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「スカイラインの父」からの手紙 「勝つため」だけではない! GT-Rが「最上級グランツーリスモ」を目指した理由 【櫻井眞一郎没後15周年特別寄稿vol.2】

レーシングカーと市販車、方向性は全く異なりながらも、血は通じている

GT-Rはレースのために生まれたのではなく、究極のグランツーリスモを目指した1台だった

スカイラインの2代目から7代目にわたり開発責任者を務め、「スカイラインの父」と称された故・櫻井眞一郎氏の没後15周年を迎えます。生前のインタビューをもとにした特別寄稿の第2弾では、GT-Rに込められた開発思想を深く掘り下げます。単に勝つためだけではなく、最上級のグランツーリスモを目指した櫻井氏の技術者としての哲学と開発思想の信念に迫ります。

GT-Rの開発哲学は「高性能でもイージードライブ」を追求

GT-Rの開発思想の根底にあったのは「エンジンのレスポンスを高め、回転を上げることでパワーを引き出す」という考えでした。ただ、それを極めていくと、従来の足まわりでは追従できないのはわかっていました。だから、そのエンジンに負けない足まわりを作ることから始めています。

エンジンのレスポンスと、不自然な挙動を極力排除する。これに注力したのを覚えています。一時期は性能を限界まで高めるため、徹底的な軽量化も追求しました。しかし、振り返ってみるとそれも行き過ぎだと理解できました。GT-Rは「高性能だけれど、イージードライブもできなければダメだ」。その考えに立ち返り、徐々に楽に扱え、レースでも疲れない要素が盛り込まれるようになってきました。GT-Rは、勝つことだけにこだわり、シャカリキになって作ったクルマではありません。正直、個人的には「勝つ、負ける」という勝負事は大嫌いでしたから。ただ、このクルマでレースに参加する以上、「他のクルマに負けないようなポテンシャルは持たなくてはならない」と考え、開発を進めてはいました。

4ドアより簡素化した2ドアの後席は、運動性能向上のために割り切り

1970年に登場した2ドアは、走りを考えれば理想であったといえます。こんなことを言っていいかはわかりませんが、スカイラインは開発時から助手席だけは少しお金をかけますが、後席は高性能化が進めば進むほど簡素化していました。その分、運転席にはしっかり投資し、ドライバーが操る喜びを感じるようにポジションとサポートを重視しました。感覚的に、運転席が70であれば、助手席が20、後部座席は10という感じですね。

つまり、2ドアの後席を本当にイヌかネコ、モノ置きくらいに割り切って考えられれば、走りはもっと機敏になる気がしていました。エンジン性能をどんどん上げていくとそれに見合った運動特性、つまりレスポンスをよくすることが不可欠になります。

KPGC10は最強のS20エンジンを活かすため運動性能を突き詰めた理想形

レスポンスがいいということは、ハンドリングのパフォーマンスにも直結します。ホイールベースを短くした2ドアの必要性は4ドアを開発していたころ感じていました。ホイールベースを短縮した2ドアは、全長の長いスカイラインをコンパクトにし、運動特性を飛躍的に向上させる。それだけを狙ったクルマでした。

グリルも4ドアと同じで、リアのオーバーフェンダー以外は外観的に派手なところはありません。つまり、スカイライン本来のスタイルは、何も変わっていないのです。

2ドアのGT-Rは最強のエンジンを最大限に活かすため、その運動性能を突き詰めた究極の形でした。マシンスピードではなくて、いかに取りまわし性能を高めるか、この題材について絶えずチャレンジしていたのを覚えています。

僕の哲学からすると、GT-Rがレースの道具になるのは心外……

何度もいいますが、わたしがGT-Rに求めたのは、2Lという枠のなかでどれだけ研ぎ澄まされたクルマが作れるか、それだけです。アクセルを踏んだときに、素早く反応してくれるフィーリングがとても大事だと思っていました。ダラッと伸びていくのではなく、ポンと出て行くような感覚。GT-Rは本来、グランツーリスモとして仕上げたかったのです。しかも、飛び切り素晴らしいスーパーグランツーリスモに……。

当時は結果的にレース用として使う人がいてもそれはそれでいいじゃないかと思っていました。GT-Rはラジオもヒーターもオプションでしたが、それはお客さまがどう使うかで選べばいい。レースに使うなら何もいらないだろうし、グランツーリスモとして使いたい人は、すべてのオプションを選択すれば、当時としては十分満足な装備が得られましたから。ベースグレードから積み上げてたどり着く最上級のツーリングカー、それもGT-Rのもうひとつの顔だったのです。

しかし、今はだんだんそれがズレて、GT-Rはレースの道具になりつつある。それは僕の哲学からすると、心外な気がしますね。

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