クルマを文化する
REAL CAR CULTURE

AUTO MESSE WEB

クルマを文化する
REAL CAR CULTURE

AUTO MESSE WEB(オートメッセウェブ)

  • TOP
  • CLASSIC
  • クラシックカー趣味に潜む残酷ながらも魅力的な醍醐味!? 「X1/9」の車名由来と趣味車ゆえの悲哀
CLASSIC
share:

クラシックカー趣味に潜む残酷ながらも魅力的な醍醐味!? 「X1/9」の車名由来と趣味車ゆえの悲哀

投稿日:

TEXT: 中村孝仁(NAKAMURA Takahito)  PHOTO: iconicauctioneers  FACT CHECK: 山本 亨(YAMAMOTO Tohru)

3桁コードはスクープ記者に見破られ漏洩防ぐため「X」コード誕生! X1/9は乗用車開発9番目のクルマ

製品番号がそのまま車名として使われた最初の例は、1966年に登場した「124」である。このクルマはヨーロッパ・カー・オブ・ザ・イヤーを受賞した。その後もフィアットは製品番号をそのまま車名として使う手法を10年以上継続したが、その手法がメディアに知れ渡ってしまった。新製品や試作車の詳細を狙う雑誌のスクープ記者が、製品コードに含まれる数字のひとつでも見つけると、フィアットの意図を推測し、新車出現の予想も容易に推察できる由々しき事態となったのである。

しかも技術部門のこの秘密を、メディアだけではなくマーケティング部門が知るに及び、ジアコーザはある別の手法を生み出す。それが将来のプロジェクトを「X」で表すというものであった。アイデア自体は斬新ではなかったが、その出元は1954年からフィアットのライセンス生産を行っていたユーゴスラビアのザスタバ工場のゼネラルマネージャー、プロヴスラフ・ラコヴィッチだったと、ジアコーザは1979年に出版された自伝のなかで認めている。

ジアコーザは、新しいエンジンプロジェクトを「X0」、新しい乗用車プロジェクトを「X1」、新しいトラックを「X2」と呼ぶようにした。プロジェクト「X1/1」は最終的にフィアット 128へと結実し、アウトビアンキ「A112」が「X1/2」、フィアット「130」が「X1/3」、「127」が「X1/4」といった具合であった。ちなみに、ダンテ・ジアコーザが最後に担当したクルマが、この127である。

その後もX〇〇を3桁の数字に置き換えて車名にする手法はしばらくの間続いたそうだが、いつまで使われたのか、正式な資料はフィアットに残されていないそうだ。この事実を掘り当てたマッテオ・リカータは

「イタリア人は物を作るのは得意だが、管理するのは苦手なので、フィアットの歴史資料館でXコードに関する問い合わせに、明確な答えが得られなかったのも当然だった」

と語っている。いずれにせよ、Xコードの乗用車9番目のプロジェクトが「X1/9」であり、製品開発Xコードを使用するようになった以降で、開発コードがそのまま車名になった例は、前述したとおりこのクルマをおいて他にはない。

前オーナーの莫大な愛情とお金を注いだクルマを次の誰かが美味しく紡ぐクラシックカー市場の悲哀

さて、今回オークションに登場したモデルは1988年式のベルトーネX1/9である。ブラックの外装色に、マルチカラーのファブリックとグレーのレザー&クロスシート、ブラックのトリムという内外装を持ち、オークションカタログ作成時点での走行距離計は2万4331マイルであった。

この車両は過去数年間、イギリス(英国)のイングランド南東部ケント州に拠点を置く専門業者「メイドストーン・スポーツカーズ」によって整備がなされていた。2022年3月付の請求書では、エンジン整備、サスペンションブッシュ交換、ブレーキパッドとディスクの交換、その他ブレーキ関連作業および諸費用として、合計5224ポンド(約110万2264円)が記載されている。

さらに2025年9月および11月には、キャブレターの交換、チョークの自動式から手動式への変更、燃料タンクの洗浄と燃料ポンプおよびフィルターの交換を含む追加作業が行われ、2912ポンド(約61万4432円)が追加された。

総額で8136ポンド(約171万6696円)もの整備費用をかけたにもかかわらず、売却金額は6750ポンド(約142万4250円)なのだから、購入したユーザーはお得感満載なのかもしれない。前オーナーの苦労と出費を想像すると少し切なくなるが、「誰かが莫大な愛情(とお金)を注いだクルマを、次の誰かが美味しくいただく」。これこそが、クラシックカー趣味に潜む、残酷でありながらも最高に魅力的な“醍醐味”なのだ。

※為替レートは1ポンド=211円(2026年4月3日時点)で換算

12
すべて表示
  • 中村孝仁(NAKAMURA Takahito)
  • 中村孝仁(NAKAMURA Takahito)
  • 幼いころからクルマに興味を持ち、4歳にしてモーターマガジンの誌面を飾る。 大学在学中からレースに携わり、ノバエンジニアリングの見習いメカニックとして働き、現在はレジェンドドライバーとなった桑島正美選手を担当。同時にスーパーカーブーム前夜の並行輸入業者でフェラーリ、ランボルギーニなどのスーパーカーに触れる。新車のディーノ246GTやフェラーリ365GTC4、あるいはマセラティ・ギブリなどの試乗体験は大きな財産。その後渡独。ジャーナリスト活動はドイツ在留時代の1977年に、フランクフルトモーターショーの取材をしたのが始まり。1978年帰国。当初よりフリーランスのモータージャーナリストとして活動し、すでに45年の活動歴を持つ。著書に三栄書房、カースタイリング編集室刊「世界の自動車博物館」シリーズがある。 現在AJAJ(日本自動車ジャーナリスト協会)及び自動車技術会のメンバーとして、雑誌、ネットメディアなどで執筆する傍ら、東京モーターショーガイドツアーなどで、一般向けの講習活動に従事する。このほか、テレビ東京の番組「開運なんでも鑑定団」で自動車関連出品の鑑定士としても活躍中である。また、ジャーナリスト活動の経験を活かし、安全運転マナーの向上を促進するため、株式会社ショーファーデプトを設立。主として事業者や特にマナーを重視する運転者に対する講習も行っている。
著者一覧 >
  • 山本 亨(YAMAMOTO Tohru)
  • 山本 亨(YAMAMOTO Tohru)
  • 1960 年生まれ 大学卒業後ベストカーガイド編集部勤務。1990年オートスポーツ誌に転職、1992年F1速報誌(アズエフ)編集長。1995年月刊ビデオマガジン編集部に転職、1996年ベストモータリング編集長(のち局長兼務)。2005年ネコパブリッシング・イベント本部長/4輪編集局長兼務。2015年交通タイムス社に転籍、2020年より現職(総編集局長)自動車の分野に問わずオールマイティだが、特に旧いモータースポーツとクラシックカーに造詣が深い。愛車は1969年DATSUN Fairlady SRL311/YAMAHA RD250ほか

 

RECOMMEND

MEDIA CONTENTS

WEB CONTENTS

 

人気記事ランキング

MEDIA CONTENTS

WEB CONTENTS

AMW SPECIAL CONTENTS