレアな来歴に自信を得たかと思われるエスティメート(推定落札価格)が設定されていた。
ところが、2025年10月12日に行われた競売ではビッド(入札)がイマイチ伸びなかったようで、オークショネア側に支払われるプレミアム(手数料)を含めてもエスティメート下限をちょっと割り込む14万9500ユーロ、現在のレートで日本円に換算すれば約2670万円で落札されることになった。グループAワークスカーよりも安価ながら、スタンダードのエヴォIよりも遥かに高額となった最終的な価格は、やはりディディエ・オリオールが走らせた歴史の賜物と思われるのだ。
