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注意事項は「ガソリン残量」のみ!? 峠道を完全封鎖してランボルギーニ「ミウラSV」を全開走行させた興奮を回顧する【ミウラ生誕60周年_10】

ランボルギーニ ミウラ:完璧なコンディションのミウラSVによる全開ドライブに終始興奮。一生忘れることのできない、筆者の大切な思い出だ

生誕50年でフルレストアされたランボルギーニ「ミウラSV」を完全封鎖のサン・ベルナール峠で全開ドライブ

2016年、ランボルギーニがランボルギーニ「ミウラ」の生誕50周年を記念する特別なイベントを開催しました。映画「ミニミニ大作戦」の舞台となった北イタリアのサン・ベルナール峠を完全封鎖し、ポロ・ストリコによって新車同様にレストアされたランボルギーニ「ミウラSV」を全開でドライブするという、自動車愛好家にとって夢のような体験の全貌を、当時の興奮とともにお届けします。

映画「ミニミニ大作戦」でランボルギーニ「ミウラ」が転落したサン・ベルナール峠を走る奇跡の試乗

それは今からちょうど10年前となる2016年のことだ。筆者はランボルギーニから一通のインビテーションを受け取った。「The Italian Job Reloaded」というタイトルを見て、一瞬でそれが何を意味しているのかを理解するのは難しかった。だが、Reloadedが「続編」の意であること、そして「The Italian Job」が邦題では「ミニミニ大作戦」とされた映画であったことを思い出したとき、このイベントがきわめて魅力的なものであることが容易に想像できた。

ちなみにこの映画の冒頭には、北イタリアのサン・ベルナール峠を舞台に撮影されたランボルギーニ「ミウラ」の走行シーンがある(劇中では無残にも転落してしまうのだが)。ランボルギーニは生誕50周年を迎えたこの年、その続編と称してサン・ベルナール峠を完全に封鎖。同社のクラシック部門であるポロ・ストリコによってレストアされたランボルギーニ「ミウラ」を、何の制約もなくドライブできるチャンスを与えてくれたのだ。

ポロ・ストリコが新車同様にレストアした完成形のランボルギーニ「ミウラSV」を峠ドライブの相棒にセレクト

それから10年の時を経ても、このときの記憶と興奮はいまでも鮮明に残っている。それまでにもランボルギーニ「ミウラ」をドライブした経験がないわけではなかった。しかし、それは撮影のための移動や短時間のドライブといった程度のもので、ランボルギーニ「ミウラ」というスーパーカーが秘める本来の性能、そしてキャラクターを十分に知り得たかといえば、実際のところはそうではなかった。

イベントのベースとなったサン・ベルナール峠の麓にある街の小さなレストランで行われたブリーフィングで、伝えられた注意事項はただひとつ。「ガソリンの残量だけは常に意識しておくように」ということだった。

このイベントのために用意されていたのは、いずれも当時のムゼオ・ランボルギーニ(ランボルギーニ・ミュージアム)が所有していたランボルギーニ「P400ミウラS」(シャシーナンバー:4644)と、ランボルギーニ「P400ミウラSV」(シャシーナンバー:5092)の2台だった。両モデルの詳細については、すでにこの連載でも解説しているとおりなので割愛するが、驚くべきはポロ・ストリコによるレストアの素晴らしさだった。

ランボルギーニの公式レストア部門である「ポロ・ストリコ」が設立されたのは、前年の2015年のこと。つまりこのイベントは、設立直後の彼らが持てる技術のすべてを注ぎ込んで完璧に仕上げた、究極のデモカーのお披露目という側面も持っていたのだ。

あたかも新車のように、そして出荷時の仕様が完全に再現された2台のランボルギーニ「ミウラ」は、確実に時間を50年前に巻き戻してくれるかのような美しさに満ちあふれていた。どちらのステアリングを握るのかのチョイスは自由だというので、まずはシリーズの完成形であり、もっとも刺激的な存在でもあるランボルギーニ「P400ミウラSV」を躊躇することなく選ぶ。

横置きV12の咆哮とスーパーカーの始祖たる真髄はドライバーのミスを許さない真剣勝負

ここまでのコンディションを持つランボルギーニ「P400ミウラSV」を、完全封鎖されたサン・ベルナール峠で一切の制約なくドライブできる機会など、おそらく2度と訪れることはないだろう。そう考えると、ひとつひとつのコーナーをクリアするたびに、自分自身の経験値が高まっていくような印象に包まれた。さまざまな電子制御デバイスが常に機能し続ける現代の最新スーパーカーと比較すると、その始祖たるランボルギーニ「ミウラ」の走りはきわめてスパルタンで、あえてこう表現させてもらうのならば、ミスを許すことはない。

コックピットの背後から伝わるV型12気筒エンジンのサウンドや振動は官能的で、レブリミットまでアクセルペダルを踏み続けると、ランボルギーニ「P400ミウラSV」では385psとされた最高出力以上の迫力と鋭さを感じるパワーを発揮してくれる。

この大きなV型12気筒エンジンが横置きミッドシップされるところに、ランボルギーニ「ミウラ」のドライビングの難しさがあるのだが、それでもかなりの距離をドライブするなかで、コーナーでの動きを冷静に理解する余裕も生まれてきた。ランボルギーニ「ミウラ」は現在においても十分に速く、そして美しく、またそのステアリングホイールを握る者には、それなりの知識と自制心、さらにはタフネスさを要求するスーパーカーだった。

ミウラを生み出した偉大なエンジニアたちとの直接交流で得た開発ストーリーは大きな財産となった!

このイベントには、ランボルギーニ「ミウラ」の生みの親でもあるジャン・パオロ・ダラーラ、パオロ・スタンツァーニ、そしてマルチェロ・ガンディーニの3人も揃って出席していた。彼らから直接聞くことができたランボルギーニ「ミウラ」の開発ストーリーはどれも興味深いものばかりで、それもまた自分にとっては大きな財産となったことは言うまでもない。スタンツァーニが2017年に、またガンディーニが2024年に亡くなったことは悔やまれてならないところである。

ランボルギーニ「ミウラ」の生誕50周年イベントは、これで終わることはなかった。それから半年ほどして、今度は「Back To The Name」と示されたインビテーションを筆者は受け取ることになる。はたしてそれはいかなるイベントだったのか。次回はその内容を報告しようと思う。

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