カウンタックの好敵手フェラーリ「512BBi」最終型はBBの中でもっとも実用性が高いモデルのはずが……
1970年代のスーパーカーブーム時代には、常にランボルギーニ「カウンタック」の好敵手として絶大な人気を誇ったのが、フェラーリの「ベルリネッタ ボクサー(BB)」シリーズです。慢性的に高騰するカウンタックとは対照的に、BBは比較的リーズナブルな相場が定着しています。今回はアメリカのオークションに出品された最終進化形となった1983年式フェラーリ「512BBi」の歴史と、強気な価格設定が招いた意外なオークション結果を紐解きます。
フェラーリ初の縦置きミッドシップ12気筒の最終進化形BBiは、キャブからインジェクションにコンバート
1973年にフェラーリ「365GT4/BB」を擁してリアミッドシップエンジン戦線に参戦したのち、フェラーリは3年後となる1976年、後継モデルとしてより洗練されたフェラーリ「512BB」を発表する。この改良型BBは「ティーポF102B」と呼ばれる180度V型12気筒エンジンの排気量アップ版を搭載。「512」という名称は「5000ccの12気筒エンジン」を指す、フェラーリのレーシングカーに由来する新たな命名規則を導入したものだ。
512BBでは、365時代からのオリジナル「ベルリネッタ ボクサー」の基本デザインを継承しつつ、テールエンドを延長。また空力特性とエンジン冷却性能を向上させるため、フロントのエアダムスカートや後輪前のNACAダクトを追加するなど、スタイリングに細かな改良を加えた。さらに、ドライサンプ潤滑システムの採用によって急旋回時のオイル不足が解消されるとともに、新たなツインプレート式クラッチはペダルの操作負荷をわずかながら軽減し、日常的なドライバビリティを向上させた。
そして1981年には512BBのファイナルバージョン、あるいはBB全体の最終進化形として「512BBi」が登場。小文字の「i」は燃料噴射を意味する。
実用性が最も高いベルリネッタ ボクサー誕生の引き換えは、最高速302km/hから280km/hと20馬力ダウンの340馬力
総排気量4943ccの12気筒ユニットには、4基のトリプルチョーク ウェーバー気化器に代わって、新たにボッシュ Kジェトロニック型インジェクションが組み合わされる。しかし最高出力360psを標榜していた512BBからは20ps、さらに365GT4/BB時代に比べると、じつに40psの低下となる340psまでディチューンを余儀なくされた。
これによってメーカー公表のマキシマムスピードも、希望的観測とカウンタックへの対抗意識が込められていた365/512BBの「302km/h」から、かなり現実的な「280km/h以上」という数値に初めて落ち着くことになった。
1981年から1984年にかけて生産された512BBiはわずか1007台(ほかに諸説あり)。この最終型の燃料噴射モデルは、リクライニングシートにヘッドレスト、電動デュアルミラー、エアコン、パワーウインドウ、グラフィックイコライザーつきのカーステレオを標準装備し、もっとも実用性の高いベルリネッタ ボクサーと評されている。
そもそも、このボッシュ Kジェトロニックの導入は、世界でもっとも厳しいとされたアメリカの排ガス規制をクリアする目的もあった。しかし、フェラーリは多額のホモロゲーション(認証)取得コストを嫌い、結局、一連のBBは北米マーケットにて正式販売されることなく終わってしまう。それでもアメリカの熱心なエンスージアストたちは、フェラーリの最新フラッグシップの輸入と連邦規格適合化を躊躇せず、少なからざる台数のBBたちが並行輸入というかたちで北米大陸の地を踏むことになったという、なんとも皮肉な歴史を持っている。
各国のフェラーリスタの元で入念な整備を受け続けた機関と「ロッソ コルサ」の外装、「ベイジェ」内装は???
アメリカにおけるフェラーリの登録履歴を記した「フェラーリ レジスター」によれば、このほどブロードアロー オークションズ「アメリア・アイランド2026」セールスに出品されたフェラーリ「512BBi」(シャシーNo.#44669)は、1983年1月にマラネロ本社工場からラインオフした個体との由。
クラシックな「ロッソ コルサ」のボディに「ベイジェ(ベージュ)」のレザー内装を施され、まずはフェラーリにとっては最古のディーラーのひとつであった英国マラネロ コンセッショネアーズに新車として引き渡されたが、当初から英国マーケット向けの右ハンドル仕様ではなかった。
米国運輸省の記録文書によれば、2カ月後の1983年3月までにこのフェラーリはアメリカ合衆国に輸出されたものの、その後間もなくスイスに移送されたという。当時のスイス国内登録書類によれば、同車は1984年4月にスイスにて初めて登録され、1988年までにシオンのアンリ・ド・ラヴァラズの所有となる。オリジナルのサービス・保証ブックレットには、テオドール・ニデガーの所有期間中、1990年代後半から2000年代初頭にかけて、シオンのガレージ ゼニスおよびベルンのオートモービル ネメスAGによる定期的な整備記録がさらに記載されている。
今回のオークション出品者でもある現オーナーは、2005年の時点で約2万6700kmの走行距離を示していたこのフェラーリを、カナダ・ケベック州から購入し、その後アメリカ合衆国カリフォルニア州へ移送。それ以来GTOエンジニアリングやファスト カーズなど、南カリフォルニアを代表するフェラーリ専門業者によって入念な整備を受けてきた。
2022年2月には、2つの新品タイロッドエンドを取り付けるとともに、フロントサスペンションのアライメント調整を実施。また、ブレーキブースターの再構築とブレーキのエア抜き、エアコンシステムのガス抜きと再充填を行った。さらに直近の2025年10月には、ダッシュボードとグローブボックスのビニールレザー表皮を張り替えることで、インテリアをリフレッシュしている。
スーパーカー世代のヒーローは機関も外装も完璧な仕上がりだった一方、使用感たっぷりな内装はミスマッチ!?
オドメーターが示す走行距離は、公式カタログ作成の時点でわずか3万km強。千鳥格子柄の洒落た純正フォルダーに収納されたオリジナルの取扱説明書、純正ツールロール、カンパニョーロ製純正ホイールと組み合わせたスペースセーバースペアタイヤ(フロントの極端に狭いスペースに収めるため、通常は畳まれており、使用時に付属のコンプレッサーで空気を入れて膨らませるというスーパーカーならではの特殊な構造だ)なども完備された状態での出品となった。
このフェラーリ「512BBi」について、ブロードアロー社では「完全手作業で組み立てられた最後の時期の跳ね馬は、比類なき性能と雄大なフラット12のサウンドトラックを携え、オープンロードで存分に楽しむ準備が整っています」と高らかにアピール。
そのうえで26万ドル〜30万ドル(邦貨換算約4108万〜4740万円)という、昨今の512BBiの販売実績からすると、かなり高額のエスティメート(推定落札価格)を設定した。ところが3月7日に行われた競売では、残念なことに最低落札価格に届くことなく流札。現在では「継続販売中」となっている。
とはいえ、ボディやエンジンルーム内が比較的きれいに保たれているかたわら、とくにシートは使用感たっぷりで少々くたびれた印象もあったことを思えば、今回のエスティメートはちょっと欲張ってしまった……? という、底意地の悪い感想を抱かざるを得ないのである。
※為替レートは1ドル=158円(2026年4月17日時点)で換算
