いすゞ「ピアッツァ」のショーモデルを自作パーツで徹底再現
2025年に愛知県名古屋市で開催されたクラシックカーイベント「COPPA CENTRO GIAPPONE(コッパ・チェントロ・ジャポーネ)」は、名古屋市とイタリア・トリノ市が姉妹都市提携を結んでちょうど20周年という記念イヤーでした。そのため、トリノに本社を置くフィアットや、ピニンファリーナ、ベルトーネといった名門カロッツェリア(デザインスタジオ)が手がけた美しいイタリア車の数々が大集結しました。その会場でひときわ熱い視線を集めたのが、展示テーマにもなっていた「ジョルジェット・ジウジアーロ」の作品の一つとして展示されたいすゞ「ピアッツァ」のショーモデルと、それを自作パーツで徹底再現したオーナーの「手作りピアッツァ」の情熱と詳細に迫ります。
名古屋のテレビ塔下にジウジアーロがデザインした名車が集結
2022年に初開催された「COPPA CENTRO GIAPPONE(コッパ・チェントロ・ジャポーネ)」は、愛知県の自動車産業の魅力の伝道、そしてモビリティの過去と未来をつなぐ祭典だ。アジア地区最大級のクラシックカーイベントとして毎年さまざまなテーマを掲げているが、第4回となる2025年は工業デザイナーのジョルジェット・ジウジアーロの作品を展示テーマとした。
メイン展示場所となる愛知県名古屋市の名古屋テレビ塔(中部電力 MIRAI TOWER)の真下には、彼の作品が特別展示されている。フェラーリ「ディノ246GT」、フィアット「ディノスパイダー」、アルファロメオ「GTA1300ジュニア」や、彼が初めて手がけたゴードン・キーブル「GT」などの欧州車に並び、日本メーカーのジウジアーロデザイン車も展示された。
広島県安芸郡に本社を置くマツダがイタリアのカロッツェリア(車体デザイン・製造業者)であるベルトーネに委託し、若き日のジウジアーロが手がけたマツダ「S8P(初代ルーチェのプロトタイプ)」や、神奈川県横浜市に本社を置くいすゞ自動車のいすゞ「ピアッツァ」のショーモデル「アッソ・ディ・フィオーリ(Asso di Fiori=クラブのエースの意味)」が、各メーカーの協力により特別展示されていた。
クラスメイトに変わり者扱いされた中学生時代のピアッツァ愛
そのアッソ・ディ・フィオーリのそばには、量産車のピアッツァが2台並んでいた。1台はフルオリジナルに近い個体だ。その後ろにあるもう1台は、ショーモデルに限りなく近づけたというオーナー渾身のアッソ・ディ・フィオーリ仕様である。原型となるショーモデルと対比させた演出が面白い。好景気もあり魅力的な日本車が続々とデビューしてきたころ、ちょうど中学生だったという原武司さんがこのアッソ・ディ・フィオーリ仕様のオーナーだ。
「国産車でもカッコいいクルマが増えてきて、ホンダ『CR-X』が良いだとか、オレはトヨタ『セリカ』だな! なんてみんなで話していたところ、僕だけピアッツァがカッコいいと言っていたんです。みんなは『えっ? なんで? マヨネーズが?』って感じでした。クラスメイトには変わり者扱いされましたね(笑)」
デビュー間もないピアッツァが走っている姿に「なんてカッコいいんだろう!」と一目惚れしたという原さん。ピアッツァへの憧れを募らせ、20歳の時に最初に手に入れたのは1985年式の「イルムシャー(欧州チューナーが足回りを手がけたスポーティグレード)」だった。その後、1989年式の「ハンドリングバイロータス(英国ロータス社がサスペンションをチューニングしたモデル)」へと乗り換え、それぞれのグレードの違いを味わい楽しんでいた。しかし、結婚や子育てといった家庭環境の変化もあり、一度はピアッツァから離れることになる。
ショーモデルの細部まで自作パーツで徹底再現した驚きの熱量
「一度ピアッツァから離れていましたが、いつかまた乗るぞ! という気持ちは常に持っていました。そのため、今日乗ってきた3代目を手に入れる前から、ホイールやドアミラーなどは集めていたんです」
現在は子どもも成長したこともあり、再びピアッツァを楽しむことにしたという。ジウジアーロへの想いが詰まった原さんのピアッツァは、前オーナーから引き継いで13年目を迎える。アッソ・ディ・フィオーリと同じ形状のウインカーを装着し、マフラーもオリジナルに似せてエンド部分を斜めにカットした。いすゞスポーツカークラブの有志によるオリエントスピード製の小ぶりなドアミラーを装着するなど、遠目からでもひと目で分かるほどのアッソ・ディ・フィオーリ仕様へと仕上がっている。
「今日はアッソが来るイベントということで、一緒に並べるならとアッソ仕様にしてきました」と笑顔で語る原さんだが、よく見てみると細部まで半端ではない追求がされていることに驚かされる。
フロントグリルの中央部には、龍を模したデザインのエンブレムが装着されている。この龍は、同じくジウジアーロが手がけたいすゞ「117クーペ」のエンブレム(唐獅子)に対して、彼自身がモチーフに龍を選択してデザインしたものだと言われている。のちに日本でアッソ・ディ・フィオーリを発表した際には、市販車と同様のいすゞの矢羽マークのエンブレムに変更されたそうだ。
原さんが何度も削って成形したという自作エンブレムにも驚かされるが、クルマの後部にも同様に自作したガーニッシュ(装飾パネル)を取り付けている。側面にも自作のイタルデザイン(ジウジアーロが設立したデザイン会社)のエンブレムを装着し、再現度を高めているのだ。
「いや、まだまだなんですよ。アッソのようにチンスポイラー(フロント下部のエアロパーツ)を付けて、シートも最初期の薄い形状のものを手に入れて張り替えたいですね」
クルマにとどまらない工業製品も収集するジウジアーロへの愛
原さんはピアッツァをきっかけに、ジウジアーロが生み出したほかの製品デザインにも惹かれ、さらに大ファンになったという。コレクションの範囲はクルマのみならず、カメラや時計、サングラスに自転車、果てはミシンといった工業製品にまで広がっている。
「一部屋がコレクションで埋まっていますから、自分でも狂気を感じます(笑)。クルマやカメラまでなら理解できますが、レジまで集めませんよね」
隣で会話を聞いていた妻からツッコミが入る。しかし、イベントにはいつも一緒に参加しているということからも、夫の趣味を誰よりも理解してくれているのがうかがえる。
原さんは、2001年のトヨタ博物館での展示と、2025年のオートモビルカウンシルで過去に2度アッソ・ディ・フィオーリを見ているという。しかし、ここまで間近で見るのは今回が初めてとのことだ。
「オリジナルを目の当たりにして、さらに意欲が湧いてきました」と語る原さんのアッソ・ディ・フィオーリへの情熱は、さらに強くなったようだ。
