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仲間と資金を出し合い希少車を輸入&製作、アンヌ隊員やファンの支援で復活を遂げた「ポインター号」とオーナーの三十余年のウルトラ情熱物語!

ポインター:設計図は存在しなかったため、テレビ画面を撮影した写真や、友人が作った1/32のモデルカーを元に製作が進められた

ファンが情熱の完全再現! 「クライスラー インペリアル」を輸入し、蘇らせたウルトラ警備隊「ポインター号」

1967年にTBSテレビで放送が開始された特撮テレビドラマが円谷プロダクションが制作した「ウルトラセブン」です。劇中でウルトラ警備隊の専用車両として活躍した「TDF PO-1 ポインター」号を、ベース車両の輸入から完全手作りで再現し、公道走行可能な車検まで取得してしまった熱狂的なオーナーがいます。アンヌ隊員役・ひし美ゆり子さんら出演者からも愛される奇跡のレプリカ「ポインター」号ですが、その波乱万丈な製作秘話と心温まるストーリーをご紹介します。

1992年に精巧なレプリカとして蘇り各地イベントで人気の「ポインター号」は「地球防衛軍」の「軍用車枠」!?

TBSテレビによるウルトラシリーズ第3弾として、1967年から翌年までの約1年間放送された特撮テレビドラマ「ウルトラセブン」。変身ヒーローであるウルトラセブン、そして宇宙からの侵略者から地球を守るウルトラ警備隊の活躍は、これまでのウルトラシリーズからよりSF色の強いものとなり、成人層も取り込む人気番組となった。

その劇中で、地球防衛軍ウルトラ警備隊の専用車両としてウルトラセブンとともに活躍し、人気の劇中車となったのが「TDF PO-1 ポインター」号(以下、ポインター号)だ。これまでも劇中車とほぼ変わらずに再現されたこのポインター号は、さまざまなイベントに展示され、いつも人気を集める1台であるから、すでにご存知の方も多くいらっしゃるかと思う。

「いろいろなイベントには参加していますが、この『まつどクラシックカー&スポーツカーフェスティバル』はずっと誘っていただいていたものの、ほかのイベントとバッティングしていて今回が初めての参加です」

そう語るのはオーナーの城井康史さん。

「このイベントには軍用車枠があるということで、ポインター号は『地球防衛軍』の車両ですから(笑)。自衛隊のジープで参加している知人が誘ってくれて、ミリタリー車ということで参加させてもらいました」

写真撮影や城井さんへの質問もひっきりなしの人気ぶりを見せるポインター号であるが、放送当時の劇中使用車はすでに廃車となっている。この個体は今から34年前の1992年に完成させた、非常に精巧なレプリカだという。

酔った勢いでアメリカへ発注し「インペリアル」を見つけ、再現に向け購入から改造費を仲間と成し遂げたオーナーの情熱

1962年に始まった、全国のSFファンが一堂に集まる全国大会「日本SF大会」は、特撮、小説、アニメーションなどSFが好きな人たちの文化系イベントだ。1980年ごろから参加していた城井さんは、当時「帰ってきたウルトラマン」に出てくるマツダ「コスモスポーツ」をベースにした、マットビハイクルのカラーリングを模して乗っていったという。そんなある年、日産「グロリア(330型)」をポインターに改造して乗ってきた人がいた。

「それが1986年のことでしたが、感心しましたね。僕らの世代にとってポインターは夢の世界のクルマですから」

1988年にその制作者と会うことができ、すぐさま意気投合した。そもそも、なぜ日本の特撮番組の車両に巨大なアメ車が選ばれたのだろうか。ポインターのベースとなった1957〜58年式の「クライスラー インペリアル」は、当時のアメ車のなかでもひときわ巨大なテールフィンを持ち、まるで宇宙船のようなアヴァンギャルドなデザインを誇っていた。圧倒的な未来感と重厚感を演出するため、当時の制作陣があえてこの巨大な高級車をベースに選んだという歴史的背景がある。

