特に欲しいわけではないベンツと14万キロ
33年ワンオーナーのメルセデスW124 300E
1992年式メルセデス・ベンツ「300E」。ヤナセからの偶然の提案から始まった付き合いは、気づけば33年、走行距離14万5000キロを超えました。当初は「とくに欲しいクルマだったわけではない」と語るオーナーの“wonder FOUR”さんですが、なぜ一台のクルマをこれほど長く愛し続けられるのでしょうか。そこには「最良の道具」としての完成度と、人生を共に歩むなかで生まれた数々のドラマがありました。珠玉のワンオーナー車が紡ぐ、四半世紀の時を超えた絆の物語をお届けします。
偶然の買い取り話が生んだベンツとの出会い
年式落ちで好条件がそろった在庫車だった!?
「このクルマがどうしても欲しかった、というわけではないんです」
オーナーとこのW124との出会いには、少し意外な背景がある。以前乗っていたのはオペル「ベクトラ」。当時、オペルの正規代理店はヤナセへと移行するタイミングにあり、今後のメンテナンスの相談でヤナセを訪れた際に「オペルの営業車が足りないのでこのクルマを買い取りたい」という話になったという。そこで代替的に提案されたのが、ヤナセ扱いの車両であったメルセデス・ベンツへの買い替えだった。その流れのなかで、この300Eと出会うことになったのだ。
そう語る“wonder FOUR”さんだが、その言葉とは裏腹に、目の前のW124 300Eは1993年の新車購入から現在まで、33年間ワンオーナーで14万5000km乗り続けられてきた1台だ。この300Eは1992年式。購入当時は年式落ちの在庫車だったため、条件的にも魅力があったという。検討段階ではアメリカ車を含め、ヤナセ取り扱い車種を幅広く見ていたというが、決定打となったのは「サイズ感」だった。
「とくに欲しいクルマがあったわけではなく、日常で無理なく使えるセダンとしてちょうど良かったんです」
結果的に選んだW124は、奇をてらわない端正なスタイリングと、質実剛健な作りで、長期所有に十分応える素質を備えていた。“wonder FOUR”さんはこの300Eのほかに、1975年式BMW「2002」を新車から所有し続けている。ご実家のお隣がクルマ屋だったという縁もあり、クルマとの付き合いは常に「自然体」。4ドアセダンを好み、現在はクーペや、このW124を含めて合計5台を所有している。
トラブルすら「運」に変える人とクルマの絆
人との出会いもこのクルマだからこそ!
カスタマイズに関しては控えめだ。オーディオは、山口宗久氏が製作したスピーカーユニットへ換装しているが、それ以外はノーマルを維持する方針だという。「詳しくないですし、純正の完成度が高いですから」
外観で唯一大きく手が入ったのはフロント周り。停車中、後退してきたトラックに衝突される事故に遭い修理を行った。その際、当時流行していた後期型フェイスへ変更し、バンパーや腰下プロテクターを艶消しから艶ありへと変更している。すべて純正部品での換装で、現在も仕上がりに違和感はない。
足もとにはR107用ホイールを装着。ショックアブソーバーは、鉄道ファンとして全国を走り回るライフスタイルを考慮し、抜ける前にビルシュタインのノーマルタイプへ交換している。整備は新車時代から現在までディーラーがメインで行っており、1年点検と車検整備は欠かさず行っているそうだ。例外は、天井内張りの張り替え、ボディクリアの再塗装、AT修理の3点のみ。ATトラブルは茨城出張中に発生したが、偶然にもディーラー推奨工場の近くで故障したので自走で辿り着けた。オーナーさん想いの素敵なクルマであり、「結果的に最善の形で修理できた」と振り返る。
ちなみに、唯一の完全な走行不能を経験したのは、桜エビを食べるためにW124のツーリングで静岡県へ行ったときのことだ。帰り道、首都高速道路のパーキングエリアでエンジンがかからなくなった。しばらくして再始動ができたものの、オルタネーター故障の警告が点灯。「どこまで帰れるかな」と心配していたそうだが、ご自宅最寄りのインターチェンジを降りたところで停止してしまったそうだ。
エアコンはレトロフィット(新冷媒への変換)施工済みで、2025年の酷暑でも問題なく稼働。「よく使って動かしているからでしょうね」とのことだ。このクルマをここまで維持できた理由を伺うと「ザ・セダンと呼べるデザインと、長距離を走っても疲れない快適性。例えば、千葉から愛知まで走っても本当に楽です」今回も、クルマ仲間が住む豊橋にて一泊し、長久手市のトヨタ博物館までノントラブルで楽に走って来られたという。このクルマが普段から丁寧に整備され、信頼の走りをしっかりと保っているのがよく理解できるエピソードである。
「このクルマがあったから出会えた人がいる」
東北一周をはじめ、多くの旅を共にしてきたW124。奥様と出かけた東北旅行の際のレストランでは、那須での夜の食事で現金のみの清算と言われ、持っていた現金をほぼすべて精算時に支払ってしまった。このクルマの購入時は、まだ高速道路にETCも装備されておらず、クレジットカードも使えなかった時代だ。那須から自宅のある千葉まで夜中の一般道を走って帰ったこともあったという。しかし、そのような状況下でも「一般道を走っている124は楽しかった」と振り返られていたのが印象的だ。
「このクルマがあったから、出会えた人がいる。33年乗り続けてきた理由は、それに尽きますね」
結果として選んだW124 300Eは、“wonder FOUR”さんの家族の一員としてしっかりと彼の人生を支え続けていた。
