現代FF車の始祖が始めた開発コードが車名になった「X1/9」が趣味車ゆえの悲しいストーリー
2026年3月21日、アイコニック・オークショニアーズ(Iconic Auctioneers)は、イギリスのバーミンガムにあるNEC(ナショナル・エキシビション・センター)で開催されました。このオークションは、クラシックカーの祭典である「プラクティカル クラシックス クラシック カー アンド レストレーション ショー2026(Practical Classics Classic Car and Restoration Show 2026)」の一環として行われました。このオークションに1988年式ベルトーネ「X1/9」が出品され、約142万円(6750ポンド)という価格で落札されました。近年高額な整備を受けたにもかかわらず、その整備費用を下回る価格で決着した驚きの結果とともに、「開発コード」がそのまま車名となった「X1/9」のユニークなネーミングの由来を紹介します。
フィアット初の北米マーケットを見据えた安全基準で開発されたミッドシップスポーツカー「X1/9」
知らなかったことだが、フィアット「X1/9」は、初めからアメリカの安全基準を満たして設計された最初のフィアットだという。だからではないかもしれないが、全生産量の60%弱が北米市場で販売されたそうである。
生産期間は1972年に初登場して、1982年までがフィアット X1/9として販売され、その後ベルトーネが生産を引き継いで、ベルトーネ X1/9の名称で1989年まで販売された。デビュー当初は、フィアット「128」のドライブトレーンをそっくりミッドに移設した横置きミッドシップカーとして誕生し、エンジン排気量は1.3リットル。これに4速MTがドッキングされていた。
そして1978年に128の後継モデルともいえる「リトモ」が登場すると、1979年にはエンジンをリトモ用の1.5リットルに載せ換え、併せてトランスミッションも5速MTへと変更した。メカニカル上の大きな変更点はそれだけである。
ボディの変更も何度か行われているが、とくにアメリカ仕様はバンパーがいわゆる5マイルバンパーとなって異なり、他の部分でも仕向け地によってさまざまであるからここでは割愛する。
天才エンジニアのジアコーザが編み出した開発用3桁コードは、系統立てた秩序を整理するため!
個人的に知らなかったことのもうひとつが、「X1/9」という名称が果たしてどこから来ているのか? ということであった。もちろんそれはコードネームであるということは想像すれば容易に出てくる答えなのだが、果たしてどのようにして生まれたかについては、多くの読者も知らないだろう。
コードネームであるということは正しいのだが、そのコードネームをそのまま車名とした例は、フィアットではこのクルマをおいてほかにはない。フィアットが社内で開発コードを策定し始めたのは、1946年のことだった。最初は無秩序に名前が付けられていたようだが、それを系統立てて秩序をもたらそうと考えたのは、当時の技術部長だったダンテ・ジアコーザである。
そして新車には3桁の番号を割り当てることを決定した。3桁の最初の番号は乗用車には1、トラックには2、都市間バスには3、都市バスには4といった具合である。その後、農業用トラクターには5、特殊用途エンジンには6が割り当てられたという。
ちなみにジアコーザは「ジアコーザ・レイアウト」を考案した天才エンジニアである。それまでの前輪駆動(FF)車は、エンジンとトランスミッションの配置が複雑で、室内スペースが削られるのが難点だった。 しかしジアコーザはエンジンを横置きにし、その横にトランスミッションを一列に並べる方式=不等長ドライブシャフトの採用を考案し、それが現代FF車レイアウトとなっているのである。さらにこのFFレイアウトをすのままシートの後ろに持っていって出来たミドシップレイアウトのクルマが、このX1/9である。
3桁コードはスクープ記者に見破られ漏洩防ぐため「X」コード誕生! X1/9は乗用車開発9番目のクルマ
製品番号がそのまま車名として使われた最初の例は、1966年に登場した「124」である。このクルマはヨーロッパ・カー・オブ・ザ・イヤーを受賞した。その後もフィアットは製品番号をそのまま車名として使う手法を10年以上継続したが、その手法がメディアに知れ渡ってしまった。新製品や試作車の詳細を狙う雑誌のスクープ記者が、製品コードに含まれる数字のひとつでも見つけると、フィアットの意図を推測し、新車出現の予想も容易に推察できる由々しき事態となったのである。
しかも技術部門のこの秘密を、メディアだけではなくマーケティング部門が知るに及び、ジアコーザはある別の手法を生み出す。それが将来のプロジェクトを「X」で表すというものであった。アイデア自体は斬新ではなかったが、その出元は1954年からフィアットのライセンス生産を行っていたユーゴスラビアのザスタバ工場のゼネラルマネージャー、プロヴスラフ・ラコヴィッチだったと、ジアコーザは1979年に出版された自伝のなかで認めている。
ジアコーザは、新しいエンジンプロジェクトを「X0」、新しい乗用車プロジェクトを「X1」、新しいトラックを「X2」と呼ぶようにした。プロジェクト「X1/1」は最終的にフィアット 128へと結実し、アウトビアンキ「A112」が「X1/2」、フィアット「130」が「X1/3」、「127」が「X1/4」といった具合であった。ちなみに、ダンテ・ジアコーザが最後に担当したクルマが、この127である。
その後もX〇〇を3桁の数字に置き換えて車名にする手法はしばらくの間続いたそうだが、いつまで使われたのか、正式な資料はフィアットに残されていないそうだ。この事実を掘り当てたマッテオ・リカータは
「イタリア人は物を作るのは得意だが、管理するのは苦手なので、フィアットの歴史資料館でXコードに関する問い合わせに、明確な答えが得られなかったのも当然だった」
と語っている。いずれにせよ、Xコードの乗用車9番目のプロジェクトが「X1/9」であり、製品開発Xコードを使用するようになった以降で、開発コードがそのまま車名になった例は、前述したとおりこのクルマをおいて他にはない。
前オーナーの莫大な愛情とお金を注いだクルマを次の誰かが美味しく紡ぐクラシックカー市場の悲哀
さて、今回オークションに登場したモデルは1988年式のベルトーネX1/9である。ブラックの外装色に、マルチカラーのファブリックとグレーのレザー&クロスシート、ブラックのトリムという内外装を持ち、オークションカタログ作成時点での走行距離計は2万4331マイルであった。
この車両は過去数年間、イギリス(英国)のイングランド南東部ケント州に拠点を置く専門業者「メイドストーン・スポーツカーズ」によって整備がなされていた。2022年3月付の請求書では、エンジン整備、サスペンションブッシュ交換、ブレーキパッドとディスクの交換、その他ブレーキ関連作業および諸費用として、合計5224ポンド(約110万2264円)が記載されている。
さらに2025年9月および11月には、キャブレターの交換、チョークの自動式から手動式への変更、燃料タンクの洗浄と燃料ポンプおよびフィルターの交換を含む追加作業が行われ、2912ポンド(約61万4432円)が追加された。
総額で8136ポンド(約171万6696円)もの整備費用をかけたにもかかわらず、売却金額は6750ポンド(約142万4250円)なのだから、購入したユーザーはお得感満載なのかもしれない。前オーナーの苦労と出費を想像すると少し切なくなるが、「誰かが莫大な愛情(とお金)を注いだクルマを、次の誰かが美味しくいただく」。これこそが、クラシックカー趣味に潜む、残酷でありながらも最高に魅力的な“醍醐味”なのだ。
※為替レートは1ポンド=211円(2026年4月3日時点)で換算