城井さんは、この希少なベース車両さえ手に入れることができれば、劇中車とまったく同じ仕様で車検の取得が可能かもしれないと夢を見たという。

当時は個人輸入が一般的でない時代であったが、酔った勢いもあり、輸入代行業者へ依頼した。酔っていたこともあってそんな依頼をすっかり忘れていたある日、電話が鳴る。当時はまだオートトレーダーなどの雑誌に中古車はあったものの、なにしろ国土が広いアメリカである。業者も1日に何軒も見て回ることは不可能だった。そんななかで、街中を走っていたクライスラー インペリアルを見つけ、輸入業者が「1万ドルで売ってくれないか」と交渉したところ、話がついたという。

当時の為替レートは1ドル約150円、つまり150万円だ。1万ドル用意してくださいと言われたが、当時20代後半から30代頭くらいだった城井さんにそれだけの貯金はなかった。

「全額の手持ちはなかったので、同じくポインター号に思いを馳せている友人たちに事情を話して、お金を貸してほしいと頼みました」

そしてベース車両は手に入ったものの、改造にもお金が必要だ。せっかくベースを手に入れたのだからポインター号を作らないと意味がないと、再度友達を回って資金を集めたという。

模型を基に試行錯誤の末に完成させ、車検取得や出演俳優と交流も果たしたポインター製作への執念

いよいよ製作となるのだが、資料がまったくない。模型のモデリングが得意な友人に、1/32スケールのモデルカーを製作してもらうことになった。

「それを板金業者さんに持ち込みまして、『これを32倍してください』と頼みました(笑)」

設計図はなかったので、「テレビの画面を撮ったものをプリントして、この角度はこういう見え方です」といった具合に製作中の板金屋さんに通った。まずはダンボールで型を作り、のちに鉄板で作るといった試行錯誤を重ねた。

そうして1991年に開始したポインター号の製作は1年をかけて完成し、1992年には見事車検も取得する。

「車検取得に向けて相談した陸運事務局の検査官も同じ世代の方で、理解を示してくれたのか好意的に『ここをこうしたほうがいい』などの助言もありました」

完成してからは、当初の目的であるSF大会へ出場。1994年くらいからモロボシ・ダン役の森次晃嗣さん、2000年を過ぎた頃にはアンヌ隊員役のひし美ゆり子さん、2007年にはアマギ隊員役の古谷敏さんら、当時の出演俳優たちとの付き合いができた。

絶体絶命の故障救ったアンヌ隊員やファンの善意に応え公道走行可能な劇中車「ポインター号」のウルトラ凄い物語

その後、完成して10年くらいは楽しむも、修理でイベントに参加できない年もあった。2002年にエンジンがブローし「もうダメだ」と思った時には、なんとひし美ゆり子さんがファンたちに呼びかけてくれたのだ。

「中野サンプラザでひし美ゆり子さんのいろいろなファングループの交流会があったのですが、そのパーティーでの余剰金をポインター号のエンジン修理に充てようと提案してくれたことで、エンジンを載せ替えることができ、路上復帰できたんです。デロリアンやナイト2000なんていう海外映画の劇中車レプリカは結構いらっしゃいますが、ナンバーを付けて走れる日本の特撮劇中車というのはないんですよ。喜んでくれる方もたくさんいらっしゃいますし、このポインター号はたくさんの方々の善意でいまもあるわけです。こうしたイベントには、これからもなるべく駆けつけたいと思っています」

日本の特撮の歴史からいって、ウルトラシリーズの認知度を超えるものはそう多くはないだろう。これからも唯一の存在として、城井さんとポインターは全国各地で勇姿を見せてくれるはずだ。

宇宙からの侵略者に立ち向かったウルトラ警備隊のポインター号。その現実世界での姿は、アンヌ隊員をはじめとするウルトラマンを愛する多くの人々の絆と善意によって、いまも力強く守られ続けているのである。

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