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料金所にレーシングカー!? 廃線の首都高KK線に空冷ポルシェ200台超「LUFT TOKYO」は一日限りの奇跡のイベント!

料金所の跡地に並ぶ異色の二台。夢のような光景だ

都心の首都高が空冷ポルシェの聖地になった!?日本中の356から純レーシングが200台集結!

2026年3月14日、道路としての役目を終えた東京高速道路(通称KK線)が、空冷ポルシェの祭典「LUFT TOKYO」の舞台となりました。カリフォルニア州ベニス発祥のカーカルチャーイベントが日本に初上陸した今回、銀座のビル群を貫く廃線の高速道路上に200台を超える空冷ポルシェが集結し、歴代911から伝説のレーシングカーまでが一堂に会しました。空冷エンジンを愛する人たちの情熱が、銀座の廃線高速道路を文字通り熱く染め上げた1日をお届けします。

2014年カリフォルニア発の空冷ポルシェの祭典「LUFT」が廃線の首都高を貸し切り東京上陸!

2026年3月14日、穏やかな日差しが心地よい土曜日。道路としての役目を終えた東京高速道路(通称KK線)を舞台に、空冷ポルシェの祭典「LUFT TOKYO(ルフト・トウキョウ)」が1日限りで開催された。カリフォルニア発祥のカーカルチャーイベントが日本に初上陸した今回、銀座のビル群を貫く高速道路上に200台を超える空冷ポルシェが集結した。

このイベントの正式名称「Luftgekühlt(ルフトゲクールト)」はドイツ語で「空冷」を意味する。冷却水を使わず走行中の空気でエンジンを冷やす「空冷エンジン」にこだわり続けたポルシェの伝統を、そのままイベント名に込めたネーミングだ。第1回は2014年にカリフォルニア州ベニスのカフェの駐車場で開催されたが、当初は少人数の集まりに過ぎなかった。

しかし、空冷ポルシェへの情熱は国境を軽々と越えていく。盛況を追い風にアメリカを飛び出したLuftgekühltは、イギリスやドイツなどヨーロッパ諸国へと活動の場を広げ、世界的な空冷ポルシェの祭典へと成長した。そして13年目となる2026年、初めて東京へと上陸したのが今回の「LUFT TOKYO」だ。

京橋JCTから汐留JCTまで全長約2kmが廃止路線
自動車専用道路を歩いて珠玉のポルシェを陳列!

イベントの舞台となった東京高速道路(KK線)は、首都高速都心環状線(通称C1)の京橋JCTから汐留JCTまでをバイパスする全長約2kmの自動車専用道路だ。1966年の全線開通以来、約60年にわたって都心部の過密な交通を支えてきた。しかし、地下を通る新たな都心環状ルート「新京橋連結路」の整備が決まったことでKK線の役割は大きく低下し、2025年4月5日をもって廃止となった。その後は、既存の高架施設を活かした歩行者中心の公共空間として再生される計画が進んでいる。

当時のKK線は走っていて楽しい道のひとつでもあった。夜に通れば銀座の華やかな夜景を間近に眺められたし、タイミングが良ければ東海道新幹線と並走できるというサプライズもあった。この道路に対して特別な思い出を持つ人は少なくないはずだ。かくいう筆者も、そのひとりである。

イベント当日は、かつてKK線の西銀座入口だった場所に入場ゲートが設けられていた。受付を済ませ、合流車線のスロープを徒歩で登って本線へ向かう。クルマとまったく同じ動線を辿るという、不思議な体験だった。本線に出ると、行き交う来場者の多さと道の広さに驚いた。

展示エリアはモデルやジャンルごとに3つに分かれていた。多種多様なカスタムやチューニングを施した車両が並ぶAエリア、日本のレースで名を残した往年のレーシングカーやポルシェの原点となった356などを展示したBエリア。そして901から993までの歴代911を揃えたCエリアで構成されていた。

日本レース史に名残す伝説のレーシングカー群や自慢の空冷ポルシェが銀座の高速道路を大量占拠

数ある展示車両の中でも、圧倒的な存在感を放っていたのは、世界耐久選手権(WEC)のグループC規定向けに開発されたポルシェのレーシングカー「962C」だ。1980年代のレースシーンを席巻したマシンが3台揃うだけでも奇跡的なのに、それが銀座の高速道路上に置かれているのだから、にわかに信じがたい光景である。

特筆すべきは、ヨコハマタイヤのスポーツブランド「ADVAN(アドバン)」を象徴する黒地に赤のストライプカラーをまとった2台だ。日本のモータースポーツ史にその名を刻んだ、伝説のマシンたちである。

先頭に展示されていた962Cは、日本に初めて持ち込まれたシャシーナンバー111の個体だ。このマシンのデビューイヤーとなった1985年、全日本耐久選手権(1987年に全日本スポーツプロトタイプカー耐久選手権/通称JSPCへ改称)において、チームADVANスポーツノバの高橋国光・高橋健二コンビがシーズン3勝を挙げ、いきなりチャンピオンに輝いた。

後方にたたずむシャシーナンバー134の1台にも、熱いドラマがある。1989年、高橋国光はチームADVANアルファノバでこのマシンを駆り、劇的な大逆転の末にシリーズチャンピオンを獲得した。それは高橋国光にとって最後となるJSPCでのタイトルであり、また962Cにとっても最後の栄冠となった。日本のレース史における962Cの幕開けと有終の美を飾った2台が、KK線という特別な舞台の上で誇り高く並んでいた。

ちなみに、会場にはもう1台白いカラーリングをまとった962Cも展示されていた。この個体はドイツのダウアー・レーシングのもとでヨーロッパを舞台に活躍したマシンだ。数々のコレクターに受け継がれ、2023年にフランスから日本へと渡り、岡山県のファクトリー「Madlane(マッドレーン)」によってフルレストアが施された。シャシーナンバーは133で、奇しくも先述のシャシーナンバー134とは連番の関係にある。

「空冷ポルシェ」という唯一無二のブランド力と非現実的展示が「LUFT TOKYO」最大の魅力!

「すべてのポルシェにはモータースポーツの魂が注がれている」。これはポルシェが創業以来、一貫して掲げてきた信念だ。レーシングカーから市販モデルまで、あらゆるポルシェがかつて公道だったこの場所に肩を並べたLUFT TOKYOの光景は、「ポルシェ」というブランドの本質を体現した瞬間だったのかもしれない。

空冷エンジンのポルシェと、空冷エンジンを愛する者たちが特別な舞台に集ったこの日、会場を包む熱気だけは最後まで冷めることがなかった。

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